36 虹ヶ丘小学校のはじまり 5(自分のできること)
次の日、虹ヶ丘小学校にはいつものように子ども達が集まっていた。
小さな教室には、小さな机がいくつか並べられていた。
一つ一つ木で作られたもので、もちろん村人の手作りだ。
多少大きさは違ったが、本を読んだり字を書いたりするには、十分だった。
教室といっても黒板などそれらしい備品などはなかった。かろうじて窓から入る光の他に、天井から明るさを取る裸電球がいくつかぶら下がっていた。
それでも子ども達は、楽しそうに本を読んだり、絵を描いたり、そろばんをしたり、文字を書いたりしていた。
そんな中で美代乃は、いつものように子ども達に交じって、乞われれば何でも教え、それ以外は優しく見守っているのだった。
肩までの長い髪を後ろにまとめ、紺色の厚い生地で体になじんだオーバーオールは、水色の縞のシャツとも合わさって、見るからに軽快な様子を醸し出していた。
増してや小さく聞こえる鼻歌は、その楽しさも2割増しぐらいに感じられる。
「……じゃあ、そろそろ今日はこのへんにしましょうか。みんな、気を付けて帰るのよ」
いつものように、美代乃は、昼近くになると子ども達を教室から送り出した。ただ、今日は、気になることがあった。
「(あの人達、とうとう来なかったわ………)」
美代乃がそんなことを考えていると、一人教室に入って来る人がいた。
「みんなは、帰ったかな?」
「あれ、けんちゃん?今頃、どうしたの?」
「いや、ちょっと……、みーに話があってね」
すると、また一人、教室に入って来る人がいた。
「こんにちは、桜山さん。…………このタイミングでよかったですか?」
「ああ、岡崎、上出来だ」
そして、次から次ぎへと、集まってきた。
「……建造さん、来ましたよ」
「上杉、こっちだ」
「……先輩~、先輩~」
「一太、北野、多田野、すまんなー、こっちだー」
「えっ、何、みんなで、遅れて来たの?どうしたっていうの?」
びっくりして、美代乃は彼らを見回した。
「聞いてくださいよ、美代乃先生。これには深い訳がありまして。桜山先輩が……」
「あー、中村君、君はしゃべらなくていいから、少し黙ってなさい。ここは、大事なところだから桜山さんが言うから」
「……ああ、うん。
まあ、昨日、君が困っているという話をここにいるみんなにしたんだよ……」
「え?そんなこと言ったの?もー。あれは、大丈夫よ。何とかするから……」
「あ、いや、すまん。何とか力になれないかなと思って……」
「あのー、美代乃先生!
美代乃先生なら大丈夫かもしれませんが、僕達だって、あの時、美代乃先生が学校を作ると決めた時、手伝うと決めたんですよ!!」
岡崎が、力を込めて言い切った。
「岡崎君、……そうだったわね。
あの時のみんなの言葉があったから、私も頑張ろうと思ったんだったわ!」
「そうですよ、美代乃先生!だからお手伝いさせてください。昨日僕達で何ができるか考えたんです。
そしたら、いっぱいできることが浮かんだんですよ。
じゃあ、言いますよ。
言いますよ。
いいですか?」
「あああ、一太、うるさい。少し静かにしないか」
「はい、すみません。岡崎先輩」
「……じゃあいいかな、昨日相談したんだが、まず、この校舎をもう少し広くするのは、僕が手伝えると思うんだ」
「そうですね、桜山先輩の部屋を見ましたが、あれを自分で作っちゃうんだからすごいですもんね」
「万ちゃん、おだててもだめだぞ。作るのは、万ちゃんも手伝うんだからね」
「それに、この中村君、北野君、多田野君は、君と一緒に先生の試験を受けてくれるそうだ。
年齢的に補助教員だと思うが、立派に虹ヶ丘小学校の先生になってくれるんじゃないだろうか」
「もちろんです。がんばります」
「万ちゃん、いや、上杉万作君は、機械や電気が得意なんだ。この校舎にもきっと明るい電気をつけてくれるよ」
「まかせてとけ!」
「とにかく、みんなでやれることを手伝って、学校の申請がうまくいくようにするから」
「……ほんとうにもう!いつの間に……」
美代乃は、笑ってはいたが、目から涙がこぼれていた。
「私は、このことをお父さんにも話して、申請書に書くから、いろいろ明日から準備しましょう」
「さあ、先生の試験を受ける奴は、みっちり勉強だ。試験は、9月、あと2ヶ月しかないからな」
彼らは、美代乃と別れ、帰り道についた。
そこで、ふと中村が、不思議そうに岡崎に疑問をぶつけた。
「なあ、岡崎さん、どうして医者になるって言わなかったんだい?」
「ん?医者になるって言ったら、理由を聞かれるだろう?」
「そうだな」
「理由は、どうするんだい?」
「美代乃先生の健康を……」
「美代乃先生の前で言うのかい?」
「そっか!それを言ってしまえば、今、健康でないと言っているのと同じか」
「本人は知っているかもしれないだろうが、わざわざ言う必要も……」
「そうか」
「それに、僕が医者になるためにここを離れると言えば、桜山先輩や万ちゃんもここを離れることが話題になるかもしれないだろう……」
「ああ、そうか」
「いずれはわかるだろうが、まだ先だ………先でいいんだよ………」
「そう……か……そうだよな……………」
中村一太は、先のことを考えると不安になる自分を幾分情けないと感じてしまった。
〔つづく〕
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