46 虹ヶ丘小学校はどこへ 5(予感)
音無美代乃は、桜山美代乃になった。
幸せな生活だったが、特に毎日は、変化しなかった。
美代乃は、虹ヶ丘小学校の校長として忙しく子ども達と過ごしていた。
建造は、大量の木材や建築資材が東京から送られて来て、新しい虹ヶ丘小学校の建設に取り掛かることになったが、同時に10人の仲間もやって来て、虹ヶ丘に建築会社を設立することになった。
建造は東京でもそれだけ慕われていたのと、設計・建築の才能は抜群だったということだ。建造も美代乃も、あの卒業式の日から、休む暇もなく、忙しい日々が始まっていた。
建造の会社は、建築会社といっても、実は建物を作る木を育てる山の整備を中心に行う会社にしたのだ。
建造は、物を作るためには、その材料も自分達で作ることが大切であると考え、まずは木材の調達を第一に考えたのだった。
おかげで、虹ヶ丘のまわりの未開拓だった山々をきれいに手入れし、荒れるのを防ぎ、これから始まる建設に備えて、木材の過度な伐採にも備えることができた。
上杉は、虹ヶ丘に小さな電器屋を開業した。
店は小さかったが、やることは大きかった。
まず、町の外れに高さ100メートル級の風車を作り発電に取組んだ。
もちろん、桜山建築が手を貸したのは言うまでもない。
それから、虹ヶ丘小学校はもう実験済みだった水力発電も、もっと上流の川を使って、大規模に水車による発電を開始した。
後は、太陽の光を使っての発電だが、これはただいま実験中である。
いずれも、周りの環境に配慮し、自然を壊さないのが上杉の信念だった。だから、水力発電もダムを作るのではなく、流れている川そのもので発電することを考えていた。
上杉は、機械が大好きだった。
でも、どんな機械でも、必ず人のために役立つものであって、人の変わりになってしまうものではダメだと考えていた。
もう、開拓の時代と呼ぶにはふさわしくない時代になったかもしれない。
この北の国も変わって来たし、ここ虹ヶ丘も次第に変化していった。
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2年ほどが、過ぎた………
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夏のある夜
「…ん…あ………ん………ん…………」
「………どうした?みよ!…みよ?…おい、…しっかり……」
「……あっ!……」
「……どうした?」
汗をかいて、苦しそうにもがいていた美代乃をそっとゆすって起こした建造は、静かに声をかけた。
「ん、大丈夫。……………」
「大丈夫って、何か、苦しそうにしてたぞ」
「夢かな?……あんまり、覚えてないの、でも、何か、いやな感じが……」
半分はだけた夏蒲団をめくって、上半身だけ起き上がった。
片手を後ろについて、ようやく体を持ちあげることができたぐらい、疲れたように見えた。
横の布団で寝ていた建造は、もう起き上がり、横に膝をついて、背中をさすっていた。
「また、無理をしているんじゃないかい?高等小学校の方は、北野君に任せているかい?」
「ええ、大丈夫よ。私は、小学校だけよ。…………でも」
「でも?……何か心配でもあるのかい?」
「ううん、何でもないわ、順調よ、先生達も、みんながんばってくれているわ」
「そうかい?
そういえば、あーちゃん達の卒業式から2年も経ったんだね。
あーちゃんは、大きな町の高等小学校へ進んだけど、最近は小学校だけで終わる人だけじゃないんだね」
「そうね、虹ヶ丘にも高等小学校を作ろうって頑張っているけど、これはなかなか難しいわ」
「そうか…………町の様子もだいぶ変わって来たのにね」
「ええ、だからよ。私が心配しているのは。
この虹ヶ丘をどんな町にしていくかは、この町にいる人達の考える力なの。
その考える力は、学校の力ということになるんじゃないかしら。
自分の好きなことを好きなように学ぶ力を町づくりにどう生かすかということがとても大切になってくると思うの。
自分で考えるから、自分でやってみようと思うから、いい町づくりができると思うの」
「なるほどね、それは、上杉やうちの会社の人達を見ているとわかるよ」
「そうしたらね、あの時、私達にそれを教えてくれたあの人達が、いまの虹ヶ丘小学校を見たら、何と思うのかしら。
これでいいのかしら、このまま続けて大丈夫なのかしら……」
「そうか、みよは、それが心配だったんだね。
……………ごめんね、一人で頑張ってきたんだもんね。
(いつも、君は、みんなを勇気づけてくれたように、今度は僕達が君に勇気を分けてあげるよ。
もうちょっと待っていてね…………)」
「今日は、もう遅いから、ゆっくり寝よう……」
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次の日、建造は夕べのことを多田野に話した。
「トウちゃん、みよは、虹ヶ丘小学校を開校してから8年……………、いやあの人達に出会って学校を作ろうと決めてから10年の間、ずーっと心配していたに違いないんだ。
みよは、いつも他の人の助けになっているくせに、自分は『心細い』って言わないんだ」
「建造先輩、わかってますよ。
大丈夫です。僕に任せてください。
……次の土曜日、お昼過ぎに、あの鉛筆を持って、みんなに学校の図書室に来るように言ってください」
「え?でも、あーちゃんと、岡崎君は、今、虹ヶ丘にはいないんだぞ」
「大丈夫です。二人は、いなくても。ただ、美代乃校長先生は、連れてきてくださいよ」
「ああ…………」
建造達が完成させた新しい虹ヶ丘小学校は、これから児童も多くなることを見越して、教室も特別教室も多くし、体育館や音楽室なども作った。
特に、彩子の要望もあった図書室は特に大きくし、閲覧室も完備した蔵書室備え付けの立派なつくりとした。
離れた町の高等小学校へ行った彩子と東京で医者をやっている岡崎を除いて、あの三角軸の鉛筆を持っている5人と、今は建造の奥さんになった美代乃校長が、この虹ヶ丘小学校の図書室に集まることになったのである。
〔つづく〕
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