42 虹ヶ丘小学校はどこへ 1(変わらぬもの)
もうすぐ本田彩子の卒業式であった。
“あーちゃん”と呼ばれていた、あんなに小さく、本好きで、お話し好きだった女の子は、虹ヶ丘小学校を卒業するのである。
「もー、また、校長先生は、私のこと見てたでしょう?」
彩子は、笑いながら美代乃に近寄って来て、話しかけた。
「ええ、今日は、どんな本を読んでるのかなと思ってね」
美代乃も笑顔で、答えた。
「私だって、いつも本ばかり読んでる訳じゃないんですよー」
と、言って、また、どこかへ行ってしまった。
ただ、その片手には、しっかり文庫本が握られていたことを美代乃は見逃さなかった。
「(本当に、あーちゃんは、本が好きなのね。
そのおかげで、何度も助けられたわね。
…………私が、校長を続けていられるのも、あの子が、こうやって本を集めてくれたおかげかもしれないわ………)」
美代乃は、彩子を見るたびに、虹ヶ丘小学校を作った頃やその後みんなで学校を続けてきたことを思い出してしまうのだった。
そう、あれから6年という歳月が経ったことを、彩子の成長を見るたびに感じていたのだった。
「……ところで、みなさん、卒業式の準備はいいのかしら?
今まで毎年卒業式はあったけど、今年が初めてなの。
この虹ヶ丘小学校が出来で、1年生からすべての学年を終えて卒業する卒業生がいるのはね。
だから、今まで卒後した先輩達にも、自慢してほしいんだけど、あなた達の後に続く後輩達には、よいお手本になるように頑張ってほしいのね」
「校長先生……何か特別なことをしないとダメなんですか?」
「そんなことはないわ。
あなた達が、やりたいことを、残したいことを、伝えたいことを、やればそれでいいのよ」
「それなら大丈夫です。ちゃんと、北野先生達と相談して、進めてますよ!」
「そう、がんばってね」
6年生になった彩子には、5人の同級生がいた。
他の学年も少しずつ子どもは増えてきている。それだけ虹ヶ丘も開拓が進んだのである。
人口も増え2年前に村から町になった。
同じく2年前に鉄道が町を通り、虹ヶ丘に駅ができた。
虹ヶ丘小学校も児童が増えただけではない。
先生も増えたのだ。
美代乃校長の他に、2人の女の先生が増えた。
これで、全部で6人の先生になったので、1年生から6年生まで、一人ずつの担任が受け持つことができた。
ただし、美代乃だけは、校長と1年生の担任という二つの仕事を兼任してはいるが、本人はいつも楽しそうに1年生と遊んでいた。
「みょんちゃん、これ読んでほしいなあー」
「まー君は、この絵本を読んでほしいの?」
「読んでほしいよー…………」
「じゃあ、読んであげるから、お友達も一緒に見せてあげたらどう?」
「うん、呼んでくる!」
「えらいわね、呼んでくるのね。待っているから、呼んできてね」
普段の美代乃校長はこの調子で、6年前のあーちゃんと同じように、絵本を読んだり、お話を聞かせたりしていた。
あの時は、あーちゃんしかいなかったが、今の虹ヶ丘小学校には、何人もの友達がいて、何人もの仲間がいるので、それだけで美代乃の助けになっていた。
「校長先生、今度は、私が見つけてきたこの本を読んであげてもいいかしら?」
「あら、また、新しいものを見つけたの?いいわよ、じゃ、任せたわ、お願いね」
「……それじゃあ、今度は、私が読むわよ…………」
彩子は、自分が町の古本屋で見つけたものを学校に持ってきたり、時には自分で絵本を描いたりして、小さい子に見せることもよく行っていた。
そして、そんなとき、美代乃校長は、必ず
「大丈夫、好きなようにやってみて…………」
と、言うのであった。
彩子は、その言葉を聞くと、うれしくて、いつも笑顔になる。
何でもできそうな気になる。
うまくいかなくても、大丈夫だと頑張れる気持ちになれる。
だから、新しいことに挑戦できる。
彩子は、美代乃は魔法使いだといつも思っていた。
自分は、きっと美代乃の魔法にかかっているんだと最近思うようになった。
でも、この魔法は、この先も解けないでほしいと思っている。
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今度は、彩子が校長を黙って遠くから見つめていた。
今日は、卒業式の練習で帰るのが少し遅くなってしまったが、おかげで教室の隅にいる美代乃を見つけた。
夕日を見つめながら静かにギターを弾き歌う美代乃。
明るい声で、静かなメロディーは、歌詞がよく聞こえる。彩子は、この光景を何度も見かけたが、見るだけにしていた。
〔つづく〕
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