41 虹ヶ丘小学校のはじまり 10(それぞれの道へ)
多田野等は、最後の後片付けをしていた。
先ほどまで、たくさんの人が集まって喜んでいたこの虹ヶ丘小学校の教室は、がらんとして物静かだ。
そんなに広くはないが、誰もいなくなってみると、やけに広さを感じる。
気を利かせて、村長の奥さんたちが家からお茶や漬物などを持ってきてくれた。知らせが来るのを待つ間、それらは大変役に立った。
ある程度みんなで片づけは終わらせたが、最後の確認は、いつも多田野が行っている。
多田野は、口数は少ないが、いつも笑顔を絶やさない。
ちょっと小太りで、背も高くはないが、よく動く。
人前で動くのではなく、いつも人の後ろにいては、最後に動く感じだ。
最後の後始末とか、誰かの手助けとか、ちょっとした手直しなど、他の人が見逃してしまいそうなことを知らぬ間にやってしまうのである。
だからといって、それを自慢するのでもなく、ことさらに言うのでもなく、一時が万事“終わりよければすべて良し”でいいのではないかと、いつも思っているような感じだ。
今回も、すべての片付けを確認し、明日からまた子ども達が学校に来た時に、教室を違和感なく使えるように整えていたのである。
その時、帰ったと思っていた桜山が、静かに教室に戻って来た。
「とうちゃん、いつもすまんなー。また、後片付けの確認してくれているんだね…………」
多田野は、名前が“等”なので、仲のいい人達からは“とうちゃん”と呼ばれている。
「いやあ、いつものことです」
照れながら、小声で返していた。
「僕たち年長者は、瞬くの間留守にすることにしたんだ。
大人は、仕事で忙しくて、学校どころではないと思うんだ………………」
「わかってますよ……。頼りないかもしれないけど、残った僕たちに任せてください」
「いや、君達は、頑張ってくれているよ。試験だって、見事、合格したじゃないか」
桜山は、お世辞じゃなく、本当にいつもそう褒めてくれる。今も体中からそのことは伝わっている。
「僕は、みーが、美代乃が、心配なんだ。彼女もまた、きっと、頑張ってくれると思うんだ、だから心配なんだ」
「え?頑張ったら、心配なんですか?」
「頑張りすぎるんじゃないかと、心配なんだ。だから、とうちゃん!頼む、いつものように、みーだけじゃなく、みんなを、いやみーも、見ていてほしい。
きっと、とうちゃんが、見ていてくれるだけで僕は安心できると思うんだ」
桜山は、ここを離れてしまうことを後悔でもするかのように、多田野に美代乃のことを頼んでいるように見えた。
「…………僕は、一太のようにおしゃべりが得意ではありません。
北野君のように先生らしいことも得意ではないのです。
でも、黙ってみんなの後ろから見守ることはできます。
困っている人がいたら、助ける気持ちはあります。
自分の得意なことはありませんが、一緒に頑張ることはできます。
僕は、今まで、ずーっとそうやって、生きてきました。
だから、今も、虹ヶ丘小学校の先生の試験を受けて、みんなで学校を作るために頑張っているんです。
桜山先輩、“安心してください”なんて大げさなことは言えませんが、みんなが、自分のできることを頑張っているんですから、僕も自分のできることを頑張っていきます」
多田野は、まっすぐに桜山を見て、ちょっと自信を付け加えて話した。
「そうだね。それで、大丈夫だ。さすが“とうちゃん”と呼ばれるだけはあるな」
…………………………………
次の日の朝早く、荷馬車の出発に合わせて、桜山、上杉、岡崎は、虹ヶ丘を出発することにした。
交通機関はまだ荷馬車しかなかったのだ。
近くの大きな町まで行けば鉄道がある。
もう、そこまで鉄道は来ているのである。
早朝ということで、見送りは家族のみであったが、村長一家はみんなで来ていた。
大きな馬車であったが、3人は荷台に乗って、手を振りながら出発していった。
「建造さん、聞こえますか?」
馬車の中で、上杉が見送りの人達を見ながら桜山に声を掛けた。
「ああ、美代乃の歌が聞こえるよ」
「美代乃先生、また、歌ってくれているんですね。あの頃もよく歌ってくれましたよね。元気が出たなー」
「……………………………」
声は聞こえなくなったが、姿が見えるうちは、3人とも頭の中で美代乃の歌が響いているのだった。
そして、なぜか元気が出る歌なのに、涙がこぼれてしまうのだった。
〔つづく〕
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