21 未来への風 12(想いの受け止め)
次の日の放課後、北野先生は、学校でお客さんを招き入れた。
「……上杉さん、ようこそいらっしゃいました」
「何、言ってるんですか?……上杉さんなんて、冗談はよしてくださいよ……」
いたって真面目な態度の北野先生に、三成実は悪ふざけかと思ったらしい。
「しっ!……例の件、先生達には、内緒なんですから、お客さんらしくしてくださいよ」
「あ、はい。すみません」
ところが、事態は思ったより深刻で、『なないろ にっき』の件については、極秘扱いだったようだ。
「どうぞ、こちらへ」
「ああ、す、すみません。あ、ありがとうございます」
急に、三成実も態度がぎこちなくなった。
すぐに、志津奈と太郎も呼ばれて、北野先生のもとに来た。これで、全員集合だ。
「よし、行くぞ!」
北野先生が、ドアをノックした。
『どうぞ』という声が聞こえた。
「失礼します」
北野先生以下、岡崎志津奈、中村太郎、上杉三成実の4人は、その部屋に入った。
「やあ、待っていたよ」
笑顔でみんなを迎えてくれたのは、この虹ヶ丘小学校の校長先生だ。
北野先生達は、緊張のため、しばらく何も話すことができなかった。
おしゃべりの三成実でさえ、キョロキョロ校長室の中を見渡すだけだった。
先に話し出したのは、校長先生だった。
「どうだった?『なないろ にっき』は、読めたかな?」
北野先生達は、思わず顔を見合わせた。目を丸くして驚いていた。
たまらずに、太郎が聞いた。
「あのー、校長先生は、ぼく達が『なないろ にっき』を 調べるって、ご存じだったんですか?それに、『なないろ にっき』が図書館にあるってことも?」
その時、三成実が急に大声を出し校長室に飾ってある写真を指さして叫んだ。
「あああああああ、美代乃さんだ!」
それは、歴代校長の写真が飾ってある場所で、一番左にあった。
つまり、初代校長先生の写真であった。
そこには、『初代校長 音無 美代乃』と書かれてあった。
そして、その顔は、まさしく『みょんちゃん』であった。
「やっぱり、夢じゃなかったんだ。……校長先生は、美代乃さんのことをいつからご存じだったんですか?」
北野先生は、今でもその時のことを振り返って恥ずかしくなると言う。
「(僕は、バカなことを聞いたんだ。今の校長先生に、初代校長先生のことを知っているかと聞いたんだから、怒られてもしかたがないさ…………でも、校長先生は真面目に教えてくれたんだ)」
「まあ、北野先生は、この学校に来て3年目だから知らないかもしれないが、初代美代乃校長は、有名でね。
よく学校でお話をしてもらっているんだよ。
ただ、ここ数年はもう歳でね…………昔のようにはいかなくてね、あまり学校に来てはいないんだ」
「え?ということは、まだ、ご健在なんですか?学校ができたのは、百年前ですよね」
「ああ、ばあちゃんが、校長になったのは、十八歳だったかな。だから、今は百十八歳かな?」
なぜか、校長先生は、嬉しそうに話していたのだが、北野先生達は、まだ気づいていなかった。
「えええ!!僕はもちろん、志津奈も太郎も、三成実も、びっくりした………。
ん?……ばあちゃん?
………確かに、お年を召しているけど、ばあちゃんって、ちょっと失礼じゃ?………」
その時、三成実が、校長室のテーブルに手をつき、ソファーから身を乗り出し、校長先生に勢いよく尋ねた。
「じゃあ、校長先生は、美代乃さんに会ったことがあるんですね」
校長先生は、少しニヤッとして、
「ああ、毎日会っているよ……」
「え!毎日!」
「だって、そんなにお年なのに、最近は体調も?……出歩けないのでは?」
「ん?だって、……うちにいるからね」
「「「「え?え?え??????」」」」
「美代乃校長というのは、うちのばあちゃんなんだよ」
「「「「えーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」
北野先生達は、その瞬間、あのやわらかい校長室のソファーからずり落ちてしまった。
そして、しばらく黙ったまま、校長先生の顔と壁にかかっている初代校長先生の写真を見比べた。
校長先生は、しばらく北野先生達を見て、本当に楽しそうにしていた。
しばらくたって、また、ゆっくり、優しく話し出した。
「君達は、よく調べたよね。この虹ヶ丘小学校のことについてよくわかったんじゃないかな?
