44 虹ヶ丘小学校はどこへ 3(再会と平穏)
晴天に恵まれた第6回虹ヶ丘小学校卒業式
特に、形式にとらわれることもなく、ただ卒業する子ども達を祝うことだけを願って始まった。
集ったのは、卒業する子はもちろん、在校生、保護者、地域の人など様々である。
もちろん、誰が来賓とか誰が主催とかは、まったく関係なかった。
みんな、“おめでとう”と言うために集まっただけであったのである。
昨日の嬉しさのためか少し笑みがこぼれそうになるのを我慢しつつ、美代乃は校長として式辞を行った。
「この虹ヶ丘小学校が開校して早6年、ようやく今年で6年間の学校生活をすべて過ごした卒業生の卒業式です。
自分達のめざしてた学びに自信をもって、これからも、今までの卒業生やこれから卒業していくみんなと力を合わせて、この世の中を進んでいってほしいと思います」
卒業生を代表して、本田彩子が挨拶をした。
「小さい頃からよく美代乃校長先生に本を読んだり、お話をしたりしていただきました。
私は、本も好きだし、お話も大好きです。
だけど、それよりもっと好きなのが、美代乃校長先生です。
きっと私だけではないはずです。
一緒にいると何でもできそうな気持になるのです。
何でもやろういう気持ちになるのです。
失敗しても次にがんばろうという気持ちになるのです。
だから私も、そんなふうに人を勇気づけられる人になりたいと思っています。
自分には、何ができるかわかりませんが、やりたいことを一つずつ試してみます。どうかこれからも、虹ヶ丘小学校を卒業する私達を見守っていてください。」
5人の卒業生も、会場にいた多くの人達も、彩子と同じ気持ちでうなずいていた。
挨拶もそこそこに、後は、会場に黒板の絵の説明や思い出話なども話題にはするが、狭い会場なために、順に訪れた人との雑談などで各人が時間を費やすのだった。
「あーちゃん、久しぶり、大きくなったね」
彩子に親しげに声をかけてきたのは、上杉だった。
上杉は、桜山と一緒に電気や機械の勉強をするために東京へ行ったのだった。
「あ、上杉先輩こそ、お久しぶりです」
横から割り込んで入ってきたのは、北野だった。
「なーんだ北野、今、あーちゃんと話しているのに、お前は、あと、あと」
「何言ってんですか?あーちゃんは、僕の教え子です。
僕は、担任なんですよ、僕が先にお話ししても、いいんですよ!」
「なんだ、北野、お前、しばらく見ないうちに、一太に似てきたなーーははは」
「もー、上杉さん、お久しぶりです。ようやくお帰りになったんですか?」
「あ、あーちゃん、ああ、やっと帰ってきたぞー」
「それで、先輩は、これからどうするんですか?」
「俺は、ここで、電器屋を開業するぞ!この虹ヶ丘を明るくしてやるから、まってろ!」
「わかりました、お願いしますね」
「万ちゃん、もう話しちゃたのか?」
「あ、岡崎先輩も」
「なんだ、みんな、早いな」
「ああ、桜山先輩もいるぞ」
「おーい、一太、トウちゃん、こっちこいよ」
「なんだー、どうした?」
「ああ、みんな、懐かしい顔がいっぱいいるんだねー」
本田彩子ことあーちゃん、
機械や電気が得意の上杉万作、
医者になりたい岡崎芯也、
虹ヶ丘小学校の先生になった中村一太、北野大空、多田野等、
設計と建築に興味があった桜山建造が、
6年の歳月を経て今、再会した。
「上杉先輩が電器屋をやるって聞いたんですけど……」
「それは、当たり前です。
なんせ、この6年間で発明特許を取った数が1000を超えるというんです。
それも、勉強や仕事をしながらというんだから驚いてしまいます。
特許の分のお金だけでも、お店の2軒や3軒は簡単にできるはずです」
「何言ってんだ、芯也だって、もう医者になって、病院で働いてるじゃないか。
聞くところによれば、内科、小児科、外科……他にもいろいろな専門科をあっという間にこなしているそうじゃないか」
「ん?…………まだなんだ。
あと、もう一つあるんだよ。もう一つ。
それより、桜山先輩?うまくいったんですか?き・の・う?」
「芯也、なんのことだ?」
「いやあ、これは、本人に聞きませんと……ね?先輩!」
「あ?ん!ああ、まあ、なんとかな!」
「あ、そうですか、じゃあちょっとまっててくださいね」
岡崎は、その場から離れて、向こうで話をしている美代乃校長を連れて戻ってきた。
「ああ、みんなも、戻ってきてたのね、上杉君、岡崎君、おかえりなさい。お仕事はうまくいっているの?」
「ああ美代乃校長先生、とっても懐かしいんだけど、ちょっとそれは、後回しで……」
「え?どういうこと?」
他のみんなも、少し意味が分からずキョトンと瞬きを忘れてしまいそうになっていた。
かまわず、岡崎は、少し大きな声を張り上げていきなり叫び出した。
「おめでとうございます!美代乃校長先生、桜山先輩」
「おい、おい」
桜山は、小さな声で岡崎を止めようとした。美代乃は、恥ずかしそうに下を向いたが、目じりは嬉しそうに下がっていた。
「あ!なるほど!」
上杉と中村は、ピンときたのか、二人で目くばせして、美代乃と桜山を両脇に挟んでお互いに押し付けて寄り添わせた。そして、もう一度、大きな声で
「おめでとうございます!」
と、大きな拍手をすると、会場中が湧き合って、拍手が重なり合って鳴り響いた。
しばらくして会場も落ち着いてきた頃、岡崎は学校の変化に気づいた。
「あーちゃん、それにしても、この本どうしたんだい?」
教室の壁中は本棚になり、短い廊下もほとんど本棚になっていた。
多分、北野達の手作り本棚は、多少曲がってはいたが、有に数千冊を超える蔵書を支えていた。
「みんなで集めました。
隣町や親戚、それから手紙を書いて送ってもらったところもあります。
最初は、自分達で絵本を描いていたんです。
でも、畑仕事で、野菜を買いに来る業者の人に本が好きだと言ったら、仕事のお礼と言って本をくれるようになったんです。
そこで、校長先生にお願いして、みんなで畑仕事を手伝うから、その分好きな本をもらえるように業者の人にお願いしてもらったりしたんです」
「そうか、すごいなー、あーちゃんは」
「私達の集めた本をみんなが読んでくれて、とっても嬉しかったんです。
私、この虹ヶ丘に図書館をつくりたいと思うようになったんです。
いつかきっと、大きな図書館を作ってみせます」
「そっか、実はね、また僕は東京の病院へ働きに行くんだ。
東京には、たくさんの本屋があるから、たくさん本を送ってあげるよ」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
岡崎は、いつものように、また離れたところでみんなを眺めている多田野を見つけて近寄っていった。
「やあ、トウちゃん。6年間ありがとうな。」
「いやあ、大丈夫だったよ」
「美代乃校長先生は、どのくらい……だった」
「……うん、……1年に1度くらいかな。でも、最近は、ちょっと、ひどいんだ……」
「そうか。気をつけてることは?」
「できるだけ夜は、仕事しないようにしてもらってる。先生も2人増やしたし、校舎まわりの草刈りや書類の仕事に町の人をお願いしている」
「そうか、トウちゃんもいろいろ気をつかって大変だと思うが、あともう少し頑張ってくれ」
「うん、待ってるよ。芯さんだって大変でしょ?」
「なあに、あとひとつできれば、完璧なんだ」
〔つづく〕
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