19 未来への風 10(決意)
北野先生は、静かに話を続けた。
「僕はこの間、君のお父さんに聞いたんだ。君のお父さんはね、君のことなら何でも知っているんだ。
君のやりたいこと、君が目指していること、君が理想と考えていること、そして君が作りたい学校のこと。
でも、そんな学ぶ人が学びたいことを学べる学校をつくるためには、そのことを理解してくれる『先生』がいないとできないだろうとも言っていたんだ。
今、世界中探してもそれができるのは、「美代乃」しかいないってお父さんは言っていたよ。
ただ、お父さんは、君の体が心配でたまらないんだ。
もし、君にそんな仕事を頼んだら、きっと無理をしても引き受けるだろう。だから、心配なんだとも言っていたよ…………」
「……お父さんが、そんなことを。……ただ、『学校』を作るんだって言うから……」
美代乃は、困惑して胸の前で両手を合わせた。
「大丈夫だよ美代乃さん。……ちゃんと、話してみるといいよ。何か解決策はあると思うんだ」
だんだんと、美代乃の顔から曇が取れてきたようだった。
「はい!」
彼女は、元気に返事をした。
そして、手を繋いでいたあーちゃんと一緒に近くの木箱に腰かけ絵本を読み始めた。
北野先生達も近くに座り、心地よい美代乃の声に耳を傾けた。彼女の読み聞かせは、まるで夢の中で歌を聴いているような感覚になっていった…………。
明るく……希望に満ちた……楽しい歌……
……いつの間にか、その楽しい歌を聴きながら、北野先生達は、また眠りについてしまった……
・ ・ ・ ・
「……い、……せい……せんせ~い~………」
「(………誰だ……僕を呼ぶのは……眠い。………体がだるい)……ん?ああ?どこだ?」
「北野先生!!起きてよ!もー!」
「……あ!志津奈!」
北野先生は、立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
「気がついた?先生、無理しなくていいから!しばらくしたら立てるから……」
「ああ、それより、ここは…」
「図書館よ、覚えてる?」
「(そうだ、そういえば、図書館に調べものに来たんだった。そして、あの日記を見ていると…)そうだ、あの日記は?他のみんなは?それから、……それから、村長さんや…美代乃さんは?」
「北野先生、ようやくいろいろ思い出したのね。でも、いっぺんに聞かれても、困るわ。太郎君とミーちゃんが、今、図書館の中を調べているわ」
「そうか」
少し落ち着いて志津奈の顔を見ると、また泣きそうな顔になっていた。
「あああ、すまん。また、やっちまったんだなー」
北野先生は、少し後悔した。また、訳も分からず、ここにとり残されたうえ、自分だけがなかなか目覚めなかったものだから、一人ぼっちでだいぶ不安な時間を過ごしたのだとすぐにわかった。
美代乃の世界に行った時もそうだった。
志津奈は、こぼれそうになった涙を見せまいとして、やっぱり怒ったふりをしていた。
「何言ってんの!先生が、いつまでも寝てるから、ミーちゃん達に置いてけぼりにされたのよ。
私だって、ミーちゃん達と他のところを調べに行きたかったのに、先生を置いていけないからって、留守番になったのよ!感謝してよね!」
「ああ、ありがとうな。志津奈」
そんな話をしているうちに、太郎と三成実が帰ってきた。
「やあ、北野先生も起きたのかい?」
「ああ、すまなかったな」
「また、先生、なかなか起きないから、まったくもー」
と、太郎が少し大袈裟に、笑顔で言った。
その時、『なないろ にっき』を見ていた志津奈が、突然大声をあげた。
「みんな、こ、ここ、見て!私達のことが書いてある」
志津奈の声は、緊張していた。
目は、『なないろ にっき』から離れず、声だけで、ぼく達を呼んだ。
「何言ってんの?百年前の日記だよ。
私達のことが書いてあるはずがないじゃない」
と、三成実は全く信じないとでも言うように軽く聞き流した。
「じゃあ、私が、この『なないろ にっき』を読むわ。だまって、聞いていて」
志津奈が手にした『なないろ にっき』は、少し厚めの紙に書かれていた。
表紙は、もっと厚く、しっかり端が糊付けされていて丈夫になっている。そのうえ、紐が通されていて念には念が入っていた。
この『なないろ にっき』は、大切に後世に伝えることを考えて作られたものだ。
表紙の色は、もう薄くなっていて草色がところどころ茶色い染みもあるが、草原の葉を模した模様が、残っている。
「(これは、『美代乃さん』の趣味かな?『美代乃さん』?あれ?夢じゃなかったのか?やっぱり、『美代乃さん』とのことは、現実のような気もする。
そういえば、彼女は、何を伝えたかったのか………)」
北野先生は、そんなことを考えていた。
志津奈が、『なないろ にっき』を読みはじめた。
≪この虹ヶ丘には、「学びたい」という若者や子どもがいます。
でも、学校がありませんでした。
口をそろえて大人は学校をつくろうと言いますが、私は反対してきました。
それは、「学ぶ」ことに反対しているのではなく、「学ばせる」ことに反対していたのです。
せっかく、「学びたい」と思っている人がいるのに、学校を作ってしまったら、意図しない「学び」をしなければならないのではないかと思ったのです。
でも、そこに現れた旅の家族は、私に「学びの舞台」という話しをしてくださいました。
誰でも「自分の学びの舞台」に上るための準備をする必要があったのです。
だから、私はみんなのために、その準備をはじめることにしました。
私は、思い出したのです。
私も新しいことに挑戦することが大好きでした。きっと、この虹ヶ丘の子ども達は、新しいことに挑戦して、素晴らしい未来を切り開いてくれることでしょう。
私は、そんな子ども達のために学校を作ることを決意しました≫
確かに名前は書かれていないが、この内容は僕達が「美代乃さん」と話したことだ。
日記を読んでいた志津奈は「うん、うん」とうなづきながら、こちらを見ていた。
そして、その眼には大粒の涙が光っていて、今にもこぼれ落ちそうになっていた。
〔つづく〕
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