54 未来のために 7(なないろのみち)
9月下旬、この虹ヶ丘の町に図書館が完成した。
この年も、もう半年が過ぎようとしていた。
中本彩子が、この虹ヶ丘図書館を任された。初代館長になった。
彼女が嬉しいと感じるは、町民がたくさん図書館に足を運んでくれることだった。
子どもからお年寄りまで、本を読むだけでなく、この図書館で時間を過ごしてくれるだけでもうれしかった。
そんな町民を迎える図書館の仲間も10人ほどできた。
同年代の子も何人かいるが、もちろん年上の人も多い。
館長とはいえ、彩子はまだ17歳になったばかりである。それでも、みんな彩子を館長として扱っている。
これは、彩子の日ごろのお陰に他ならない。それでも彩子は、みんなに助けられていると感じて、町に恩返しをしたいといつも願っていた。
彩子は、小さい頃から本が大好きだった。
本は、「知識の世界を自分で泳げる事」だと感じていた。小さい時の自分は、何もできなかったが、本を読む事で“学び”を深めていった。
そして、あの人は、惜しみなく手を貸した。
文字を読めない時には、代わりに読んだ。
大海原を懸命に泳ごうとしている彩子の手を引いて、一生懸命に泳ぎ方を教えてくれていたのだ。彩子は、心から感謝している。
「(今度は、私が、誰かに泳ぎを教えることができれば、きっとあの人も喜んでくれるに違いない)」
完成した図書館を見るたびに、彩子はそんなことを考えるのである。
「…………あーちゃん………少し………休ませてねー………」
「……!……校長先生!」
「ううん、今は、違うのよ。……ただの“みょんちゃん”よ、うふ!……」
少し疲れた表情はしているが、いつものようにお茶目な笑顔で、笑っていた。
「はい、はい、わかりましたから、早く、この椅子に座って休んでくださいね」
彩子は、少し高くなっている椅子を勧めた。これは、クッションも貼ってあり、お腹の大きな美代乃に配慮してのことだった。
彩子は、優しく手を引いた。
「ありがとうね。……あ、これ、座りやすいわね。最近、低い椅子はダメなのよ、お腹がつかえちゃってね……あはは……太りすぎかしら?」
「何言ってるんですか、もうすぐ、赤ちゃん生まれるんでしょ……、こんなに歩いて来て、大丈夫なんですか?」
「うーん?……少し運動しなさいって、病院の先生にも、言われててね」
「それにしても、図書館は、遠くないですか?」
「まあ、新しい図書館は、大好きだしね。本当は、もっと通いたいんだけどね……」
「生まれたら、お子さんと一緒に来てくださいね。待ってますよ。絵本もいっぱいありますからね」
「わー、素敵。うれしいわ。ところで、昔、あーちゃんが描いていた絵本も、置いてるの?」
「……内緒ですよ、……ちゃんとわからないところにしまってます!」
「じゃあ、子どもと来た時、ちゃんと教えてよね、約束よ!いい!」
「はい、はい。……ところで、今日は、何か借りに来たんですか?」
「ああ、……今日は、これを持って来たのよ」
美代乃は、カバンから1冊のノートを取り出した。表紙には、『なないろ にっき』
と、書いてあった。
彩子が預かった『なないろ にっき』は、もう20冊以上になった。
小学校の卒業式で、将来「図書館」を作りたいと宣言してから、校長先生の『なないろ にっき』を預かることになったのである。
『なないろ にっき』とは、音無美代乃が、この虹ヶ丘に開拓に入ってからの出来事をまとめて日記風にまとめているものだ。
本人曰く、出来事日記ではなく、≪出会いの日記≫なのだそうだ。
虹ヶ丘の開拓は、土地の開拓ではなく、人と人との出会いを開拓してきたのだと美代乃は思っている。だから、他の人のことをあれだけ真剣に喜ぶし、あれだけ真剣に考えるのだ。
そして、そうやって想われた人達は、美代乃のことを想わずにはいられなくなるのだと、彩子は思った。
「う!あー、あーちゃん、ん……………」
美代乃が、お腹を押さえて小さなうめき声をあげた。目を閉じて、うつむき、椅子から降りて、片膝を床に着いた。
彩子は、急いで体を支えながら、近くにいる職員に声を掛けた。
「お願いします。毛布と学校の北野先生に連絡を………」
職員には、前もって知らせてあったので、みんなで連携ができていた。
「みょんちゃん、しっかり。大丈夫よ。すぐに、みんなが来るからね、ゆっくり、横になってね」
「ごめんね、ゥ、あ……」
「大丈夫だからね…」
彩乃は、職員が持って来た毛布で美代乃さんを包み、体を支えて横に寝かし、頭を少し高くして人手が来るのを待つことにした。
〔つづく〕
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