87 開業医の課題
「おやおや、それじゃあ初めに岡崎先生の相談を聞きましょうか。その方が私も気が楽ですからね~あははは」
「もちろん、僕の話もあんまり重く受けとめて欲しくないんですけどね。なんせ、型破りなことはいつものことですけど、ちょっとお金が掛かりますからね」
「おや? それは、少し気持ちを引き締めてお伺いしましょうかね」
町長さんも、芯ちゃんも、真剣には話しているんだけど、2人ともビールを飲みながらだから、あまり説得力はないかもなあ……なんて思って、わたしは黙って聞いてたの。
「虹ヶ丘にもね、病院というか、町民の健康を守るために開業してくれる人が増えました。中には、僕が高校や大学で講演をしたり相談にのったりした人も医者になって、この町に帰ってきたんです」
「さすが芯也だな。お前は、この町に帰って来てからずっと医療の話をして歩いてたもんな。とにかく、虹ヶ丘に長く住みたいなら病院を多くしないとダメだっていい続けていたなあ」
「病院はね、一軒や二軒じゃダメなんだよ。それだと、患者さんが待ちくたびれてしまうんだ。待ってる間に別な病気になるんだ」
「そうよね、わたしに赤ちゃんができた時、遠くの町の病院へ通っていたけど、行って帰ってくるのに1日かかったわ。大きな病院で先生もたくさんいたのよ。それでも、自分の番が回ってくるのに1時間とか2時間かかるのよ。診察時間は10分もしないで終わっちゃうのよ。その後、また薬を貰うのにも待たされてね」
「そうだったね。僕が仕事で付いて行けない時は、帰って来るまでとっても心配したものだったなあ」
「そうそう、大抵はケンちゃんも一緒に病院へ行ってくれたのよ。でもね、診察を待つ間に疲れちゃって寝ちゃうんだもん」
「あははは、あれはスマナカッタって謝ってるだろ。いっつも、それを持ち出して僕を責めるんだよ、あはははは」
まあ、ケンちゃんが眠くなるのも仕方ないのよね。だーって、なーんもすることが無いのに、黙って2時間とか待つんだもんね。
「僕はね、東京にいる時でさえ、それを体験したんよ。あの病院もたくさんあった大きな町でさえ、病院に行けばどこも満員なんだ」
「そんなに病院が混んでると、先生も休み無しだね」
「そうなんだ、町長さん。だから、ますます医者は人がいない地域には行きたがらなくなるんだよ」
「でも、お医者さんが自分の仕事を決めるのは自由だからね。……そういえば、こないだ全国町長会っていうのがあって、医者になるための補助金を出してる町があるっていってたな」
「それなら、僕も知ってるよ。でもね、補助金を出してもらう代わりに、医者になったら、ある期間だけはその町の病院に就職しなきゃならないんだ」
「でも、それなら医者が確保できるからいいんじゃないかい?」
「町長さん、よく考えて欲しいんだけど、強制的に働く場所を決められて嬉しがる人がいると思うかい? 確かに、医者になるためにはお金がかかるから、最初は仕方なしでも勤めるんだよ。でも、そんな人はその町の為に勤めてるんじゃなくて、自分の借金の為に勤めてるんだ。期限が過ぎたら、さっさと自分の好きな場所に行っちゃうんだよ」
「そういえば、その町長さんも、なかなか長続きするお医者さんがいないってこぼしてたよ」
「そうか、だから芯ちゃんは、お医者さんに成る時に町から借りたお金は返さなくてもいいし、別にどこで医者になってもいいっていってたんだ」
「だって、それはみょんちゃんのお父さんが、……あの当時の町長さんが、僕達にしてくれたことじゃないか。僕や上杉……それから桜山先輩が、東京に行く時になんの見返りも要求しないお金を渡してくれたんだ。だから、僕達はそんな町が大好きで、ここに戻ってきたんだよ」
「確かになあ……あの時ほど嬉しかったことはなかったなあ。だから、僕はいつも虹ヶ丘の為に何ができるか考えてたんだよなあ」
「ま、桜山先輩は、半分以上はみょんちゃんの為に何ができるか……だったような気がするけどね、あはははは」
「あれ? 芯ちゃんってば、もう酔ってきたの? ふふふふ」
難しい話をしてるのに、なぜか芯ちゃんは嬉しそうだわ。つられて町長さんも、明るい顔してる。
「まあ、確かに今、虹ヶ丘で開業する人達は、町に感謝してる人が多いんだ。だからこそ、自分でこの町を選んでくれたんだからね。…………でも、自分で開業した病院なんかは、やっぱり小さいんだよ。ちょっと重い怪我や病気の患者さんは、大きな町まで行ってもらってるんだ。何とか自分達で治したいと思っても、検査の機械を買えなかったり、看護師さんを雇えなかったりするんだよ。町の補助金は、学生だけで開業した医者には使えないんだ」
「そうだな、町の財政から見ても学生への補助は何とか続けているけど、開業したお医者さん達まではね~。補助したとしても少しずつしかできないなあ」
「ねえ、特許料とかは使えないの?」
わたしのお父さんの頃から虹ヶ丘は、いろんな作物栽培の特許をとっていたのよね。最近では、上杉君の発明なんかの特許も町に寄贈してくれているわ。そういうお金をうまく使えないないのかなあって、思ったのよ。
「確かに、虹ヶ丘はいろんな特許を町が所有してるんだ。だけど、最近ではまわりの町もいろんな特許を取るようになって、商品開発が競合するようになってね。一時期みたいな特許料は入らないんだよ。……まあ、だからこそ、まわりの町の町長さんも困って相談してきたんだ。いざ、開業しようとするといろんな設備でお金が足りないそうなんだ」
「……多分……僕のお願いを聞いてもらえると……まわりの町の悩みも解消するかもしれない……」
芯ちゃんが、もう一度ビールをグビッと飲み干してから、自分のお願い事を話し出したのよ。わたし達は、今まで聞いたことがない、夢のような気分で耳を傾けたの。
(つづく)




