40 虹ヶ丘小学校のはじまり 9(よろこびの日)
今日は、大切な日であった。
申請した虹ヶ丘小学校が認められるかどうか。そして、先生として試験を受けた者たちが認められるかどうか。それが、決まる日なのだ。
結果は手紙で送られてくる。
虹ヶ丘には、まだ郵便局がなかったので、手紙は3日に一度の荷馬車に積まれて運ばれてくる。
待ちに待った、今日がその日だ。荷物は、午後に着く。
その日によって何時になるかはわからないので、美代乃達は学校に集まって待つことにした。
「いやー、ドキドキしますね。昨日は、眠れませんでしたよ」
「あれ?一太は、自信があるって、言ってなかったけ?試験かんか、平気だって言ってたよなー」
「え?……あ、そうだったかな?そういう北野だって、本当は緊張しているんだろう?」
「う……、そうだな、僕は、緊張してるよ……。
これから、この虹ヶ丘小学校を美代乃先生と一緒に守っていくんだもの
………当たり前だろう?」
「何だよ…………。もう、試験に受かった後の話かよ……………」
「まあまあ、二人とも、大丈夫よ。何が起きても、大丈夫だから、一緒に頑張りましょう」
美代乃は、嬉しそうに二人を見つめて頼もしいと思った。
今日は、知らせを待つ美代乃や中村、北野、多田野の他に、桜山や岡崎も来ていたが、村長夫妻や数名の村人、それにあーちゃんの家族も学校に来て、一緒に吉報を待っていた。
増築された校舎を話題にしながら一太は、みんなを飽きさせないためか、途切れない話題を振りまき、笑いを作っていた。
そのためか、緊張の待ち時間だったが、それほど気になる者はいなかった。
3時過ぎにようやく馬車が見えた。
秋空は晴れてはいたが、多少風が冷たかったが、気にする者は誰もいなく、みんな馬車まで出迎えて、荷物を受けとった。
「……開けます……」
中村一太が、最初に、自分あての通知書を開封した。
「やったーー!!!!」
飛び上がって喜んだ。次に、北野と多田野も開封した。
「うん、合格だ!」
二人とも、静かにうなずいた。
「おめでとう!よかったわね。よかったわね!」
美代乃が、三人の手を引っ張り集めて、抱き寄せて、涙を流して喜んだ。
自分宛てにも学校申請の書類と教員試験結果の封書は届いていたが、そんなものには目もくれず、封書は開けもしないですぐに母親に渡し、自分は中村達の結果ばかりを大喜びしていた。
その時、急に中村が、
「先生は?…………美代乃先生は?…………」
と、大はしゃぎの中、我に返り、美代乃の結果を気にし出した。
「ああ……、これから見るわね。大丈夫、みんなが合格してくれたから、私がだめでも、大丈夫よ」
とても、落ち着いていた。
自分のことは、どうでもいいと言わんばかりに見えるほど、母親から封書を受け取り、開封しだした。
「(本当に、みょんちゃんは、これだから。自分のことより、まわりのことをいつも思ってしまうんだ)」
北野は、一緒に遊んだ頃を思い出しながら独り言をつぶやいていた。
「……………みんな、ありがとう!!………
虹ヶ丘小学校は、正式に認められたわ!
来年から、よろしくお願いします。
あーちゃん、来年は小学校1年生よ、おめでとう!
