47 虹ヶ丘小学校はどこへ 6(約束の時に)
土曜の午後、みんなは、指定されたように次々と学校の図書室に集まって来た。
「いやあ、学校も久しぶりだなあ。新しくなってからは、そんなに勤めないでやめてしまったし……」
最初に訪れた一太は、昨年ここを退職し、念願の八百屋を始めた。
彼は、昔から自分が育てたジャガイモやダイコンなど野菜を売る仕事がしたいと思っていた。
そのために、虹ヶ丘だけでなく、近隣の地域でとれる作物の生育状況や市場価格、商売の仕方など、ありとあらゆる商業に関する勉強もしてきた。
もちろん虹ヶ丘小学校の教師をやって美代乃校長を助けながらである。
そんな中、一太が八百屋になりたいということを美代乃が一番知っていた。
校舎が新しくなったのをきっかけに、教員もたくさん増やすことにするから、美代乃は、一太に自分の好きなことをやってはどうかと勧めたのである。
一太は、迷った。
もちろん、八百屋はやりたかったが、美代乃のもとを離れるのは、なんだか悪いような気がしていた。
ただでさえ、美代乃の体の調子が悪いのは知っていたので、傍にいて助けたかった。
そんな時、美代乃校長が、子ども達に話している“なんのための学びなのか”という話を聞いて、気が付いたのだ。
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「…………いいみんな、好きなことを学んでね。
好きなように学ぶことは、とても楽しいから、きっと役に立つわ。
そして、そのことは、自分のためじゃなくて、自分が生きていく町のためになるの。
その町が、どうなればいいのかをきっと考えることができるようになると思うの………」
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美代乃校長は、いつも子ども達に、そう話していた。
一太は、八百屋を通して虹ヶ丘を発展させることが、美代乃を助けることだと気がついた。
建造だって、岡崎だって、上杉だって、結局は、自分のできることをやって、美代乃を助けたいと思ったに違いない。だから、自分も日本一の八百屋になろうと決めて、学校をやめたのだった。
「……なんだ、トウちゃんは、もう来てたんだ」
「やあ、一太、久しぶり。でも、昨日も、君んとこのジャガイモは食べたんだぞ、うまかったなあ」
「あ、毎度、ありがとうございます」
「あははは」
そうこうしているうちに、全員集まった。
「みなさん、今日は、お忙しいところ、ありがとうございます。」
「いいえ、逆に何か、私のせいじゃないかなと思うんだけど。みんな、ごめんなさいね」
「そんなことはないんですよ。みんな忙しいですから、たまに、こんなふうにしないと、なかなかみんなで会えなくて、寂しいじゃないですか」
「お!トウちゃん、いいこと考えるね、いいね、時々やろうよ!同窓会!!」
「そうですね!まあ、近くにいる人だけでもいいから、集まりましょうよ」
「そうですね、忙しくても、仕事ばかりしてちゃだめですね……」
「まあ、それは、それとして、今日は、万ちゃんの鉛筆の秘密第2弾ということで!」
「おお!何か、新しいことが見られるのかな?」
「えっと、見られるのは、美代乃校長先生だけなんですが……」
「なーんだ、……ま、いっか……、じゃあ、さっそっく、やって、くんな!」
「真ん中の椅子に、美代乃校長先生が座ります。そこをみなさんが、円になって取り囲んで座ってください。
さあ、椅子を運んで、席につきますよー。準備はいいですか?」
「はい、できたよー」
「じゃあ、持って来た例の鉛筆を出してください。今日いないあーちゃんと岡崎君の分は、僕と建造先輩が受け持ちます」
「出して、どうするの?」
「先を美代乃校長先生に向けたら、後は、静かに黙って待っててください」
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沈黙の時間が続いた。
1分、2分…………………
どのくらい?
