38 虹ヶ丘小学校のはじまり 7(雨の向こうに)
日曜の午前中、朝から降る雨は、あたり一面を洗い流していた。
風もなく、静かにまっすぐ降る静かな雨は、夏の雨らしかった。寒さは感じないせいか、気持ちはあまり沈まなかった。
ただ、どことなく落ち着いた雰囲気のため、美代乃は朝から一人、虹ヶ丘小学校の教室に来て、もうすぐ行われる教員試験の勉強をしていた。
雨に濡れた外の校庭は、土が黒く見え、ところどころ水たまりができていた。
桜山達が農耕馬を使って、もともと畑だったところを平らに均しただけのものだが、美代乃にとっては立派な校庭なのだった。
教室だって、今いるところを含め3教室に増えた。
それぞれの教室には、小さいながら黒板が設置された。
これは、上杉が木の板にペンキを塗って作った。
特別なペンキらしい。
それに上杉は、近くの川に水車小屋を作ってしまった。
粉ひきでもするのかと思いきや、なんと水力発電所を作ってしまったのである。
おかげで、虹ヶ丘小学校には、たくさんの照明器具が取り付けられ、とても明るくなった。
上杉によれば、この後、電気で動くいろいろな道具を作らしいのだが、今は秘密だそうだ。
美代乃がそんな新しくなった虹ヶ丘小学校のことをぼんやり考えながら、勉強をしようとは思いつつ、いつ止むともわからない雨を窓からただ眺めていた。
「…やっぱり、ここに居たのか」
突然、教室に入って来た桜山に、まったく気がつかなかった。
「あ、けんちゃん、いつのまに。……どうしたの?」
「……いやあ、この雨だろう。ひょっとして、学校かな?と思って、覗いてみたんだ」
「何か用事なの?」
「……いやあ、別に用って、ことはないけど……、
みー、お前、また、顔色よくないなあ……」
「何よ、失礼ね……」
「いや、そうじゃなくて、また、無理してんじゃないかと思ってさ……」
「大丈夫よ、平気だってば……」
美代乃は、あんまり顔を見られないように、少し横を向き、気丈にふるまって見せた。
「あんまり、頑張って無理すんなよ」
「……だって……」
美代乃は、少し周りを見渡し、申し訳なさそうに、でも自分の本当の気持ちを伝えるように丁寧に話し出した。
「こんなに校舎も増築してもらったし、電気だって……。
北野君や中村君や多田野君は、仕事もしながら教員試験の勉強も頑張っていて。
お父さんも学校申請の手伝いをしてくれるからうまくいきそうだし……
後は……自分が頑張らないと……」
美代乃は、周りの人に本当に助けてもらっていることをよくわかっていて、だからこそ自分も頑張っていかなければならないという信念を持っていた。
でも、桜山にしてみれば、美代乃の体のことを知っているだけに、無理をしてまた倒れることもあるだけにとても心配していた。
ただ、素直に言うことを聞いて楽をするような美代乃でないことも、桜山は知っていた。
「ねえ、みー。どうして、みんなが頑張れるか、わかるかい?」
「え?どういうこと?」
「そうれはね、みーがね、みんなのための学校を考えてくれているからなんだよ。
それはどこにでもある普通の“学校”じゃないんだ。
勉強をおしつける学校じゃない学校を作ろうとしていることをみんなは知っているんだよ」
美代乃は、下を向いたまま黙ってしまった。しばらくして、静かに、でもそのまま下を向いたまま……
「…ねえ、けんちゃんは……どう……なの?」
「僕?……君が、作ろうとしている学校は」
建造の言葉を遮るように美代乃は、顔を上げ正面から向かい合って、はっきりとした口調で尋ねた。
「いえ、そうじゃないのよ!私の学校なんてどうでもいいいの。けんちゃんは、どうして頑張れるの?」
「………………………」
お互いに目を見つめた。
「決まっているじゃないか。みーのためだよ」
「ほんとう?」
「当たり前だろう!」
「だったら、待ってていいの?」
「そっか、わかってたのか……」
「うん、お父さんに聞いたの……」
「大丈夫だ、必ず君のために頑張れるようになって帰ってくる、待っててくれ!」
「わかったわ、すべてがうまくいくように、私も頑張るから」
雨は、まだ降り続いていたが、空の向こうは明るかった。
〔つづく〕
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