16 未来への風 7(続くページへ)
ジャガイモ掘りをした晩、大人達はみな深い眠りについた。
ただ、ほとんどの者が疲れて眠った頃、目を覚ましている者が、この家に2人いた。
太郎は、どうしても寝付けなかった。体は疲れていたはずなのだが、どういうわけか、眠れなかった。
真夜中まで寝返りを打ちながら、眠ろうと頑張っていた。
ふと、明かりが漏れて来ることに気がついた。
「隣の居間か?誰だろう、こんな時間まで……」
気になって、静かに覗いて見た。
「……まぶしかったかしら?ごめんなさい」
と、やさしい美代乃の声が返ってきた。
「い、いいえ。ちょうど目が覚めちゃって……」
太郎は、急に声をかけられて、びっくりした。
「夕方搾った牛乳を沸かしたのよ、どう?よかったら飲まない?」
「……はい、いただきます」
太郎は、嬉しかった。あの美代乃が、昼間みんなといる時と同じ笑顔で、自分にも話しかけてくれた。
「……ところで、こんな時間まで何をされていたんですか?」
「……うん、ちょっと日記を書いているのよ。ここの開拓の様子をまとめているの。
見て、ほら『なないろ にっき』っていうのよ。
こうやって書き溜めて、私達の開拓の歴史を未来の子ども達に伝えるの。
……………あなた達みたいなね…………」
美代乃は、何となく太郎に話すというより、自分のやっていることを説明するように、でも嬉しそうに笑顔で話すのであった。
太郎は、………理解した。
今晩、美代乃と話す機会を得たのは、美代乃の意思だったんだと。
それは、自分が何をしているかを太郎達に伝えたかったんじゃないかと思った。
「美代乃さん、…どうして、そんなに未来を……」
「はい、牛乳よ。……熱いから気をつけてね。……ちょっとだけ、蜂蜜も入っているからおいしいわよ、あ、……でもみんなにはナイショよ……」
太郎だけに微笑んでくれた美代乃の笑顔は、宝物になった。
・・・・・・・・・・・・・・
次の日、北野先生達は、太郎から『なないろ にっき』の話を聞いた。
美代乃が、未来に残すために一生懸命に書き記していたことを伝えたかったんじゃないかと、太郎は言った。
でも、北野先生は、それだけのためにここまで呼ばれたわけじゃないと考えた。
「確かに、僕達が図書館で読もうとして吸い込まれた『なないろ にっき』は、美代乃さんが書いたものだ。でも、それを書き続けるもっと大切な目的があったんじゃあないかな?」
「そっか、ひょっとして、その大切な目的のようなものが、これから私達に関係するかもしれないんだね」
いつもながら、三成実が生き生きとした目で張り切りだした。
「まあ、どうなるかはわからないけど、今日も焦らず畑の手伝いをしよう」
「ところで、今朝は美代乃さんの姿が見えないんですが……」
と、太郎が心配そうに美代乃の母親に尋ねた。
「ああ、すみませんね。ちょっと、体調が悪くて休んでいるのよ」
すると村長さんが少し心配そうに
「あの子は、生まれ付き心臓が悪くて、時々体調を崩すんだ。あんまり無理をするなと言ってあるんだけど……」
「大丈夫ですよ。もう子どもじゃないんですから、自分の体のことは、自分で分かってますから……」
村長も奥さんも、心配はしているが、娘を信頼した口ぶりだった。
「ぼくが悪いんだ、昨夜、日記を書くのを邪魔したから遅くまでかかってしまったんだ………………」
太郎が泣きそうな声を出してそう言うと
「そんなことは無いんですよ、時々、こうなるんだから。それより、今日の畑仕事は、みなさんだけでお願いできるかしら?」
「あ、はい。それは、もう」
村長さんも奥さんも、美代乃のやりたいことを否定したりはしなかった。そして、黙って見守っているように見えた。
「お父さんもお母さんも、美代乃さんを信頼しているんですね」
と、太郎が言うと、
「まあ、娘だからね。好きに生きることが一番だと思っているよ」
と奥さんと顔を見合わせて、村長さんは軽く言った。
「だから、みょんちゃんも一所懸命がんばるんだね」
と、また、小声で三成実がつぶやいた。
〔つづく〕
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