49 未来のために 2(集まる願い)
今日も外は雪である。
1月も中を過ぎると本格的な冬だ。
建造は、仕事柄、外にいることが多いのでやっぱり晴れている方がいいと思う。
特に冬は、雪が積もるだけではなく、地面が凍ったり、材料がシバレたりするので厄介だった。
普通は、そんな冬には家などは建てない。少なくとも雪が溶けてから建て始める。
でも、今回の図書館建設は、普通ではなかった。
設計図を描き始めたのは夏だった。
基礎を作り始めたのは、10月でまだ雪など降っていなかった。
あれから、もうすぐ3か月経とうというのに、半分も出来上がっていない。
うちの桜山建設も今では大きくなり、あの時東京から一緒に仲間に加わった10人はもちろん、その他にも40数人が加わっている。
「ケンさん、今日は少し暖かいなー」
「東京育ちのゲンちゃんでも、そんなふうに感じるのかい?」
建物の柱をノコギリで切っていた源太郎は、東京で一緒に仕事をした仲間で、建造を慕ってこの北の国に最初に来た1人だ。
「だって、この間までは、風もあってとても寒かったべー。
今日は雪が少し降ってるけど、綿あめみたいな雪が、ゆっくり落ちてくるんだ。
なんか気持ちがほんわかするんだべー」
「いやあ、ゲンちゃんは、ただ、ノコギリ使ってるだけで、それで暖かいんだアハハ」
これまた、仲間の桐雄に茶化されていた。
「……ところで、ケンさん、彩さんが来てますよ。今日は、雪が降っているので、屋根が完成している西側の方に案内しておきましたよ」
「ありがとう、桐さん。いつも、彩ちゃんのお世話してくれてありがとう」
「何言ってんです。彩さんは、とっても熱心な人ですよ。特に、私達にも図書館のことを詳しく教えてくれます。
詳しいだけじゃないんだ、どれだけ本が好きなんだか、よくわかる。
大切にしていることがわかるんだ。
決して、自分達に、立派な図書館を作れなんて言わないんだよなー。
いつも、体を大切にとか、ケガしないようにとか、気をつけてとか、人のことばかり気にしてるんだ。
だから、思うんだよな、ゲン」
「ああ、そうさ、かっこいい図書館でなくていいんだ、きちんとした図書館を作ろうってなー」
「最初に、ケンさんが、言ってくれたもんなー、見栄えより、中身を考えて、普通の図書館を作ればいいって……」
「……確かに……そうは言ったけどな、お前たち、この図書館……そんなに普通じゃないぞ……」
なぜか、50人の仲間たちは、彩ちゃんの虜にされてしまったようだった。
虹ヶ丘小学校から歩いて20分ほど離れた場所に、この町の図書館を今建てている。
周りは、まだ何もない草原である。
きっとそのうちに、公園か何かになっていくと思うが、今は、まだ何も計画はない。
図書館は、3階縦の予定だ。
もう半分ほど屋根はできているが、半分は骨組みだけである。
雪が降っているので、シートはかけてあるが、風が吹くと飛ばないようにするのが大変だ。
シートを縛ってあるが、紐が切れないように、いつも見回りをしなければならない。
「やあ、彩ちゃん、いつもご苦労さま。こんな日は、現場に来なくてもいいんだよ」
「おはようございます。建造さん。……すみません、私なんか、何のお役にも立てなくて。
でも、この図書館が少しずつ出来上がっていくのが、とてもうれしくて、家でじっとしていられないんです」
「何言ってんの、彩ちゃん。いつも、働いている人にお茶入れてくれたり、仕事場掃除してくれたり、たくさんお手伝いしてくれてるじゃないか」
「だって、みなさんが、こんなに立派な図書館を建ててくださっているんですもの」
彩も本が好きだ。
それは、誰がみてもわかる。
昔から図書館を作りたいと思っていただけのことはある。
虹ヶ丘小学校を卒業した後、虹ヶ丘を離れて上の学校に進学したのも、本当に本が好きだったということが動機だった。
上級学校を卒業して虹ヶ丘に戻って役場に就職したら、本が好きだということが町長に認められ、この図書館建設に携わることになった。
そして、ついには初代図書館長に任命された。
昔、美代乃にだっこされて、あーちゃん、あーちゃんと言いながら、お話を聞いていたあの幼い彩子は、笑うとまだどこかにあどけなさが残っていた。
ただ、図書館建設に携わる彩子は、学校作りを決めた当時の美代乃にも感じが似ていたのだった。
「彩ちゃん、設計図を持って来たんだ、内装の話をしよう。
図書館といっても、本を置くだけじゃないんだ。
会議をしたり、本を読んだりする図書室じゃない部屋も必要になる。
それをどういう造りにするか決めなければならないよね」
「私、それなら一つだけ、もう決めてあります。特別閲覧室という部屋で、もう絵も描いてきています」
「え?どうして」
「実は、この間から何度も夢に見るんです。間取りも、机や椅子の配置、戸棚や壁の位置、入り口の戸の様子まで……これです」
きれいに色鉛筆で書かれた室内の写生画は、まるで写真のようだった。
建造は、この絵を見た瞬間、前にも見たことがあると感じてしまった。何かの本で読んだことがある“既視感”というものかと思ったが、まぎれもなく以前に見たことがあると確信できた。証拠は無かったのだが……。
