34 虹ヶ丘小学校のはじまり 3(同じ想い)
「美代ちゃん、あんまり夜遅くまで頑張らないでね」
「あ、お母さん。ごめんなさい、明るかった?……今消すからね」
「ううん、大丈夫よ。……そうじゃなくて、あなたの体が心配なのよ」
「平気よ…………
今は、学校があるから、気をつけているわ。…………じゃ、消すわよ、おやすみなさい」
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「………美代乃は、なかなか書類ができないようだね」
「あ、お父さん。学校を作る申請書類って、そんなに難しいんですか?」
隣の部屋で、母親に語りかけた父は、少し心配そうな顔をしていた。
「そう簡単にはいかんよ。
ただ建物を作ればいいってものじゃないんだ。昔の寺子屋を作るのとはわけが違う」
「お父さんが村長なんだから、もっと手伝ってあげなきゃダメなんじゃないの?」
「もちろんやってるさ。
でも、学校の内容や細かなことは、実際に校長としてこれから運営していく美代乃が考えたいというんだ。
……………任せてやろうよ」
襖越しに隣の部屋で眠る娘を優しく見守る父親の目は、本当に慈愛に満ちていた。
「そうね……。
あれ?……じゃ、まだあの虹ヶ丘小学校は、本当の虹ヶ丘小学校じゃないの?」
「そうだな、政府に申請して、承認されなければ、ただの集会所だな……」
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朝の虹ヶ丘小学校は、いつものように過ぎていた。
あーちゃんへのお話し会が終わるころには、たくさんの子ども達が集まっていた。
特に年齢を定めてはいなかったので、一緒に勉強したい子が集まるだけだった。
開拓に入ったばかりで、まだまだ子どもも大切な労働力として考えられてはいたが、この先のことを考えるときちんと学ばせることも大切だとこの村の人達は考えていた。
だから、自分達の手で、小さいけれどこの虹ヶ丘小学校を建てたのだった。
そして、この建物ができたおかげで、子ども達は、ある決まった時間は、労働から解放され学校へ行くことが、公然の約束事として認められるようになった。
すべて、音無美代乃という人間の信頼に起因していることはいうまでもない。
ただ、……
「みー、みー」
「…あ、けんちゃん、何?」
「何?じゃないぞ。お前、夕べも仕事してただろう」
「そんなことないよ」
「してた!
目が半分閉じてるぞ、そんな目で、あーちゃんにお話ししても、迫力ないんだぞ」
「そっか、わかるんだ?」
「岡崎達も心配してたぞ。あいつらは、畑の仕事があるからって、すぐ帰ったけど、頼まれたんだよな……」
「頼まれたって?何をよ…」
「……決まってんだろ、みんな心配してんだよ、……大変なのか?」
「…………………」
開拓に入った時から、一緒に勉強会を始めた同じ年の桜山建造だ。
他にも何歳か歳は違ったが、小さい子ども達の様子を見ながらも一生懸命に自分の学びを追い求めて来た。
みんなが帰った教室で、建造に呼び止められた美代乃は、半分は予想していた質問をぶつけられても、どう答えていいかわからず迷っていた。
「……まあ、そりゃあ大変だよな。
何が大変なのかはよくわからないけど、学校を作っちゃったんだもんな……」
「……あ、うん。まあ、……ねえ」
「で、今、どんな、仕事してんのさ」
「うん、政府に、学校を認めてもらう申請書を作ってんの。……これがさ、大変なのよ……」
「うん、うん、……それで……」
「まずね、学校ってね、こんな部屋1つじゃ、だめなんだってさ。
教室もいくつか必要だし、他にも体育館とか、グラウンドとか、いろんなものが必要だって……」
「へー、それから、他には必要なものは、あるのかい?」
「先生が必要だって。私もね、先生になるの。今度、その試験を受けに町に行くの。でもね、私一人じゃ、学校はダメだって」
「そーか、後は、何か必要なものは、あるのかい?」
「それから、学校へ通う小学生だって」
「小学生?」
「そう、私達は虹ヶ丘小学校を作ったの。だから、国に申請するのは小学校なの。
きちんんと年齢を調べて、通うだけの子どもがいるかどうか報告しなければならないの」
「そうか、今まで僕たちは年齢に関係なく、ただ自分の学びたいことだけを勉強していたもんな。
正式な学校になればそうはいかないか」
「そうなんだけど……、
私は、……それがいやで学校を作るのに反対していたのよね。
でもあの人達と出会って……」
「みーは、……学校を作ったら、好きなことを勉強できなくしちゃうのかい?」
建造は、わかっているくせに、意地悪なことを聞いた。
「そんなことはしたくないわ。……絶対に。……何とかしたいの」
ムキになって、美代乃は反発するが、自分でもどうしたらいいか確かな方法がわかっているわけではない。
「そうだろう。だから協力するよ。
上杉だって、岡崎だって、中村だって、北野だって、多田野だって、あんな小さいあーちゃんだってね。
もちろん、僕は僕にできることを全力で協力するから心配しないで」
建造は、笑顔で優しく言った。
「うん、ありがとう。でも、どうして?」
「そんなこと決まってるじゃないか。
ここに来たばかりの時、僕たちはどれだけ君の歌に元気をもらったか。
あの時聞いた歌、一緒に歌った歌、今でも元気が出るんだよね」
狭い教室で、美代乃と建造は、そんなに昔ではない過去の想い出を一緒に思い出せたことに、なんとなく嬉しさを感じたが、すぐに恥ずかしくなって帰り支度を始めた。
〔つづく〕
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