57 親子喧嘩 2(笑太の憂鬱)
虹ヶ丘学園の初等部は、“小学校”と呼ばれている。
母さんが校長をしていた頃は、そんなに生徒はいなかったが、今は全部で200人ほどが学んでいる。一つの学年は必ず2学級になっていて、大体どの学級も17人前後だ。
ここは、私立の学校になったけど、入学するのに別に試験もないし、授業料とかもいらない。
ただ一つの条件は、自分で通えることだけだ。
だから、普通の公立の小学校とそんなに変わらない。
違うとすれば、先生達に転勤がないことと、勉強する内容がちょっと違うくらいだ。
お昼は、お弁当を持ってきて食べるんだ。
大きな講堂があって、そこで自由に食べていいことになっている。
他にも教室で食べる子、音楽室で音楽を聴きながら食べる子、美術室で絵を見ながら食べる子、理科室で水槽の魚を見ながら食べる子がいる。
天気のいい日は、外のベンチで食べる子もいるなど、自分の好きなように行動できるのが虹ヶ丘小学校だ。というのも、午後からは決まった授業はないんだ。自分がやりたいことをやればいいという授業になっている。
外でスポーツに専念する子、ピアノを練習する子、何かの研究に専念する子、いろいろだ。
助けてほしい時だけ、自分で先生を探してお願いするのである。
小学校に助けてくれる人がいなかったら、虹ヶ丘学園の中学や高校、大学の先生にお願いしてもいいのだ。
もちろん、何もしなくても、誰にも何も言われないし、怒られたりもしないんだ。
そんな訳で、お弁当の時間は、お昼からの好きな事への準備もあったり、自由な時間でもあったりして、いつも楽しいんだ。
「(でも、今日は、もうすぐ午前の授業が終わって、お弁当の時間だっていうのに、ちょっと気が重いなあ…………)」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「(……ああ、終わった………はー…)」
ちょっとため息が出てしまった。
「……ねえ……ダイちゃん、いつものとこ、行くんでしょ?」
教室を覗いて声をかけてきたのは、一つ下の学年の和美だった。
親同士、仲がいいのでいつも一緒に遊んでいることから、お弁当もよく一緒に食べていた。
「ああ、みんなも行くから、先に行っててよ!」
同じ学級の光と笑太を見て、自分の弁当を持ち上げて見せた。
いつもの仲間なので、特に会話は必要なく、向こうも弁当を片手で持ち上げ、うなずいた。
そして、みんなで講堂へ向かった。
体育館と同じくらいの広さの講堂には、たくさんの円卓が置かれている。丸椅子も対になっているので、あちこちに弁当を食べている仲のよさそうな人達が陣取っていた。
ぼく達が講堂に入って席を探していると、遠くから手を振る一団があった。
「……おーい、こっちよー。こっち、こっちー」
「あ!和美だ、それに笑子もいるぞ」
「あそこだ、さすが、和美、手際がいいな」
和美というのは、岡崎医院の娘で、ぼくより学年は一つ下だけど、本当にしっかりしているんだ。
いつもぼくたちといっしょに遊んだりするけど、なんとなく面倒を見てもらってるんじゃないかと思ってしまうことがある。
「お、始も一緒か」
「ごめんね。どうしても、ついてくるって聞かなくて」
「いいよ、別に。いつものことだし、なあ、始」
「よろしくおねがいします」
「ああ、よろしくお願いします」
始は、和美の弟で、1年生だけど、好奇心が旺盛で、よくお姉ちゃんの行くところについて来る。
「任しとけ、始。オレが、何でも教えちゃる。弁当の早食いでも、おいしい野菜の逆立ち食いでも、目隠して何でも当てる名人食いでも教えちゃるから」
「もー、お兄ちゃんったら、また、そんなこと言って、始ちゃんに変なこと教えないでよ!!」
「ああ~、また、笑子にも怒られた~」
笑子は、笑太の妹で、普段はおとなしく口数も少ないのだが、お調子者の笑太が羽目を外しそうになると人一倍の剣幕で怒ってしまうのである。
実は、ぼくが今日のお弁当をあまり楽しくないと感じていたのは、笑太が妹のことも含めて、いろいろ相談したいと言い出していたことだった。