そして、この鉛筆のこともね」
校長先生は、背広の内ポケットから、あの三角軸の鉛筆を取り出した。
「あ!私達が持っているのと同じやつだ」
三成実も、自分の鉛筆を持ってきたハンドバックから取り出した。志津奈も、太郎も、そしてぼくも鉛筆をテーブルに並べた。
「それから、これは図書館の阿部さんに借りた一本だ。それに、これはもう一人の仲間から借りてきた1本、これで七本になる」
校長先生は、7本の鉛筆をきれいにそろえて、頭が中心になるように重ねて放射状に並べた。そのとたん、重なった鉛筆の頭が光り出したのである。
「校長先生!これは……」
「しっ!黙って」
校長先生は、静かに光を見つめていた。ほんの少したってから、目は光を見つめたまま、静かに話し出した。
「…学校を作ろうと言われた時、ばあちゃんは反対したそうだ。
学校では、自分がやりたい勉強ができないと考えたんだと言っていた。
そのころ、ばあちゃんは若かったし、まわりの子ども達もいろんな事を知りたいと思っている子が多かったようだ。
君達のようにね。
でも、ある人の言葉で、好きな事だけやっていてもダメだって気付いたそうだ。
そして、その後、みんなでこの虹ヶ丘小学校を作って来たというんだ。
いろいろなことがあったそうだ…………100年だ…………長い時間だ……
ばあちゃんは、時々、今の学校を見に来て言うんだ。
≪楽しいか?≫ってね。
私は、いつも、≪それは、通っている子どもに聞いてくれ≫って言ってるんだよ。
だから、きっと……君達が、呼ばれたのかもな……昔のばあちゃんに……
ばあちゃんは、心配症だったから、きっとその準備のために、この鉛筆を作ったんじゃないかなあ……
ばあちゃんは、単なる記念品だと言って、その時の仲間に、この鉛筆を作って、送ったと言っているんだけどね………」
校長先生の話が、ちょうどそこまで言い終わった時、鉛筆の光が、ぼんやりと光の玉に広がって、中に美代乃さんの姿が浮かび上がって、何か話し始めた。
『……みんな、…みつけた?…あせらなくていいから、やりたいこと…さがすために、がんばろうよ…そして………』
「ああ、後は聞こえないけど、きっと美代乃さんの励ましだということはわかる。
たぶん、≪学校をつくる≫と決心し、それを手伝うと約束した人達に送ったものだ。
本当は、自分の≪学びたい事を学んで欲しい≫という美代乃さんの願いなんだろう。
本当の学びを保証できる学校を作りたいという美代乃さんの想いは、この鉛筆に込められていたんだ」
北野先生は、すべてを理解した。
鉛筆の光は消えた。
そこにいたすべての人は、自分の鉛筆を大事そうにしまった。
「志津奈、太郎、これで夏休みの自由研究は、完璧かな?」
「はい、北野先生、ありがとうございます。この虹ヶ丘小学校の歴史やもっと大事な『学ぶ』ということもわかったような気がします」
「ところで、校長先生、こんな技術よく昔にありましたね」
三成実が、関心を持って質問した。
「ああ、後で分かったんだが、この三角軸の鉛筆には、立体映像の装置が組み込まれていてね。何でも当時は、外国の映画で使われていたそうなんだが、見様見真似で作りあげたそうだよ」
「美代乃さんて、すごいんですね」
「何言っているのですか、うちのばあちゃんが、そんなことできるわけがないじゃないですか。できるのは、ギターぐらいですよ」
「え?じゃあ、だれが作ったんですか?」
「もちろん、機械が大好きで、将来電器屋さんになりたいと言っていた、上杉君ですよ」
「え?うちのじいちゃんですか?」
三成実が、またソファーから滑り落ちてしまった。
「昨日だって、上杉のじいちゃんがうちに来て、ばあちゃんと楽しくテレビを見てると思ったらね、なんと町内の老人会の会合をテレビでやってんですよ。
パソコンも何も使わず、ただテレビにリモコンだけでね。
ね、ミーちゃん!」
校長先生は、ニコっと笑ってウィンクしたのだった。
〔つづく〕
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