52 未来のために 5(支える想い)
岡崎は、北野からの手紙を読み終えた。
東京は、7月も下旬になると暑さも増してくる。増してや昼休みに、日当たりのいい病院の食堂で手紙なんか読むもんじゃないと、岡崎は後悔した。
それでも、昨日届いたこの手紙は、どうしても読まずにはいられない。
今ので、4回読んだ。
岡崎は、忙しくて時間が取れない中、この手紙を読むと妙にほっとした。そして、これからの気力が出で、不思議な気持ちになった。
「……先生?どうしたんですか」
「ん?何がだい?」
通りかかった白衣に薄水色のエプロンを付けた女性が、岡崎を覗き込んで、聞いた。
「だって、先生が、なんだかぼんやりしてるように見えたから……」
「……ああ。この手紙のせいかな?」
「あら、恋人さんですか?」
「まさか、僕には、そんな人はいないよ」
「……そうなんですか?」
「ん……故郷の男友達だよ。近況を書いて送ってくれたんだ」
「へー、先生の故郷って、北の方って言ってましたよね。私も行ってみたいなあー」
「そうかい?でも、この東京に比べたら、たいそう田舎だよ。田舎というより、文明がまだ開けていないといってもいいくらいかな?」
「じゃあ、先生は、そんな田舎が嫌で東京に来たんですか?」
その女の人は、なぜかまじめな顔で、岡崎にそんなことを尋ねた。
「いや、違うな……」
岡崎は、明るい太陽が照りつける窓の外を眺めながら、静かに否定していた。
そして、いつの間にか、あの虹ヶ丘のことを話し始めていた。
「確かに、東京は、人も多く文化も発達している。
武士の時代も終わり、新しい時代に馴染んで外国の人だってたくさんいる。けれども、僕がいた北の国の虹ヶ丘だって、これからどんどん発展しようと頑張っているんだ。
ただ、東京になろうとしているわけじゃないんだ。
虹ヶ丘は、自分で考えて、そこで暮らす人が幸せになるように頑張ろうとしているだけなんだ。
物が豊富とか、お金持ちとか、そういう幸せじゃないんだ。
誰かのためにうれしがれる、誰かのために頑張れる、そんな人がいる町だから幸せなんだと思うんだ。」
岡崎は、“みょんちゃん先生”のことを思い出していた。
「先生!私もそう思います。……今度、私も、その虹ヶ丘に連れて行ってくださいね」
思わぬ彼女の反応に、岡崎は少し意表を突かれた感じがした。
「あ、あ、うん……」
「きっとですよ。あ!私は、幸子です。梅山幸子です。心臓外科で働いてます。手術の助手でも何でもできますよ。お願いしますよ」
岡崎は、初めて話した人だった。
何となく元気なところは、あの人に似ていると感じた。
この大学病院でいろいろな科を渡り歩き、専門の知識と技術を身に付けてきた。そういえば、今働いている心臓外科に、こんな女の人はいなかったような気がするが……。
「(それにしても、北野君は、きっと大泣きしたんだろうなー)」
しばらくぶりに去年の正月に帰った時のことを岡崎は思い出していた。
みんなで、この私立虹ヶ丘学園の相談をした。
「(あの時、僕は、絶対に美代乃校長だったら、すぐに了承すると言ったんだ。
みんなは、そんなことはないと、いろいろ作戦を考えていたけど、美代乃校長は、全面的に人を信用する人なんだ。
だから、みんなもあんなに好きになったんじゃないか。
考えたら、すぐにわかるはずなのになあー)」
ただ、説明も聞かないうちに了承したというのには、岡崎も驚いた。手紙を読みながら自分だって泣いていたかもしれないと思った。
岡崎が育った村は、ほとんどが武士の家だった。
新しい時代になり、家に縛られなくなって、親たちは自分の力で生きていくことを選び、北の国の開拓に応募した。
そこで出会ったのが美代乃だ。歳は1つ上だが、何となくすごくお姉さんのような感じだった。
いつも笑顔で人に優しくしていて、嬉しそうに働き、嬉しそうに学び、他の人のやったことを嬉しそうに褒めていた。いつからかは忘れたが、自分の中に、憧れのようなものになっていた。
あんな風に喜べたらいい。
そんな時、美代乃の心臓が悪いことが分かった。
自分が守らなければ。
たったそれだけで、岡崎は医者になることを決めた。
そんな自分や仲間を村長は、応援してくれた。
その想いを今度は岡崎が引き継いだ。そうやって頑張れば、きっと美代乃を助けることができるはずなんだと、自分に言い聞かせながら……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この後、岡崎は、最後の心臓外科で最大の医療技術を学んでいく。
そこで運命の出会いがあり、縁が結ばれていく。
この縁こそが、最大の幸運につながるのであるが、その出会いのお話は、また別の機会に……。
〔つづく〕
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