私と一緒に、この虹ヶ丘小学校に入学しましょうね」
「……と、いうことは、美代乃先生も、合格だーーー!わーーー!!!」
その場にいた人達は、一斉に大声を上げて、よろこび、美代乃を讃えた。
喜び合う声がひと段落楽したころ、おもむろに村長が声を掛けた。
「桜山君、今が機会じゃないかい?」
「そうですね、…………みんな、ちょっと聞いてもらえますか?」
「どうしたんですか?建造さん」
「あ、虹ヶ丘小学校の道が見えたところで、僕の道もみんなに知っておいてもらおうかなと思ってね」
「桜山先輩の道ですか?ひょっとして、設計や建築っていう、あれですか?」
「そうだ、僕は、もっと専門の力をつけて、そして、この虹ヶ丘の役に立ちたいんだ。そのためには、ちょっとここを離れて勉強してくることにした」
「そうか、やっぱり行くんですね。でも、先輩はどこへ行くんですか?」
「ちょうど、東京に親戚がいてね。この校舎の話をしたら、親戚の家を増築したら、一緒に住まわせてくれるというんだ。そこから、東京の学校へ通うことにするよ」
「そりゃすごい、増築なら先輩は、簡単だけど……東京へは手伝いに行けないなあ……」
「大丈夫、一太は来れないけど、上杉と岡崎がいるから」
「え?上杉先輩と岡崎先輩も行くんですか?」
「すまんな、一太。僕と万ちゃんも東京の学校で勉強することにしたんだ。ちょうど住むところがなかったので、増築を手伝って、桜山さんの親戚の家に一緒に住むことにしたんだ」
「いやー、すごいじゃないですか!!先輩達。東京ですよ」
「……ん……それがなあ……まあ、住むところは何とかなったが、……」
「え?どうしたんですか?」
「東京で暮らすんだ。それに、東京の学校へ行くんだ、……かかるだろう?……あれが……」
「あれ?」
「そう、あれ」
「あれって?」
「あれだよ」
「あれって、何ですか?」
「お金に決まってるだろう!僕たちは、東京で、働きながら勉強するんだよ、生活費やら、学校へ支払うお金を稼ぐんだ」
「そうか、先輩は貧乏ですもんね!」
「あ!お前だって、貧乏だろう!」
「そうですよ、だって、ここはみんな貧乏ですもん、でも、気持ちだけは、貧乏じゃないんですよ。だから、頑張りましょうよ。何とかなりますって」
「……一太、お前は、おしゃべりだけど、本当にいいやつだな!!」
「あれ?今頃、わかったんですか?あはは…」
その時、奥にいた村長が近寄って来た。
「お金のことは、心配することはないよ。君達のことは、美代乃から聞いていたし、前にも“助ける”と約束したじゃないか」
桜山は、まっすぐに村長の顔を見て、自分の素直な気持ちをそのまま話した。
「ありがとうございます。でも、僕をはじめ、上杉も岡崎も、自分のできることをやりたいんです。そうでないと自分が目指した道でないような気がします」
「わかっているよ。
そんな君達だから助けるんだ。
まあ、聞いておくれ。
これから助ける基金は“ジャガイモ基金”だ。
これは、この虹ヶ丘でジャガイモの品種改良をしてその特許を取ったものなんだ。
この品種改良には、子どもであった時の君達のお手伝いがとても役立っているんだ。
美代乃は、あの時、この特許をすぐに売ってお金にしようとした私を止めて村の財産にしたんだ。
その後、ジャガイモがよく育つことがわかり、特許としての値打ちが上がり一つの財産になった。
美代乃は、この財産を子どものために使うことを約束に私に預けてくれたんだ。
君達は、きっとまたこの虹ヶ丘のために何か頑張ってくれるはずだ。
ただ、美代乃は、こうも言っていた。
何をしても大丈夫、うまくいかなくても大丈夫、大切なのは気持ちだけ。
だから、この基金は、返さなくてもいいから好きなだけ使ってほしいと」
「みーちゃんは、やっぱりそんなことを言うんですか……わかりました」
桜山、上杉、岡崎は、明日には、この虹ヶ丘を立つことになった。本格的な冬になる前に親戚の家の増築を済ませ、4月からの新生活に備えるためだ。
それぞれの新しい自分の進む道を見つめていた中で、一人だけ、みんなの後ろで、なんとなく嬉しそうに周りを眺めている男がいることに、桜山だけは気がついた。
〔つづく〕
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