09 微笑みの仲間 4(運命の絆)
それは、突然だった。
確かに全国では流行が広がっていたが、ここまで影響がでるとは思わなかった。
それでも全国一斉の休校措置には従うしかなかった。
校長先生から朝の説明で、もう次の日からは休まなければならない。
そんな切羽詰まった状況の中での子ども達との朝の会は、思ったよりあっけなかった。
「やったー、学校が休みだー」
と、浮かれる子も多かった。そんな男子を見つけて
「あ!また、朝からゲームばっかりするつもりでしょ」
「学校が休みでも、勉強しなきゃだめなんだからね!」
と、指摘する女子がいたりもした。
「先生…せっかく練習してきた1年生を迎える会は……?」
「ああ、残念だけど、学校がお休みじゃ、できないからね」
「ちぇ、おもしろくして、笑えるようにがんばったのによー」
「ああ、それからただのお休みじゃないから、あんまり外で遊ばないようにね。宿題は、後で送るから…」
「「「「「「えー!!!!!」」」」」」
一斉に『がっかり』モードの声がそろってしまった。
「そっか…友達にも会えないのか…」
「え?遊びにも行けないの?」
「そういうことだよね、先生?」
「うん、そうなんだ」
「ええ!じゃ1か月近くも、友達の顔が見れないのかよ」
「新しいクラスになって、せっかく新しい人の顔も覚えてきたのに」
「…まあ、先生は大丈夫だけどな。毎日、みんなの顔を見て暮らすよ」
「え?会えないのに?どうやって?」
「これさ!」
教室の前に貼ってある写真を指さした。
そこには、みんながとびきりの笑顔で笑っている。
そして、みんなにはこの写真をプリントして学級通信にして配っていた。
「あー、これなら、ぼくももってる」
「私も部屋に貼ってある」
「そっか、毎日会えるね、先生」
今日は、とにかく授業をやりながら明日からの生活について、こまごまとしたことを子ども達に伝えた。
勉強のこと、生活リズムのこと、健康維持管理のこと。
そして、学校が再開してまた元気にみんなで会えた時のことなど。
一日では、絶対に足りない時間だった。
★ ・ ★ ・ ★ ・ ★ ・ ★ ・ ・ ・
休みになって2日目、学校は閉鎖になったが、ぼく達は学校にいる。
「なんだか変ですね。子ども達がいない学校なんて」
「まあ、夏休みみたいなものよ」
隣の早央里先生が少し笑いながら言った。
職員室では、他の先生達も忙しそうにしている。
普段よりも忙しいかもしれない。花村先生が清掃当番から帰って来た。
「お疲れ様です」
「トイレと教室の簡単清掃、それに消毒終わったわよ」
子どもが登校していなくても、定期的に職員で割り振って学校の清掃を行うのだ。
「それにしても、静かですね。掃除をやってても、何人かの先生の声しかしないのよ。普段はあんなににぎやかなのにね」
「そうですよね。ぼくなんか、なんか寂しくって」
「おいおい、たった2日ぐらいで、落ちこまないでくれよ。我々には、これからやらなければならないことが、たっぷりあるんだからね」
向かいの机の鎌田先生は、忙しくパソコンを打ちながらこちらには目も向けずつぶやいた。
「まあまあ、とにかく今は、子ども達への宿題つくりをがんばりましょう」
急に学校がお休みになったので、家で行う勉強のプリントを作成して送ることになったのである。
「ところで、早央里先生は、また手紙を書いてるんでしょう」
優しく微笑みながら花村先生が、確信たっぷりに話しかけた。
「そんな、忙しくて、まだ、手紙なんて書いてないわよ」
「おや?“まだ”ということは、もうすぐ書くのかな?」
「もう、…恥ずかしいから、やめてよ…」
「あはは、まあ、きっと学級のみんなも、早央里先生の手紙のことは知ってるから、きっと楽しみにしてるよ。でも、あんまり無理しないようにね」
「はい、ありがとうございます」
・・・・・・・・・・
「ようやく宿題作りも終わったし、私はエプロンでも作ることにするね」
「あれ、花村先生はエプロン新しくするんですか?」
「いやあ、給食当番で、子ども達が忘れた時の物をね」
