43 虹ヶ丘小学校はどこへ 2(待ちわびたその日)
卒業式前夜、美代乃校長は、虹ヶ丘小学校の一番大きな教室で、明日の卒業式に向けて最終確認をしていた。
虹ヶ丘小学校には、体育館はない。
すべては、6年前にみんなで増築したままなのだ。
正面の黒板には、子ども達自らが描いたこの虹ヶ丘小学校の校舎が描かれている。
校舎の前面には楽しく遊んでいる子ども達の様子と真夏に咲きほこるきれいな花壇が、黒板からはみ出しそうに見えた。
もちろん、数日前から、在校生も卒業生も入り乱れて、仲良く描いていることは、美代乃も見ていたので知っていた。
「(本当に楽しかったのね、きっとみんなの心に残っていくのね……)」
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美代乃は、毎年の卒業式については、特に決まった形は決めていなかった。でも、一つだけ、子ども達にお願いをしていた。
それは、自分達にとって
“この卒業式が、これからも楽しいものになるようにすること”
だった。
何でもいいのだ。
何でも認めてきた。
歌を作った時もあった。
お芝居をした時もあった。
思い出話をした時もあった。
「前の年と同じことでもいいのよ。でも、きっと想いは違うはずだから、自分達の卒業式として、楽しいものになるように、自分達の想いをもってちょうだいね」
美代乃は、いつも、優しくお願いしていた。
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「(今年は、絵を描いたんだ。
でも、出来上がったものより、描いている時の様子が、今でも目に浮かぶわ。
大きい子と小さい子が手を取り合ったり、真剣な顔で何時間もかけて小さなお花ひとつを描いていたわ。
本当に絵の中から暖かい風が吹いて出てくるのではないと思うわ)」
美代乃は、教室の電気を半分消して、黒板だけが明るくなるように照らしながら、また、ぼんやりと絵を眺めてしまった。
どのくらい時間が過ぎたのか…………………
……………………教室には、美代乃の他には誰もいないはずだった。
「………………ただいま……………」
何となく人の気配を感じて振り返ると、優しい笑顔でこちらを見ながら話しかけてくる人がいた。
「遅くなってすまない、本当に待たせたね」
声の主が、一歩、二歩と近づくにつれ、電灯に照らされ、顔がはっきりと見えるようになってきた。
背が高く、がっちりとした体、でも優しく微笑むその笑顔は、忘れもしない。
あの人だった。
「けんちゃん!…………あ、もう!……本当に………遅いんだから…………」
美代乃は、桜山だとすぐにわかり、駆け寄った。
口から出た言葉は、“文句”になってはいたが、目には涙が光り、両腕はしっかり桜山に巻き付き、体は嬉しさで溢れていた。
「……おかえりなさい。……もういいの?……もう大丈夫なの?……」
6年前、桜山が東京へ勉強に出てからは、2人は一度も会うことはできなかった。
東京への行き来がなかなかできないのはあるが、2人ともそれぞれの目的のため、他のことに時間を使う余裕がなかったのである。
「ああ、もう大丈夫だよ。…………これを見てくれないか?」
美代乃が安心して腕をほどいた時、桜山は左手に持っていた四角い賞状のようなものを前に差し出した。
「何?これ?」
「この6年間で、僕は一級建築士の免許と近代建築の技術を身に付けたのさ。
これはその証明書だよ。
これは、ただの紙だけど、実際に東京で大勢の仲間とビルを建てる仕事もしてきたんだ。
その時の仲間は、僕に技術だけじゃなく、この虹ヶ丘小学校を建て変えるための建築資材も提供してくれたんだ」
「え?本当?でも、たった6年で、どうしてそこまで?」
「そりゃあ、机の上だけの勉強じゃあ、そうはいかなかったと思うよ。でも、小さい頃から、僕達は、みーと一緒に勉強した時、何を教わったと思う」
「何って、別に、私は何も教えては、いないわよ」
「そうなんだ、僕達は、みーから勉強を教わったわけじゃないんだ。でも、勉強の仕方は、教わっていたんだよ」
「勉強の仕方?」
「そう、やりたいことは、自分でやりなさいって!人任せにしない、自分でやること、それが一番大切だってね。
そして、君は、いつでも優しく見守ってくれて、自信をくれたんだ」
「そうなの?」
「うん、だから、僕は、働きながら、実際に自分の体で建築を学んだんだ。
わからないことは、その場で見たり聞いたりしたよ。
だから仲間ができたんだ。
協力も、助け合いもできた。
みんな、僕の学校作りにも協力してくれるんだ。
いやごめん、僕がやりたいのは、君の学校作りに協力することなんだ。
そんな僕に、みんなも賛成してくれたんだよ」
「わかったわ、けんちゃんは、すごいのね。本当にありがとう」
「まだだよ……」
桜山は、今度は、右手を差し出した。その右手には、きれいな花で作られた首飾りが握られていた。
「………?……この花?…これと同じじゃない?」
美代乃は、黒板に描かれた、子ども達が楽しく遊ぶ校庭の隅にある花壇の花を指さした。
そこには、黄色やオレンジに咲き乱れ、小ぶりだがしっかりした花弁と茎を持つ背のあまり高くない花が描かれていた。
今は3月なので、ここに描かれている花は、なかなか手に入らないはずなのに、桜山のもっている花の首飾りは、とてもきれいで、造花とは思えなかった。
「あーちゃんに手紙で教えてもらったんだ。みーが、この花を大切に育ててるって。」
「うん、校庭の花壇で、夏に育ててたわ、でも、今は季節が………」
「これ、夏に咲いていた花を乾燥させて保存してあったんだ。上杉に作ってもらったんだ。こういう花をつくる機械を作ったら天才だからな。ドライフラワーって言うらしいよ」
「すごいわね!本物の花と同じ色なのね」
桜山は、花の首飾りを厳かに両手で持ち、静かに美代乃の首にかけた。そして、向かい合って、静かに言った。
「美代乃さん、僕と結婚してください……」
美代乃は、また、桜山に飛び込み両腕を巻き付けて静かに耳元でうなずいた。
〔つづく〕
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