85 治療の多様性
芯ちゃんは、この虹ヶ丘にお医者様を増やしたいっていっておったけど、わしが大樹を生むころには、もうだいぶその計画は進んでいたんだ。ただ、それは後になって分かってきたんじゃがな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから何年かしたら、大樹もだいぶ手が掛からなくなってきたんで、わしはちょくちょく虹ヶ丘学園に顔を出していたんじゃよ。校長はとっくの昔にやめてはいたんだけど、理事長としての役職はもらっていたので、よく手伝いはしていたんだ。
本来の理事長としての仕事は、全部北野君や多田野君に任せていたんだけどね。
「あ! ちょうどよかった、みょんちゃん手伝って頂けますか?」
「え? わたしにできる事なら何でもやるわよ」
「実は、今日は小学部の健康診断の日なんです。午前中に岡崎先生が診てくれるんですが、出産が近いということで、奥さんが来られなくなったんですよ」
「分かったわ、芯ちゃんの傍でお手伝いをすればいのね」
「はい、お願いいたします」
こんな手伝いは、よくやってたんだよ。だから、その日もわしは、軽い気持ちで保健室に行ったんじゃ。
「あ、みょんちゃん、今日はよろしくお願いします」
「いいんだよ、別に。子供達の面倒をみればいいんだろう?」
「はい、胸の音を聞く時にちょっと服を抑えていてくれると助かります」
わしは、いつものように子供達の様子を見ながら手伝ったんじゃ。時々、話しかけたりもしたんだよ。みんな、元気に受け答えしてくれたんだ。
ところが途中で、4年生ぐらいの男の子が松葉杖を付きながら保健室に入ってきたんだ。横に担任の先生が付き添っていたんだ。
「あー、優太君。足の具合はどうかな? マッサージには通ってるの?」
「うーん……あのね、先生。……マッサージには1カ月に1回しか通えてないんだ」
「おや、マッサージに行かなくても大丈夫なのかい?」
芯ちゃんは、その子の内科の健康診断をてきぱきと行いながら、足のケガについても様子を確かめていたんだ。
どうも、優太君は、遊具から落ちて足を骨折したらしかった。
優太君が終わって少し休憩時間になったので、わしは芯ちゃんにそれとなく聞いてみたんじゃ。
「あの子は、病院には通ってないということなの?」
「ああ、いやいや、あの子の怪我はちゃんと病院で治療したんだ。折れた骨も元にもどしギプスをして固めて、ようやく骨もくっついたんだよ」
「じゃあ、どうしてまだ松葉杖をついていたのさ」
「ギプスをすると骨は固定されて修復しやすくなるんだけど、筋肉が落ちるし、間接も固まってしまうんだよ」
「おやあまあー芯ちゃんが診てるのかい?」
「いや、虹ヶ丘には僕のとこ以外にも病院が数件できてきたんだ。その中の外科専門の医院で治療してるんだ」
「おや? でもあの子は、月に1回だっていってたね。それで十分なのかい?」
「実はね、彼みたいな骨折の治療は、骨がくっついてからの治療も大切なんだよ。関節の柔軟性を高め、筋肉の緊張も解くような治療がね」
「じゃあ、芯ちゃんがやればいいんじゃないの?」
「それが、そうもいかないんだよ。その治療は、外科治療とは違ってね」
「へー、そんなものなのかね。あーー、そういえば、昔、お寺の和尚さんが捻挫したわたしの足を揉んでくれたことがあったわ。あの時は、痛みも減ったし気持ちよかったのを覚えてるわ」
「まあ、そういうのをリハビリとか、整体術っていうんだよ。接骨院とか整骨院という看板を挙げてるところもあるなあ」
「へえー、怪我ひとつでも、いろいろな治療方法があるんだね。…………そういえば、この町にはそういう治療をするところはまだないわね」
「そうなんだ。どうしても大きな町へ行かないとね。だから、優太君も月1回しか通えないんだよ」
「芯ちゃんのお陰で、この虹ヶ丘にも病院が少しずつ増えてきたんだけど、病院以外にも治療方法を選択できるようになればいいのにね」
「僕はね、医者に拘る必要はないと思っているんだ。人間の病気を治したり、健康に暮らしていくのにはいろんな方法があると思っているんだ。だから、この町にはそういういろいろな方法を試せる場所をもっともっと増やしたいって思うんだ」
芯ちゃんはね、人を守ろうと思っていたんだと思うんだよ。人の健康は、お医者様だけでは維持できないってことをよく知ってたんだね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そうなんだ。だから叔母さんは、お医者さんなんだけど、病気の菌についての専門家になったのね」
「そうだのー、和美ちゃんは、できるだけ人間が病気にかからないための工夫を探していたんじゃ。その結果、細菌の研究に行きついたんじゃな」
「そうね、叔母さんはここじゃないけど、あの東京でたくさんの研究成果を発表してるって聞いたの。だから、そのおかげでお父さんも病気の手当ての方法が分かったこともあるそうよ」
「そうじゃな、これも芯ちゃんの撒いた種が、芽を出し、成長した姿じゃと思うんだよ」
(つづく)