誰も、何も言わなかった。
多田野だけは、図書室の時計を見ていた。
実は、時計の秒針はもうしばらく前から止まっていた。
多田野の鉛筆から出る光線だけが秒針に届き、秒針を止めていたのだ。
秒針が止まっていると、動いているのは、多田野だけになる。多田野は、その光線をゆっくりと秒針から美代乃校長に向けなおし始めた。
秒針は、止まったままだが、今度は、美代乃校長が動き出した。
同時に、他の人の鉛筆からも赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の蛍光色の光線が美代乃校長を包んだと思ったら、真っ白な煙に似た靄に包まれた。
「あれ?どうしたんだろう!何も見えなくなったわ。……みんな、いる?」
「…………………………」
次第に、白い靄は、奥行きが広がり、美代乃校長から遠くに図書室の壁が広がったように感じた。
「奥に誰かいるの?………………………………誰?」
人影がいるような気がした。
だんだんと影が濃くなってきた。
美代乃は、何人かの人がいると感じた。
「………みなさん、みなさん、こんにちは。私は、みよのです」
≪みょんちゃーーんーーー≫
すぐに、元気のいい女の子の声で、半分叫ぶような嬉しい響きが聞こえた。
確かに、聞き覚えがあった。
懐かしい。
まさかとは思った。
美代乃は続けた。
「はーい。…………私は、学校を作りました。
私は、この先いつまでこの学校を見守れるか心配です。
だから、以前に会ったあなた達にもう一度会って、話がしたかった。
私の学校はどうですか?」
美代乃は、間違いないと思って聞いた。
もう、今しか聞けない。
きっとあの時のあの人達だと思ったのだ。
向こうからも質問が来た。
≪どうして、ぼく達にそんなことを聞くのですか?≫
美代乃は、もう、迷わなかった。
「最初に出会った時から、なんとなく感じました。
あなた達は、私の迷いを解決に来たんじゃないかなって。
だから、いろんなことをお話ししましたし、いろんなものも見てもらいました。
そして、お話しをして、私の迷いもなくなりました。
だから、学校を作ることにしたのです。
でも、やっぱり心配なのです。
この後、学校がどうなるか。
私は、この学校の行く末を見届けることができないかもしれない。
とても寂しいの。
もうニ度とあなた達に会えないこともつらくて……………」
美代乃は、今まで自分の中だけで納めてきたことを一気に吐き出すようにぶつけてしまった。
すると、向こうで、小学生の女の子が、優しくこちらを見つめて、でもしっかりとした口調で言葉を紡ぎ出した。
≪大丈夫です。
美代乃さんの作ってくれた虹ヶ丘小学校は、私達の大切な学びの場です。
私達は、自分の学びたいことを学びながら、楽しい毎日を送っています。
それに、美代乃さん、きっとまた、私達にいつか会えますよ。
心配しないでください。≫
根拠のある自信をもった言葉に、美代乃は、安らぎすら覚えた。
ここで、白い靄は濃くなり、また美代乃に迫ってきた。
そして、多田野の鉛筆だけが、また図書室の文字盤を指し示すようになり、他のみんなが止まってしまった。
多田野の鉛筆から光が消えた時、時計の秒針が動き出し、また、みんなの意識が多田野に向かった。
「みなさん、お疲れ様です。これで、終わりです」
「え?…何?」
ほとんどの人は、あっけにとられていたが、次の瞬間、美代乃校長を見たらすべてを理解できた。
美代乃校長は、笑顔で、両手を胸に当て、すべての願いが叶った時のような顔をして大粒の涙を流していたのである。
〔つづく〕
このお話は、30話31話で、北野先生や志津奈達が、めがね屋の悟さんの導きで、再び体験した不思議なお話の鏡合わせになっています。悟さんは美代乃さんの夢のおかげで、時の接点を作ることに成功しました。この時の接点のお陰で、昔の美代乃さんの気持ちも晴れ、今の美代乃さんの気持ちもさらに報われたものに感じることができたことでしょう。
この後、虹ヶ丘小学校はさらなる展開をみせますが、美代乃さん自身も家庭の中でより充実した生活が待っています。どうぞご期待ください。
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