83 誰の為に頑張る?
わしはな、その時はじめて芯ちゃんとさっちゃんの馴れ初めを聞いたんじゃ。
「はじめて芯也さんと会ったのは、大学病院の食堂だったかしら。天気のいい日だったわ。お昼は過ぎていたので、そんなに混んでいなかったの。あの日のことは今でも覚えているのよ。だって、あんなに陽が差し込んで気持ちの良いところで、手紙を読みながら目にいっぱい涙を溜めていたの。芯也さん」
「まったく、すぐその話をするんだから。僕は、もう忘れてほしいんだけどなあ~」
「何いってんの、芯ちゃん。そりゃあさっちゃんにとっちゃ、いつまでも忘れられないぐらい大事なことだったんだよ」
「ええ、そうかも。私は、きっとあの時、芯也さんと一緒に仕事をするって決めたんだと思います」
「そうね。今じゃ、仕事だけじゃなくてすべてを一緒にしてるんだけどね。ふふふ」
「もう、みょんちゃんったら!……あの時、私は、芯也さんに田舎が嫌いになって都会に出て来たのかって聞いたのよ」
「ほうー、それで芯ちゃんは何ていったんだい?」
「芯也さんはね、『誰かのために嬉しがれる、誰かのために頑張れる、そんな人がいる場所が僕の故郷だから、嫌いになる訳はないさ』っていったの」
「またー、この芯ちゃんは、なに格好をつけてるんだい?」
「別に僕は格好をつけたわけじゃないんだよ。ちょうど、北野君達から手紙をもらって、虹ヶ丘小学校が大きく変わろうとしていることを知ったんだ。もちろん、前から話は聞いてたし、賛成もしてたんだ。……ただ、みょんちゃんはやっぱり僕達の考えを分かってくれたんだと思ったんだよ」
そうじゃのう、あの時、虹ヶ丘小学校は分岐点にあったんだよ。このまま小学校として続けていくのか、それともこの虹ヶ丘という町のためにどうするべきなのかを考える時期なのか……そして、それはこの学校を守ってくれた人達が大きく変えて行こうという結論を出した時だったなあ。
わしは、嬉しかったんじゃ。みんなが、しっかり将来を見据えていろんなことを考えてくれてることがなあ。
「僕はね、この虹ヶ丘で、他の人のことを考えて、他の人のために頑張り、他の人のことを喜べるみょんちゃんに出会ったんだよ」
「私はね、芯也さんを見てて思ったの。芯也さんだって、どれだけ他の人のために頑張っていることか。東京まで出てきて、こんなに一生懸命医療の勉強をしているのは、自分の為じゃないってよく分かったわ」
「それは、君だって同じじゃないか。あの時、大学の中には、優秀な医者はたくさんいたんだ。でも、みんなすぐに自分の病院を作り、患者さんを集め、お金儲けの事ばかり話していたんだ。最初に君に会った時、君はエプロンを付けて洗濯物をしていたんだよね。僕はてっきり、入院患者さんの付き添いか何かをしていたのかのかと思ったんだ」
「ううん、あの時の私は、医者としてどうしても許せないことがあったの。あの大学病院では、医者は患者さんの病気は見るけど、患者さん本人の世話はスタッフにまかせっきりなの。つまり、患者さん本人のことは見てない人が多かったの。だから、私は診察の合間を見て直接患者さんと話したり、お世話をしたりしていたの」
「おやおや、2人とも似たような気持をもっていたんだね」
「ええ、何回か話すうちに、そのことはよく分かったわ。だから、私が専門に勉強している心臓の先生に紹介して一緒に心臓についての勉強をはじめたの。私の先生は、こんな私の気持ちを分かってくれる人で、普段からも好きにさせてくれていたんだけど、芯也さんを紹介すると快く助手にしてくれたわ」
「僕は、それから必死になって勉強を重ねたんだ。もちろん、今までと同じように他の課の診療もこなしながら心臓の治療方法について幸子と一緒に学んだよ」
「まったく、芯ちゃんは無茶ばかりするんだから。さっちゃん、傍で見ていて、ドキドキすることがあるんじゃない?」
「ええ、そうですね。自分で休むことを選択しないのよ。放っておくと、いつまでも頑張り続けちゃうの。……きっと、みょんちゃんもそうだったんでしょ?」
そういえば、わしも学校ではよく北野君や他の先生達に怒られてたねえ。「いいかげんに、自分達に任せて欲しい」って。つい、自分でやっちゃうのよね。
へんなところばっかり見習うんだからね……。
「そ、そんなことは……ないわよ。ちゃんと、今回だって、校長はちゃんと辞めたじゃない!」
「僕は聞いたぞ。辞めたっていいながら、今でもよく学校に顔を出すらしいじゃないですか? 北野達が困ってましたよ」
「はははは……そ、そうかなあ……あははは」
「本当にみょんちゃんは、他の人のために頑張っちゃうんですね。……ね、今度は、このダイちゃんのために頑張ってくださいな」
「そうだな、今までみたいに、あんなにたくさんの人のためでなくていいから、大樹君の為だけでいいと思うな。桜山先輩だって、きっとそう思ってるよ」
「いやあー、参ったなあー。芯ちゃんの話を聞くはずだったのに、わたしへのお説教になっちゃったわ、あははははは……」
(つづく)