「わかった。これにしよう」
建造は、即座に決めた。
そして、現場のみんなを集めて、作業の説明をした。
「建造さん、本当にありがとう。今回の図書館建設については、我がままばかり言って」
彩子は、嬉しそうにお礼を言った。
「そんなことはないよ。僕だって、いつかはこの虹ヶ丘に図書館を作ろうと思っていたんだからね」
「本当?」
「忘れたのかい?彩ちゃんが、虹ヶ丘小学校の卒業式で言ったことを」
「覚えています。でも、そんなに簡単にできるとも思っていませんでした」
「でもね、みよと一緒にいた者たちは、みんなあきらめないんだよ……どんなことがあってもね」
「じゃあ、他のところも、どうするかそうだんしよう」
「はい、お願いします」
建設途中の図書館の中をあちこち歩きながら、建造は彩ちゃんと細かな打ち合わせを繰り返した。そんな時、外から楽し気で、今にも歌でも歌いそうな声が聞こえてきた。
「わーー、おっきーーなあーー。けんちゃんーー、どこにいるのーー?」
「あ、奥さん!いらっしゃい、お久しぶり」
「あら、ゲンさん、今日は、日曜日よー、もーみんな日曜日も仕事するから、大変よね」
「そっか?いっけねー、忘れてたーあはは」
「もー、少しは、お休みしてねー」
「おーい、みよー、こっちーだよ」
「あ、いた、いた。あら、あーちゃんも、大変ね。日曜日なのに」
「どうした?」
「どうした、じゃないわよ。はい、お弁当!」
「あ、そっか。すまんな。」
「ちゃんと、あーちゃんの分もあるわよ。いっぱい作って来たから」
「お、すまんな。じゃ、みんなでお昼を食べることにしようか」
「わー、何か遠足みたいね。雪が降っているけど」
「ところで、滑らなかったか?」
「大丈夫よ。長靴はいてきたし」
「いやあ、もし、転びでもしたら、大変だからな」
「もう、そんなに心配しないでよね」
「あのう、今日の雪はそんなに積もっていませんし、気温も高くはないので、滑らないから、そんなに危険ではないと思いますよ…」
「いや……それが……ただの体じゃないから……気を…つけないと…危ないんだ…」
思わず、ニコッと笑みがこぼれてしまうので、言葉とは逆になってしまい、彩ちゃんは少し不思議な顔になってしまった。
「いや、だから、その、危ないから、一人で歩くときは……」
と、焦って説明しようとすると、余計におかしな空気を醸し出してしまった。
「あのね、赤ちゃんができたの」
美代乃が、落ち着いて彩子に言った。
「あ!赤ちゃん!……それは、おめでとうございます。だから、危ないんですね」
「そう、でも、大丈夫よ」
「あはははは……」
建造は、笑って、頭を掻くしかなかった。
「それにしても、立派な図書館ね。派手ではないようだけど、なんか大きくて、しっかりしている感じがするわ」
「そうなんです。建造さん達、会社のみんなが、力を合わせて作ってくれています。私の願いだった“たくさんの本を長い間保管できる図書館にしたい”を叶えてくれているんです」
「素敵だわ。どうやって、叶えるの?」
「この図書館は、すべて“木”なんです。
本は、紙でできています。
紙を長持ちさせるには、紙の原料である木材と仲良くすることだそうです。
湿度や保温、その他、人間にはわからない様々な相性の関係で、紙を守るのは、木だそうです。
だから、釘は1本も使っていないそうです。
木を組み合わせて繋ぐか、木や竹を釘に加工して使っているそうです。」
「なんてすごいことを考えるのかしら」
「私も、びっくりしました」
「いや、みんなのお陰さ。
木を組み合わせるは、昔から大工さん達はやっていたことさ。
竹や木を釘に加工するのは、昔もあったんだけど、耐久性は弱かったんだ。
でも、上杉の機械なら、下手な釘より丈夫なものができたんだ。
しかも錆びないときた。本当にみんなのお陰さ」
「それに、あーちゃん、聞いたわよ。初代図書館長になるんですって」
「はい。でも、私人じゃあ、この図書館は、運営できません。
きちんと一緒に図書館を運営してくれる図書館司書やスタッフを集めました。
これから本を集めたり、町の人達に本を楽しんでもらうための工夫をしたり、たくさんのお仕事があります」
「うん、あーちゃんも、あーちゃんの仲間達と一生懸命にがんばってね」
みんなで、建てかけの図書館の中でお弁当を食べ終わり、美代乃は家に帰ることになった。
「くれぐれも、気をつけて帰るんだぞ」
「わかってますって、それじゃあね」
まだ、雪が落ちて来る空に向かい、美代乃は、冬はあまり使うことのない番傘をさして歩いて帰っていった。
建設作業をしている人は寒さを感じないと言ってはいたが、美代乃はそれでも冬なので、厚手のズボン、厚手の上着に手袋、雪除けの毛糸の帽子を身につけて、転ばぬようゆっくり歩いていた。
まるで、その歩く姿は、遠くなればなるほど、着ぶくれの雪ダルマのようだった。
〔つづく〕
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