07 微笑みの仲間 2(船出の一枚)
「よし!……………(カラガラガラ……)……
………………みんな!おはよーございまーす!」
北野先生は、自分の緊張を隠すために、教室に入ってすぐに大きな声で挨拶をした。
あちこちから
「 「「 …おはよーございまーす …」」 」
と、声が返ってきたが、思ったより静かだった。
なんとなく漫才師が、オープニングですべった感じになった気がした。
先に教室に来ていた花村先生と目が合った。
しゃがんで子どもと話をしながら、こちらを見て、笑顔を作って首を傾けた。
「(そうだ、自分は緊張しているんだ。
顔が固まっている。
ちょっと目をつぶって、軽く息を吐いた)……はー」
「みんな、担任の北野大地です。改めて、よろしくお願いします」
と、言って、黒板に大きく名前を書いた。
そして、北野先生は、自分の好きな食べ物や得意なこと、趣味などを話した。
「これから、一緒に生活していくのに、みんなのことも知りたいなー」
と、言ったとたん、
「えー?」とか「やだー」とか「自己紹介やろー!」
とか、いろいろな反応が帰ってきた。
中には、黙ってじーっとこっちを見てはいるけど、何も言わず黙っている子もいた。
花村先生が男の子に呼ばれ、何か話していた。
「花村先生、どうしたんですか?」
「ああ、この子ね、みんなの前でお話するのは、いやなんですって」
「え?自己紹介は、やめた方がいいでしょうか?」
「ああ、大丈夫よ、平気!平気!気にしないで」
と言って、花村先生は、笑っていた。
「(ぼくは、ここで子ども達の嫌がることをしてもダメなんじゃないかなって、思ってしまう。
別に、子どもに好かれたくて先生になったわけじゃないけど、早央里先生だって出会いを大切にって言ってたし)……」
北野先生は、あれもこれもといろいろと考え、自分の中で迷い出した。
すると、
「先生!早く自己紹介しよーよ。」
「オレ、一番!」
「じゃあ、二番!早く、お前やれよー」
「先生、いい?」
と、子ども達の中から、声が湧き出して来るのを感じた。
「(ああ、子ども達が待ちきれなくなってきた。だんだん騒がしくなっても来たし、どうしよう。
ああ……。
ダメだ、こんなことで悩んでちゃ。ここはぼくの教室だ!
ぼくが舵をとらなきゃ、船は進まないんだ!!)」
「よし!わかった!!!
これから自己紹介を始めるよ。
今年はクラス替えがあって、新しい友達もたくさんいるよね。
早くみんなが仲良くなって欲しいと思ってます。
だから、自己紹介の時間をいっぱいとります。
でも、一人ずつ話をしていると時間が足りないので、自己紹介を黒板に書いてください。
さっき先生が書いたように、名前や趣味などなんでもいいよ。
それから、書く順番を待つ間や書くのが苦手な人は、先生や花村先生のそばに来て直接自己紹介をしゃべってもいいよ。
終わった人は、友達同士でも自己紹介をしてほしいな。
このクラスの人がみんな仲良しになる時間にするからね。
いいね。じゃあ、どうぞー」
まず、元気な男の子が、黒板に群がった。
そして、女の子がそばに寄ってきた。
そのうち、クラス中が楽しい話し声で、いっぱいになっていった。
黒板は、女の子も書き始め、色とりどりのお花畑のようになった。
名前から趣味、特技、好きな食べ物、好きな教科など、似顔絵や上手なキャラクターの絵まである。
おしゃべりな子もいっぱいやってきた。
去年のクラスの人気者だと自分を売り込んで来る者もいた。
そんな中、小さな声で話しかけてきた女の子がいた。
「先生、ありがとう」
「え?なにがだい?」
北野先生は、不意をつかれた感じがした。
「この子ね、夏美っていうの。私もみんなもナミって呼んでる。ナミはね、おしゃべりが苦手なの。
だから、いっつも発表とかは黙っているの。でもね、絵はすごく上手で、私は大好きなんだ。あれ、見て、あそこ」
と、黒板を指さした。
そこにはニッコリ笑った自分と友達の顔が、上手に描かれていた。
北野先生が、褒めようと思って振り向いたが、もう二人は他の子のところに行っていた。
面倒見が良さそうなその女の子は、みんなからしーちゃんと呼ばれていた。
元気のいい男の子、おしゃべりな女の子、どこにでもいそうな子ども達、でもよく見ると一人一人個性がある。
大人しそうだけど友達思いのしーちゃん、無口だけど絵が上手なナミ、他にもたくさんの個性が黒板にびっしりと書き込まれた。
「さあ、そろそろ時間なんだけど、友達同士でも自己紹介はできたようだね。黒板を見ても、みんなのことがよくわかるよ」
「先生、これ消しちゃうの?」
「消さないで―」
「もったいないよー」
「うー、もったいないか。でも、消さないと勉強できないからね……」
「えーやだーやだー」
「(いやー困ったなー。また、難問だな。そんなこと言われてもなー。ここは、ビシッと、厳しくした方がいいのかな?それとも理屈で説得した方がいいのかな?ううう……)」
またも、北野先生は、迷ってしまった。
「北野先生、はい、これ」
「え?あ!カメラ!!(そっか、写真に写しておけばいいんだ)」
「ありがとうございます、花村先生」
「みんなが一生懸命かいてくれたこの黒板は、写真に撮っておくから大丈夫だよ。そうだ、この黒板をバックに、記念写真も撮ろう。一番いい笑顔の写真を残そうよ。
さあ、急いで準備だ!」
それから、みんなでかいた文字や絵が見えるように黒板を囲んで並び、セルフタイマーをセットした。
シャッターが下りる十秒の間、お調子者の勝がカメラの前でポーズを決めてみんなを笑わせてから位置についた。
この日、北野先生にとっても、クラスのみんなにとっても「とっておきの一枚」が完成した瞬間だった。
〔つづく〕
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