本当は、相談されたのはぼくなんだけど、面倒見のいい和美や器用な光が一緒なら、何かいい考えが出て、笑太を元気づけられるんじゃないかと思ったんだ。
でも、失敗してしまった。
笑太の妹の笑子は、和美と同じ学級で、とても仲が良かったんだ。
今日も、やっぱり、一緒について来てしまった。
「まあ、始には、後でいろいろ教えることにして、今は、弁当を食べようよ」
光が、話題を変えてくれた。
光は、上杉電器の長男で、泣き虫の弟が2年生にいる。
落ち込んでいる時の相手は、絶妙だ。ぼくも、何度か助けられたことがある。
笑太は、八百屋中村の長男で、とても明るくひょうきんな男だ。
人を笑わせるのが大好きで、お調子者と思われているが、それは相手を気遣ってのことだ。
ただ、やり過ぎることがあるのは、妹の言う通りだ。相談があることだけは、和美や光には伝えてあった。
「なあ、笑太、相談って、今の笑子ちゃんに怒られることか?」
光は、だいぶ弁当も食べ進めた頃、ちょっと笑子の方を気にしながら、静かに笑太に聞いてみた。
「……まあ、少しはある。でも、笑子に怒られるのは、もう慣れた……」
笑太は、自分の弁当箱を見つめながら黙ってしまった。
「兄ちゃんが、いけないんだよ!いつも、ふざけるから」
「……悪かったよ。……でも、みんな笑ってただろ」
「……笑われてるようで、私、嫌だったんだから……」
「そんなことないって……あれは楽しかったんだって……」
「…………でも……」
「笑子ちゃんは、嫌な時もあったんだね。
嫌だって言えたから、良かったじゃないか。
それから、笑太君の冗談で、楽しいこともあったんでしょ。全部が、嫌じゃなかったんでしょ。
ただ、やり過ぎは、嫌だよね。」
「うん……………」
「笑太君、やり過ぎは、嫌だって。でも、楽しいことは、いいよね。みんな好きだよ。ねえ、ダイちゃん」
「ああ、そうだね。和美、ありがとう。
笑太、本当の相談は、他にあるんだろう?何だよ?」
「(さすが、和美だ)」
そろそろみんな弁当も食べ終えたので、笑太の本当の相談事を聞くことにした。
「実は、この間、うちの母ちゃんとケンカしたんだ」
「な~んだ、親子ケンカかよ、おどかすなよな。何か、もっと深刻な悩みかと思ったぞ」
「うっせーな!大樹とこみたいな仲良し母ちゃんだと、ケンカもしないと思うけど、うちなんかいっつも怒られてばっかなんだぞ。いい加減に、嫌になるんだ。」
「……………」
「まあまあ、笑太よ、大樹だって、いろいろ苦労はあるんだぜ」
何か、光に慰められている気がするが、まあ放っておこう。
「笑太、すまん。ところで、何があったんだ?」
「これも、笑子が悪いんだぞ」
「え?私、何も悪いことしてないもん?」
「ナゴミ姉ちゃん、誰が悪いことしたの?」
「ん、始は、黙っててね!」
「この間、夕方、ちょっとだけ父ちゃんと母ちゃんが留守の間、オレと笑子で店番しただろう。
あの時、野菜が売れ残ったのを見て、いろいろ考えたのをこいつが、母ちゃんに告げ口したんだ。
そしたら、次の日も店番をしようとしたら、母ちゃんが今日はしなくていいって言うんだ。
理由を聞いたら、オレが野菜を無駄にするからって言うんだ。オレは、野菜を無駄になんかしないって怒ったんだ。
そしたら、無駄にするかもしれないって、笑子が言っていたって言うんだ。
オレの話より、笑子の話を信用するんだ。なんか、がっかりしたんだ」
「なあ笑太、お前何を告げ口されたんだ」
「……売れ残った野菜を見てたら……もったいないなあと思って……考えたんだ。
例えば、大根を細く切ったものを蕎麦のように見立てて汁で食べたらおいしいかなとか、ジャガイモをすりつぶして味付けて凍らせたらおいしいかなとか、カボチャとアンコと寒天を混ぜて固めたらおいしいかなとか、いろいろ考えたさ」
「へーやるね!笑太ちゃん」
急にそこに割り込んできたのは、母さんだった。母さんは、楽しそうに笑顔で、勝手に話に加わってきた。
〔つづく〕
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