02 月夜の奇跡 2(光の向こうへ)
太郎は、その心地よい声を聞いているうちに、眠りに落ちてしまうのだった。
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学校閉鎖になって1週間目、ようやく担任の先生から電話がかかって来た。
学校も混乱していた。
いつもの学校閉鎖とは違ったのだ。
先が見えない。
学習は?
進度は?
これからは?
様々な目途をつけるのに時間が必要だった。
『ねえ…北野先生…早くみんなに会いたいなあ…』
太郎は、少し甘えた口調で言った。
『ああ、わかるよ。もう少し、もう少しだと思うから……頑張っておくれ』
担任は、どの家の子にも同じようなことを言われて、少しまいっていた。それでも、電話口では一生懸命に近況や家での勉強の話などをして、寂しさを紛らわそうと必死だった。
『先生?友達の家に遊びに行くのもダメなの?』
『ごめんよ……もうちょっと待っててね……』
『(学校がお休みでも、友達にさえ会えれば、元気が出るかと思ったんだけど………やっぱりダメか)……うん、わかったよ……ぼく、頑張るから、先生も頑張ってね』
その後、電話を母親と変わった太郎は、仲のよい“しーちゃん”のことを考えていた。
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母親の電話が終わったので、太郎は聞いてみた。
「ねえ、お母さん。先生は、みんな、元気だって言ってた?」
すると、母親は、ちょっと迷ったような顔をした後に
「……そうね、みんな退屈はしているそうよ。
ただ……電器屋の向かいのしーちゃんがね……電話をしても出なかったんですって
……お母さんとはお話ができたから、病気じゃないらしいんだけど、あんまり元気がね……」
太郎の幼馴染で岡崎志津奈は、みんなからしーちゃんと呼ばれ親しまれている。太郎の家とも家族ぐるみで親しくしている。
「(急に心配になってきた……行ってみようか。でも……)あ!お母さん、ぼく、しーちゃんのうちに電話してみるね!」
「そうね、お話でもできれば、少しは元気も出るかもね……」
「うん」
太郎は、急いで電話のところへ行った。何度も電話することがあったので、短縮ボタンに登録もしている。
『(なぜか、いつもの電話より緊張する……呼び出し音がする)あ、もしもし、中村太郎です。こんにちは……』
『ああ、太郎君ね……よく電話をくれたわね、ありがとう……シズでしょ、ちょっと待ってね』
『(あ、しーちゃんのお母さんだ……それにしーちゃん、電話に出られるんだ……)よかった!』
『…………もしもし…………』
『あ!しーちゃん?太郎だよ。元気?何してる?……』
『う、うん……元気……だよ……何もしてないよ……』
『先生から電話来たよね……なんかさ…しーちゃんが元気がないって聞いたんだ……大丈夫?……』
『………ありがとう……大丈夫……よ……でも……ちょっと……いえ……あの……これから……家のお手伝い……なの……じゃあね……またね』
『うん、じゃあ、また、電話するよ、バイバイ……』
太郎は電話を切ってから考えた。
志津奈は、ほとんどしゃべらなかった。
いつもは、あんなにおしゃべりで、明るく、元気なのに。
きっと、優しい志津奈は、心配させないように何も言わなかったんだと太郎は気づいた
太郎の耳に志津奈の言葉が残った。
『大丈夫よ………』
「(あれは、あの時の眩い光を発した鉛筆と関係があるかも……)大丈夫よ……(確かにそう聞こえた)」
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夜になり、あたりが暗くなった時、太郎はあの三角軸の鉛筆を取り出した。
周りが暗く成れば、また光るはずだと考え、もう一度手に取り、『クルリンパ』と、声を出しながら正しい持ち方をしてみた。
すると、またもや三角軸の鉛筆はきれいな黄色の蛍光色に光り出し、太郎の2階の部屋は光の渦でいっぱいに満ちていった。
外は、真っ暗だったが、月だけが、同じ蛍光色で光っていた。
そして、部屋に満ちた蛍光色の渦は、ライン上に真っすぐ外に向かって伸びていた。
太郎には、もうすべてわかった。
「今、行くよ、待っててね」
太郎は、窓を開け、光のラインの上を歩きだした。
次第に、速足になり、駆け足になっていった。
蛍光ラインは、迷うことなく真っすぐに進んでいた。
太郎は、三角軸の鉛筆を握りしめ、目的地に向かって暗闇に光る蛍光ラインの道を急いだ。
「やっぱり、太郎君だったのね!」
そこには、志津奈の家があり、やっぱり2階の部屋に蛍光ラインはつながっていた。
「待たせたね」
「ううん……きれいな光だったの……流れ星かと思って願い事をしていたの」
「それで、どうだった?」
「嬉しいわ、願い事が一つ叶ったんだもの」
「じゃあ……しーちゃんの願い事をもう一つ叶えてあげるよ」
「え!私のお願いって……」
太郎は、志津奈を茶の間の大型テレビの前に連れて行った。
そして、スイッチを入れようとしたら、
「え?待って、こんな時間に、ここでテレビをつけたら、お父さんやお母さんに叱られるわ」
と、困った顔をした。
すると太郎は、静かな声で
「大丈夫さ、今は、大人は起きないことになっているんだ。
ぼくが、さっき流れ星にお願いしたから絶対に大丈夫なの!」
と、笑顔で教えた。
志津奈も、笑顔になり
「わかったわ」
と、ウィンクで返した。
太郎と志津奈は、茶の間の大画面のテレビのスイッチを入れた。
そして、Mのボタンを押した。
画面がいくつもに分割し、クラスの友達が映し出された。
それどころか、お互いに会話ができた。
大人のいない空間で、まるで教室のようだった。
『わあー元気だったー』
『会いたいよーー』
『何してるのー』
『ひまだよー』
『学校へ行きたいよー』
『………………………』
新学期が始まって4週間、学校へ行けなくなって2週間、たったそれだけなのに…………この学級は…………これほどまでに……
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夜明け前、テレビの画面も自然に消えた。
みんなもわかっていたのか、最後は笑顔で手を振って「さよなら」をした。
太郎も蛍光ラインを歩いて帰った。
志津奈は、ベッドに入って、やっと以前と同じような笑顔で眠れた。
夜明け前、部屋が薄っすらと明るくなった。
志津奈の枕元に置かれてある“書き方鉛筆”から漏れる蛍光色に光る赤い輝き。
まるで、太陽の暖かさをもった力強い、それでいて優しい光がほんのりと志津奈を照らしていた。
〔つづく〕
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