「そっか、今あるやつ、だいぶ古くなってきましたものね」
「うん、少しかわいいの作るからさ、でも、あんまり忘れないようにって言ってよね」
「あ、はい!」
「(ぼくも何かしなくっちゃ……とりあえず教室の片づけでも…)」
北野先生の教室は3組。
隣は2組で鎌田先生の教室だ。
鎌田先生は、北野先生より十歳ほど上のベテランで、何事も几帳面にこなす先生だ。
理科が専門。
普段はむだ話をしないので、あまり詳しいことは、知られていない。
「(ちょうど今、鎌田先生の教室の前にいる。中から何か物音が聞こえる。物を動かす音だ。)…あの~。鎌田先生~」
「あ、北野先生、ちょうどよかった、ちょっと手を貸してくれないかな…」
「はい」
鎌田先生は、大きな水槽を一人で抱えて、動かそうとしていた。
片方を持ち、言われた通りに運び、教室の棚に置いた。
他にも大きさの違った水槽がいくつもあった。
「先生の教室、水槽がたくさんありますね」
「あ~、子ども達と約束したんだ。今年は、水族館にするとね……」
「水族館ですか?」
「理科の勉強もあるんだが、それ以外に水中の生き物に興味をもってほしくてね」
「あ!これ知ってます。グッピーですね」
「いろんな種類があるんだ。自分で増やすこともできるんだ」
「メダカもいますね」
「今、卵を産んでね。この水草のところ……」
「あ、透明の白いつぶつぶが、いっぱいついてますね。この水槽は、何もいないんですね……」
「いいや、この水槽の水は、学校の池の水なんだ。だから中にはいっぱい微生物がいるんだ。顕微鏡とかで見えるんだ……」
「さっきの大きな水槽はどうするんですか?」
「あれは、すべての水槽の環境の元になる水草を育てるんだ」
「水草専用の水槽なんですね」
「ああ」
「…そうか、鎌田先生は、子ども達が登校した時のために、こうやって水族館を整備していたんですね」
「ん、まあ、そんなとこかな」
「あのう、ところで、早央里先生のお手紙って、そんなに有名なんですか?」
「まあ、有名っていうか、みんなもらって、感動…いや、安心?勇気?とにかく、ほっとした気持ちになるというものだっていうな」
「へーそうなんですか。でも、ぼく、もらったことないなー」
「いつでも、だれにでもあげるような手紙じゃないんだ。本当に手紙が欲しいと思っている人だけにしかあげないらしいんだ」
「何だろう?本当に困った時とか、とびきり嬉しい時とか、すっごいことがあった時かな?」
「ただ、早央里先生の学級になった時だけは、必ずもらえるという神話のようなものはあるみたいだけどな」
「そりゃあ、ますますすごいですね」
「(でも、みんな子ども達のために何かがんばっているんだな。
それぞれ自分のできることで、……)ぼくは、何ができるんだろう……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「…ん…うん……んん、ああ」
北野先生は、布団の中で大きな伸びをした。
「(ん?時間か)…もう1週間になるのか、これでよしっと。なんか『目覚まし時計』がなる前にスイッチを切るのも慣れてきたな……」
5月の早朝、まだ少し冷たい空気に気を引き締められるような気がして、北野先生は周りの景色を見渡した。
「今日は……東まわりにしようかな…」
「お!北野先生、最近早いね」
「あ、新聞配達のおじさん。おじさんこそ、いつもありがとうございます」
「なーに、おれは、仕事だよ。じゃ、気をつけてな」
「はい、おじさんもがんばってください」
「さあ、今日もいくぞー」
今日のコースは、商店街の方に決めた北野先生。
朝だから店は閉まっているが、いろいろなお店がある。
パン屋に八百屋、洋服屋、電器屋。
この町には大きなデパートはないけど、親切なお店もたくさんある。
「そーいえば、うちのクラスの情報網でも、商店街の豆知識はあったよな~さすが、女子は詳しかったな~」
北野先生は、商店街を見ながら、クラスの子ども達のことを思い出していた。
