60 町の未来 1(増えていくもの……)
「ダイちゃん、けんちゃん、縁側でスイカ食べるわよ」
母さんが、珍しく夕食後に、食卓じゃないところに食べ物を持って来た。いつもは、夕食と一緒に、果物とかを食べることが多いが、スイカが出るということは、夏だからなのかなあ。
そういえば、今日も暑かったよな。
「みょんちゃん、このスイカは、どうしたの?」
「これね、笑美ちゃんとこで、おいしそうなのを見つけたのよ!」
「どうしておいそうだってわかったの?」
「だって、きれいな形のスイカが、5つも並んでいたのよ、おいしそうでしょ。もう、お店閉めるっていうから、一つ買ってきちゃった」
「あーあ、そのスイカなら、僕も見たな。僕が帰って来る時は、もう店は閉まっていたけど、入り口の戸のガラスから棚が見えたんだ。
…………でも?スイカは、3つしか、並んでなかったような気がしたけどな?」
父さんは、不思議そうに頭をひねっていた。
「だから言ったじゃない。おいしかったって!」
「え?みょんちゃん、おいそうだったって言ってたよね……」
「あれ?そうだっけ?……何事も自分で、確かめないとね!……」
そっか、母さんは、お店で先に1個食べたんだな。
「みょんちゃん?……スイカは、おいしかったのかな?……」
きれいに三角に切ってもらったスイカを頬張りながら、父さんは笑いながら訪ねた。
「えっと……だから、買ってきたんですよ~。みんなで食べようと思って……あははは」
また、母さんは、夏のひと時を笑わせていた。
北の国は、夏が短いのだ。8月の上旬も過ぎれば、夏も後半に差しかかる。
それでも、風呂上りに、寝間着を着て、縁側でスイカを食べていると、今年の夏は終わらないのではないかと思えるくらいだった。
「ダイちゃんは、スイカを食べて大泣きしたことがあったよな」
父さんが思い出したようにつぶやいた。
「そんなこと、覚えてないよ」
台所から来た母さんが、さらに付け加えた。
「あの時、スイカと一緒に種を食べたのよね。
最初は、黒いのが何だかわからなかったんだけど、私が“スイカの種”だって教えたら、おへそからスイカが生えるって、大泣きしてね」
「そうそう、大丈夫だって、言ったんだけど、お風呂に入るたびに、おへそを覗き込んでは、掃除してたよな」
「そんなの、今は全然、覚えてないから、大丈夫だよ」
ぼくは、少し恥ずかしくなってきた。
「でもね、そのせいかどうかは、わからないけど、ダイちゃんがスイカを食べるときは、きれいに種をとってから食べるわよね……あははは」
「あ!また、みょんちゃん、笑った!もう!そんなの、みんな、種ぐらい、取るよね!」
「あはは……まあ……そうかもね。スイカの種って多いもんな。
…………多いって言えば、今日、会社で最近いろんなものが多くなってきたなあって、話になってね」
父さんが、ちょっと真面目な顔になって2切れ目のスイカを食べながら話した。
「なあに、けんちゃん。多くなってきたって?」
ぼくの寝間着は、半ズボンと上着に分かれていて、上着は半そでになっている。
それでもスイカの汁が付かないように、足は縁側から外へ投げ出して、片手でスイカを持ち、片手で種をほじくりながら、父さんに質問してみた。
「家が多くなってきたんだ。
まあ、だから僕たちの仕事が増えているんだけどな。それに、人も多くなっているんだ。」
「うん、虹ヶ丘小学校も子どもの数が多くなってきたよ。今は、どの学年も2つの学級になっているよ。」
「そうだな、みよちゃん達のお陰で、1つの学級には17人ぐらいにして、それ以上多くなったら、学級を増やすようにしているそうだからな」
「お店も増えたよね」
「うん。最初は、一太君の八百屋しかなかったけど、あいつのお陰で、いろんなお店が増えたもんな」
「虹ヶ丘が無くならなくてよかったじゃないの?」
お店でスイカを1個食べたはずなのに、平気で母さんもスイカをまた食べながら、父さんの話に返事をしていた。
「でもなー心配なんだよな」
「けんちゃんは、何が心配なの?」
母さんは、ゆっくり尋ねた。
いつも思うけど、母さんって、必ずみんなの思っていることを訪ねるんだ。
相手が、大人でも子どもでも、知っている人でも、知らない人でも。
思っていることというか、考えていることというか、決してこちらから母さんの考えを先に言ったり、押し付けたりしないんだよなあ。
「うーん……家が多くなるのはいいと思うんだけど、………畑が………少なくなっていくんだ。
山は、少なくならないように、僕が会社を作る時に、山を守るのも仕事にしたんだ。
山を守って、木を大切に育てるから、木を使って家を作れるんだと考えている。
でも、畑が無くなったら、どうやって食べ物を育てるんだ?
人は、増えるんだぞ。
それから、自動車も増えるようだ。
農作業で、馬に代わり、機械が働くようになってきたんだ。
人手がいらなくって、人はどうするんだ?
その人は、どこで働くんだ?
家を作っても、住めなくなるんじゃないか?
自動車のような機械が多くなると、道路を舗装にするらしい。舗装にするとみんな速く走って、事故も多くなるんじゃないか?」
「ねえ、けんちゃん。どうして、そんなに心配するの?」
「ダイちゃんが……、ダイちゃんが大きくなった時に、この虹ヶ丘は、どうなっているかなあって、考えるんだ。
…………それだけじゃないんだ。
…………みよちゃん、君の話を聞いた時からだ、100年後の虹ヶ丘の姿を考えるようになったんだ…………君は、100年後の虹ヶ丘を……………」
「そうね……ダイちゃんが大きくなって、そしてダイちゃんの子どもが、この虹ヶ丘で暮らす100年後も、幸せな暮らしができることが一番ですものね……」
ぼくには、よくわからないが、父さんも母さんも、縁側から真っ暗な庭の向こうを眺めて、黙って残りのスイカを食べていた。
食べ終わったスイカの皮と散らかった種を片付け終わった時、母さんがおもむろに父さんに向かって言った。
「けんちゃん、9月の選挙に出れば……」
「え?9月って、町長選挙だよね」
「そう、そこで、今の話をすれば、どう?」
「どう?って、今からじゃ、何の準備もできないけど……」
「別に、準備なんて、どうでもいいでしょ?
町長になろうって訳じゃあないんだから。ただ、みんなに大切な話を聞いてもらえればいいでしょ!」
「そっか!そうだな。じゃあ、さっそく、明日、立候補してくるわ!」
「うん頑張って!……そしたら、私も、助けられるからね………」
とんとん拍子に、父さんが町長選挙に立候補することになった。
何だか母さんも、また、秘密の計画をもっていそうな気がするが、子どものぼくには分からない。
でも、ちょっと嬉しそうな顔をしていたのは気のせいかな。
〔つづく〕
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