18 未来への風 9(私の想い)
次の日は日曜日なので、北野先生達は畑の仕事を休みにしてもらった。
彼らは約束通り、美代乃について出かけて行った。どこへ行くかは教えられなかった。
家を出て、畑を通り過ぎた。いつもは賑やかに話をするのに、今日はみんな無口だった。
小さな倉庫の前に着いた。そんなに時間はかからなかった。
「なーんだ、野菜か何かの作業が残っているのね。大丈夫よ、日曜日でもちゃんと手伝うからね」
と、腕まくりをして張り切った三成実が、倉庫の方へ駆け寄って行った。
そして、倉庫の扉を開けた途端、黙って立ち尽くしてしまった。
「どうしたの?ミーちゃん」
そう言って、後ろから押しのけて中に入った志津奈が、
「あっ!!」
と、小さく驚いて、後ずさりしてきた。
一緒に覗いた太郎が、振り向いて
「これは、野菜の作業なんかじゃないよ。そんなことを言ったら、失礼だよ!!」
と、捲し立てた。
「ごめんなさい、驚かせるつもりではなかったのよ。………さあ、中へ入ってください」
美代乃は、北野先生達を倉庫の中へ丁寧に招き入れた。
そこには、たくさんの人達がいた。
小さい子どもが多かったが、美代乃と同じくらいの年齢の人も数人混じっていた。
本を読んでいる人もいれば、そろばんをしたり、ノートに何か書いたりしている人もいた。
「みなさん、何をされているのですか?」
北野先生は、周りを見渡しながら尋ねた。
「みんなはね、ここで、勉強しているのよ……」
嬉しそうに美代乃は、答えた。
ここは、冬に農機具をしまっておく倉庫だ。北野先生達の時代からしたら、決して倉庫と呼べるような建物ではないくらいみすぼらしいものである。
壁は木の板が一枚だけ、床は土のまま、光は明り取りの窓からさしこむだけ。
そこで、勉強するといっても、机や椅子があるわけでもなく、樽や木の箱の上に座っているだけなのだ。
それでも、なんだかそこにいる人たちは、楽しそうに見えた。
「あ、みょんちゃん。ねえ、今日も、絵本読んでくれる?」
「いいわよ、あーちゃん。今行くから、ちょっと待っててね」
畑であった、小さな女の子も来ていた。
「あんな小さな子まで、ここに来ているなんて、どうしてなの?」
志津奈が、不思議そうに尋ねた。
すると、絵本を片手に、もう片方の手を女の子の手と繋いでいた美代乃が、
「それはね、みんなが何かを知りたいって思っているの。そして、何かをできるようになりたいって思っているから、一生懸命勉強しているの」
「それじゃ、ここは、学校じゃないんですか?」
太郎が不思議そうに尋ねた。
「いいえ違うわ。……ここにいる人は、みんなが生徒で、みんなが先生なの。
…………だから、学校じゃないわ」
美代乃は、きっぱりと否定した。
「そういえば、それぞれ違うことをしているのに、お互いに相談したり、教え合ったりしているみたいだね」
北野先生は、そう言いながら、もう一度ゆっくりとまわりを見渡し
「でも……それが、学校っていうんじゃないのかな?」
と、美代乃に優しく問いかけた。
美代乃は、しばらく返事をしなかった。
下を向いたまま、何かを思い出すように………
「…………ううん……違うの。
………北野先生だったらわかると思うのよ。
………学校はね、学ぶことを決めちゃうの。
………そこにいる人が、何を学びたいかじゃなくて、初めから学ぶことを決めてしまっているのよ!」
美代乃は、少し悲しそうにつぶやいた。
「……そりゃあ学校だから、学ぶことが決められていることは否定しないよ。
…………でも、何でも好きな事をやりたいってことだけでもなあ……」
「どうして?学ぶ人が、希望を持っちゃいけないの??
意欲をもって、選んじゃいけないの????」
北野先生は、困った。
美代乃の気持ちもよくわかる。でも、……………。
その時、三成実が静かに話し出した。
「……わかるよ、みょんちゃん…………。
私はね、機械が大好きなの…………。
小さい頃から機械ばっかり、いじってたのよ!!
そしたら、学校の先生は、『そんなことしないで、勉強しなさい』ってよく言ったわ。
でもね、うちのお父さんは、言ってくれたの!
『機械が好きだったら、思いっきりやればいいよ。必ず、そんな舞台があるから、頑張ればいいよ。自分の思う通りにやってごらん。………そして、そのうえで、その舞台に上れるように、ちょっとだけ、他のこともやってみたらどうだ。』って言ったの。
『そうしないと、折角、舞台が目の前に出てきても、そこに上る梯子をもってなかったら何にもならないよ。好きなこと以外は、梯子みたいなものだからね』って、笑ってたわ。
私はね、梯子を手に入れるために、ちょっとだけ頑張ったの。
そして、理工系の大学に行ったのよ。
みんなは、天才とかいうけど、それなりの努力もしたのよ。
だから、わかるの。
自分のやりたいことが、一番の励みになることだってね。
でもね、好きなことだけじゃ、舞台に上れないということもあるものよ……。」
「ミー姉ちゃんは、すごいんだね。知らなかったよ」
太郎が素直に尊敬の眼差しで見つめたので、
「何が、すごいんだよー」
と、少し照れて三成実が太郎の頭をつついた。
それでも、太郎は、
「いや、ちゃんといろいろ考えているんだなーと思ってさー」
と、真剣な眼差しで真面目に返していた。
「そうだよ、美代乃さん。僕もわかるよ。君だけじゃなくて、君のお父さんのこともわかるんだ。
それに、ここに集まっているみんなの気持ちもわかるんだ。
君のお父さんだって、君が考えている理想の『学校』を作りたいんだ」
「え?……私が考えている理想の『学校』ですって?……」
美代乃は、初めて聞く『理想の学校』について、北野先生の言葉に吸い込まれる想いがしたのだった。
〔つづく〕
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