「(この辺に住んでる子もいたよな)……元気かな。早くみんなに会いたいな。
とにかく毎日校区を一回りすることに決めたんだ!あの子達が住んでいるこの町を走ることで、なんとなく気持ちがつながっているような気になるな~)」
北野先生は、自分には取り柄が無いと思っていた。花村先生のような特技もないし、早央里先生のような手紙も書けない。鎌田先生のような専門の知識もない。
だけど、何かやりたいという気持ちだけは、もっていた。
そして、今は、走ることぐらいしかできないけど、そのうちに……。
「ん?……(あの角で何か光ってるような……)」
北野先生は、薄暗い中で、光の方に進んでみた。
「何だ?これは?……鉛筆か?うちの学校の子が落としたのかな?」
後で落とした子に返そうと思い、拾ってみると、珍しい三角軸の鉛筆だった。北野先生は、鉛筆をポケットに仕舞い、朝のランニングを続けたのだった。
その夜、拾った鉛筆の事なんかすっかり忘れて、いつものようにベッドに潜り込もうとした時だった。
脱ぎ散らかしたジャージが妙に光っているのに気が付いた。
「何だ?」
不審に思い、そばへ行って片手でそーっとジャージをつまみ上げてみた。
ポケットのあたりが光っている。
「あ!」
北野先生は、思い出した。
朝、道で拾った、あの鉛筆を入れたままだった。
おそる、おそるポケットに手を入れ、中を探ってみた。
「あった!!」
ポケットから出した途端、光はとてもまぶしかった。その光は、まぶしいけれど、しっかりと見ることができた。
色は、緑。
きれいな蛍光色で輝き、鮮やかな森を感じさせる色だった。
次第に光は、渦を巻きながらある一点に集約されていった。
光が集まっていったのは、北野先生の部屋に置いてある五十インチのテレビだ。
六畳間の部屋にしては大きすぎるテレビでも、彼にとっては、就職祝いでじいちゃんが勝ってくれた大事な宝物だった。
光を吸い込んだテレビは、チャンネルがランダムに変わり出した。
秒単位で、次から次へといろんな番組を映しだし、突然あるところで、ピタッと動かなくなった。
そして、嬉しい顔が映し出された。
「…先生だ!…わーい、…元気ー……」
「?…わあああ、みんな、おおおーーい。見えるのかい?」
「見えるよー」
「…1週間ちょっとしかたっていないのに……すごい…会っていないような気がする……」
「先生?……ぼく達に会えて、嬉しい?」
「おう…あたりまえだよ…」
「あれ?……あんまりうれしくて、泣いてんでしょ!」
「うるさいぞ…」
「あはははははは」
「もうう」
そこには、5年3組の元気な子達がみんないた。
元気のいい子も、大人しい子も、おしゃべりが得意な子も、絵が得意な子もみんないた。
「先生、オレ知ってるぞ。毎朝、町内走ってるの。オレんち、豆腐屋だから朝早いんだ。
学校が休みになって、勉強いいからお前も手伝えって、朝から起こされて大変なんだよ。
でも、おかげで先生を見つけたんだ」
「そっか。今度見かけたら、声かけてくれよ」
「うん、わかった」
「ずるいなー。わたしも早起きしようかな」
「私も、早起きしてみるー」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
≪プルルルル……プルルルル……プルルルル………≫
「……おっと、いけない!今日は、寝坊するとこだった…………
よく寝たなあ、何か気持ちがいいなあ……
……さあ、今日も走って来るぞ。
今朝は、いつもより体が軽いぞ……」
いつもとは違い、目覚まし時計に起こされた北野先生だったが、気分はとても爽快だった。
「夕べ、何かいい夢見たような気がするんだけどな……なんだっけかな?
……確か、子ども達の顔を見たような気が
……思い出せないなあ……
まあ、いいか。今日もがんばって走っるぞー
……それにしても、誰かに見られてるような気がするなあ……」
〔つづく〕
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