33 虹ヶ丘小学校のはじまり 2(はじまる学校)
「おはようーございまーす」
元気に教室に入って来たのは、小さな女の子だった。
「あーちゃん、おはようね。いつも早いわね」
やさしく迎え入れる美代乃に飛びつく女の子がいた。
普通ならまだ小学校には通わないくらい幼さを残しているが、風呂敷包みを一つ抱えて、いつものように、ここに通って来ている。
膝に接ぎは当たっているが、きれいに洗濯された小さなモンペを履き、前を合わせた短い着物の羽織のような上着の下にきれいな布地のシャツを着ていた。
これも何かの着物を仕立て直したような感じだ。
「今日も、いつもの絵本を持ってきたのね」
毎日、本だけは大事そうに抱えて、何よりも大切に扱っていた。
「うん、これは後で読むの。それより、みょんちゃん、今日は、どんなお話、してくれるの?」
「そうね……、この間は浦島太郎の話をしたから、今日は桃太郎でもしようか?」
「桃太郎?鬼が出てくるやつ?」
「そうよ」
「怖くない?」
「大丈夫よ」
「じゃあ、お願い!」
そう言うと、あーちゃんこと、本田彩子は、ちょこんと美代乃の膝に座り、黙ってお話に耳を傾けた。
ここは、虹ヶ丘小学校。
この8月に開校したばかりで、まだ1ヶ月と経っていないが、通っている子どもは結構いる。
学校としては、まだ政府に申請中なので、正式な教員や教科書、学年などは決まっていない。
ただ、町のみんなは、みんなが学ぶための学校で、美代乃が校長だということは当たり前だと思っていた。
だから、この名前も虹ヶ丘小学校と自然に決まった。
いや、もう、決まっていたといってもいいかもしれない。
美代乃があの日出会った旅の人達も何度か「虹ヶ丘小学校」と口にしていた。
今となっては、それが何なのかは、わからないが、美代乃の頭からは、もう離れない……。
「むかし、むかし、あるところに、おじいさんと、おばあさんが住んでいました。……」
美代乃の話は、毎朝こうやって始まった。
彩子は、みんなより早く学校に来る。
学校では、一人絵本を読む事が多い。
他のみんながいろんな絵本を見つけて学校に持ってきてくれる。
まだ、学校に図書室は無い。
それどころか、町に本屋は無い。
みんな、開拓に入った時に、もって来た大切な本を貸してくれるのだ。
彩子も家にある1冊の絵本を毎日持って歩く。
何回も読んで、角が丸くなってきた。
表紙も少し破れている。それでも、大切に毎日持ち歩いているのである。
「…今日は、桃太郎だね……」
次々に登校してきた子ども達は、美代乃のお話の邪魔をしないように、静かに教室に入ってくる。
教室といっても、部屋はこの教室一つしかないのだ。
みんなは、ここで勉強する。年齢が違っても、学年が違っても、一緒に勉強するのだ。
今のところ、先生は美代乃一人である。
「……めでたし、めでたし」
「みょんちゃん、ありがとう。とっても楽しかったよ。それに、鬼が出てきたけど、怖くなかったよ」
「それは、よかったわ。……あ、みんなも、聞いてくれて、ありがとうね」
「いやああ、いつも、途中からですみません」
「そんなことないわよ。
みんなが、あーちゃんとの時間を作ってくれるから、助かってるのよ、本当にありがとうね」
教室にいる他の子ども達の中には、ちょっと照れくさそうに頭を掻きながら知らないふりをしている者もいた。
たぶん、あーちゃんと美代乃先生の邪魔をしないように、わざと時間を遅らせているのだろう。
美代乃は、ちゃんとそのこともわかっていたのである。
彩子は、美代乃の話を聞き終え、その後満足げに一人で絵本を広げ始めた。
今日は、何人かが新しい絵本を渡している様子もあり、彩子の笑顔が更に増していた。
美代乃達は、狭い教室の中で、一人一人木製の小さな机に向かい、そろばんをしたり、書き物をしたり、本を読んだりし始めた。
そして、時折、笑顔でお互いに声を掛けたり、美代乃に質問したりして午前中を過ごすのであった。
昼近くになれば、各自家に帰り食事を済ませ、午後は家の仕事を手伝うのがほとんどである。もちろん美代乃も学校を閉めて、みんなと一緒に畑へ出て働いた。
〔つづく〕
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