15 未来への風 6(広がる畑と夢)
次の日、太郎達は、遠足気分で、近くの畑に出かけた。
村からそんなに歩いた気はしなかった。
天気も良く、美代乃とのおしゃべりは、子ども達にとって、とても心地いいものだった。
「さあ、ここが、ジャガイモ畑よ。たくさん掘りましょうね」
一面見渡す限りの畑には、自分達しかいなかった。遠くにまで広がる畑。ジャガイモだけではなく、他の野菜も見えた。
収穫した後だろうか、何もない土だけが見える畑もあった。太郎と志津奈は、広い畑にびっくりした。
改めて広さと仕事の多さを計算したのか、困惑しながら志津奈が尋ねた。
「ここの仕事、美代乃さんが1人でやってたんですか?」
「まさか!」
美代乃は、少しおどけて、大袈裟に
「こーんな広い畑、1人で仕事してたら、冬になっちゃうわよー。あはあはは」
と、大きな声で笑い出した。
「そ、そうですよね……」
と、少しほっとしたのか、太郎が安堵の表情をした。それでも慎重に
「……でも、誰と……何のためにこんなに広い畑を………」
と、まだ聞きたいことが山ほどあるような感じだった。
美代乃は、改めてまわりの景色を眺めてから、太郎達に向き合ってゆっくりと話し出した。
「……うーん、君達には、ものすごく広く見えるよね。でもね、こんなものは、広いうちには入らないのよ。
…………このくらいの広さの畑だと、ジャガイモが収穫できても、たいした量じゃないの。売って生活するためには、もっともっとたくさん収穫できないとね。
ここはね、そんなたくさん収穫できる作物を探すための実験農場なの。
お父さんと私と、手が空いた村の人達も手伝ってくれるわ。
それに子ども達もね。
うまく成長できた作物は、村の人に渡して育ててもらうの。
だけど、失敗も多いの。
ジャガイモだって、いろいろな品種を試したわ。
1つも芋ができなかったものもあったのよ…………」
美代乃は、今までの作業をまるで太郎達に伝えるように、丁寧に話した。
太郎は、美代乃の歩みを自分のことのように受け止めながら聞いていた。
「……そんな!………実験農場が失敗したら、美代乃さん達は困ったんじゃないんですか?」
「それは、作物が収穫できないんだから、その年は困ったわ。でもね、虹ヶ丘のみんなは、助けてくれたわ………」
「そっか……、強いんですね……」
志津奈が、言った。
でも、傍で黙って聞いていた三成実が、いつもとは違い妙に静かな声で
「違うよ……強いんじゃないんだ。……ちゃんと未来を見ているんだよ…………」
と、美代乃の気持ちが分かったとでもいいたげな表情を浮かべたが、美代乃は、もう次の作業に取り掛かっていた。
そのうちに、村の人達も集まって来た。あちこちで作業が始まった。その中には、子ども達もいた。何人かは、美代乃達のところにもやって来た。
「みょんちゃーん、みょんちゃーん!」
と、元気に走ってきた、4、5歳ぐらいの女の子は、美代乃に抱きついた。
「あーちゃんったら、もー、元気ねー」
笑顔で答えた美代乃は、おもいっきり頭をなでた。
「あーちゃん、おはよー。今日もお仕事がんばろうねー」
「うん、みょんちゃんも、がんばろうねー」
「はいはい」
美代乃は、小さい子には“みょんちゃん”と呼ばれているらしい。
「ねえ、みょんちゃん、知らないお姉ちゃんとお兄ちゃんがいる」
「ああ、この人たちは、うちのお客さんよ。あーちゃんも、仲良くしてね」
「はーい!」
傍にいた北野先生は、彼女の子どもの扱い方が本当に学校の先生のように見えた。
「(彼女のまわりには、たくさんの子ども達が集まって来る。
小さい子から高校生ぐらいの子まで混じっているが、みんなそれぞれ自分のできることをやっている。
だからと言って、彼女が何か世話をしているわけでもないが、何となくみんな彼女の雰囲気を感じているような気がする。これは、ぼくの教師としての感かな………)」
この後、北野先生は、少し離れたところで、村長さんと別な作業をした。その時、美代乃についてもちょっと話題にしてみた。
「娘さんも、よく働きますね」
すると村長さんから意外な反応が帰ってきた。
「いやあ、それが…。実は、あんまり仕事をしてほしくないんですよ」
「え?どうしてですか」
「娘は、生まれつき心臓が弱くて、あんまり無理ができない体質なんです。
本当は、ここへもつれてくるつもりはなかったんです。
おばあちゃんと一緒にいなさいって言ったんです。
こっちの開拓が落ち着いて、きちんとした生活ができるようになったら、絶対迎えに行くからって言ったんだけど……」
「そうだったんですか……」
あんなに元気そうな美代乃からは、想像もできない話だった。
ただ、村人が言うには、何をするにも一生懸命だけど、いつも自分の体のことを考えながら、無茶なことはせず、計画的にやっているということだった。
「だから、子ども達にもそのことがよく伝わり、みんな娘さんの言うことをよく聞くんですね。それは、見ていればわかります。
あんなに子どもに接し、いろいろ教えているのに、子ども達がまわりに集まっている。
普通だったら、煙たがられたり、うるさがられたりしてしまうのに、まったく自然なんだ」
北野先生は、心底感心した。
村人も得意げに付け加えていたことがあった。
「それにだ、何て言ったって、歌を教えるのが上手なんだ」
「歌ですか?」
「まあ、教えるのが上手っていうか、とにかく歌がうまいんだ!だから、うちの子なんか、みょんちゃんが歌うのを聞いて、すぐに歌を覚えて帰って来るんだ。すごいだろう!」
「すごいですね(歌がすごいのか、覚えるがすごいか、よくわからないけど、とにかく歌がうまいらしい……)」
「まあ、それはともかく、私は、この辺りにも学校が必要だと思っていてね……」
村長は、まじめな顔で話を変えた。
「学校ですか?虹ヶ丘小学校ですね!」
北野先生は、現在の虹ヶ丘小学校の原点ではないかと考え始めていた。
「学校の名前は、まだ、考えていないんだけど……“虹ヶ丘小学校”もいいな……」
「ああ……それは、まあ……」
つい、言ってしまってから、北野先生は口ごもってしまった。
「美代乃に、“先生”になって欲しいと言ってみたんだけど、………」
〔つづく〕
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