17 未来への風 8(負けないこと)
美代乃がいない畑作業だったが、何とか午前中の仕事を終え、畑でお弁当を食べていた。
すると、遠くの方から何となく陽気な歌声が聞こえてきた。
誰かが手を振りながら、こちらに歩いて来るのが見えた。
「あ!みょんちゃんだ。わーい!」
一番早く見つけたのは、あーちゃんだった。他の子ども達も一斉に駆け寄って行った。
「元気になったんだわ」
志津奈が安心して、振り返って太郎を見ると、そこには目に涙をいっぱいにためて、今にも泣きそうになっているかわいい男の子がいたのである。
そのうちに、美代乃が、傍まで来て
「ごめんなさい、遅くなって」
と、元気に微笑んでくれたのだが、心配そうに顔を近づけて、
「あら、太郎君どうしたの?そんな顔して……、どっか具合でも悪いの?」
と、美代乃が、太郎の顔を覗き込んだ。
「ああ……大丈夫ですよ、なあ太郎。もう、元気百倍だろう?」
と、北野先生が頭をなでると、
「先生……もう、いいよ!!」
と、ちょっと怒って、その場を離れていった。
「それならいいんだけど………?」
と、美代乃は、また子ども達の中に消えていった。
「美代乃さんは、本当にみんなのことを気にかけているんだなあ。この村の子でもない太郎の事まで、しっかり心配しているなんて……。自分だって、大変なのに……」
彼女の後ろ姿を見ながら、北野先生はその努力のようなものを感じた。
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「ねえ、みょんちゃん。今日は、来ないかと思っちゃった」
「ごめんね、遅くなって」
「でも、元気になってよかったなー」
「ありがとうね。それに、あーちゃんの顔を見たから、もっと元気になったわよ」
「わーい。だーい好き!みょんちゃん」
「今日はね、これ持って来ちゃった」
と言って、背中にまわしていたギターを指さした。
「わー!お休みじゃないのに、嬉しいなー。でも、いいの?」
「今日はね、お客さんもいるから、ぜひ、歌を聞いてもらいたいの」
そう言うと、大きな木の根元に腰を下ろし、背中のギターを前へ回し、弾き始めた。
そこは、現代では≪虹の木≫といって虹ヶ丘小学校のグラウンドの端にある大木で、まさしく虹ヶ丘小学校のシンボルになっている場所だ。
すると、近くにいた子ども達は自然にまわりに集まってきた。
大人達も美代乃の歌に耳を傾けて聞き入っているように見えた。
それからしばらくの間、美代乃と子ども達は、楽しく歌を歌っていた。
美代乃は、午後の作業はしなかった。
静かに木陰でみんなの作業を見ていた。
しばらくして北野先生は、傍へ行って話かけた。
「やあ、美代乃さん。体の具合はどうですか?」
「少し疲れました」
思ったより、素直な返事が返ってきた。
「無理をするからですよ。あんなにたくさん歌って。でも、とても気持ちのいい歌声でしたね。何か心がすっきりするような………」
「ありがとうございます。今日は、……本当は皆さんに……旅のみなさんに歌を聞いてほしくて……」
「……どの歌も知っています。ただ、歌というより、あなたの歌声が本当によかった。
……でも、本当は、歌を聞かせることだけが、あなたの願いではないと思うのですが……」
「……やっぱり、お見通しなんですね北野先生は。
あなたなら、きっとわかってくださると思ってました。
明日は、ちょうど日曜日です。
見せたいものがあります。
私と一緒に来てくださるかしら?」
「仲間も一緒でいいですか?」
「もちろん、お願いします」
美代乃の目と声には、何か決意のようなものを感じた。
〔つづく〕
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