11 未来への風 2(同盟締結)
次の日、北野先生は、上杉電器商会を訪ねた。商店街の中ほどにあるここは、北野先生にとって強く記憶に残っている場所だ。
それは、あの早朝のマラソンで、ちょうど東西南北コースの分岐点になる場所で、いつも子ども達の笑顔が浮かんでいた。
上杉電器商会は、そんなに大きくはないが、それなりの店構えをした電器屋で、正面がガラス戸になっている。日中なら、中の展示がよく見えるはずだが、今日はお休みだ。
電器屋の正面に立って振り向くと1軒の家が目に入った。
「そうか、志津奈の家は、この向かいだったな……」
そんなことを考えながら、横の勝手口にある呼び出しフォンのボダンを押すと、中から若い女性が入り口のドアを開けてくれた。
「いらっしゃいませ。北野先生ですね。どうぞ…」
言われるまま、電器屋の商品展示スペースを通り、家の奥へ案内された。そして、二階まであがり、一つの部屋に通された。
「あ!先生いらっしゃい」
「 “あ” じゃないよ。お前たちこそ、どうしてここにいるんだよ」
そこには、志津奈と太郎が、宿題でもしていたかのように、座卓にノートを広げて向かい合って座っていた。
「何って、自由研究の仕上げよ。ここの、上杉電器のミー姉ちゃんは、幼馴染でいろいろ相談にのってくれてるの!」
そこへ、さっきの女性が、お盆にお菓子とジュースをもって現れた。
「いやー、先生も大変だね。お休みでも、このガキンチョの宿題を手伝わないといけないんだって?」
「もー、ミー姉ちゃんったら、先生は宿題を手伝うんじゃなくて、宿題を解決する、重要な証人なのよ!」
「はいはい、わかりましたよ。
だってさ、先生!
あ、紹介が遅れましたが、私は、上杉電器の娘で、三成実と申します。
今は、平の社員ですが、ゆくゆくは社長ですので、どうぞよろしく!」
「ミー姉ちゃん、勤めたばっかりなのに、大きくでたなあ~」
「……そのくらいの気持ちが大事ってことよ。あははは……」
「ところで……僕は何のために、ここに呼ばれたのかな?
まさか、本気で宿題を教わりたいわけじゃないよね…?」
今まで冗談を言って笑っていた三成実の顔が、ちょっとだけ引き締まり、右手に鉛筆が握られた。
太郎も筆入れら鉛筆を出し、志津奈も鉛筆を持ち出した。
いずれも、三角軸でそれぞれ蛍光色の青、黄色、赤の光を放っていた。
「この謎を探るのよ。
これは、先生にも関係があるの。先生もこの鉛筆をもっているんだから、もう関係者なの。
いい、わかった?」
いつになく、するどい志津奈の口調に逆らえる気がしなかった。
「……で、どうするんだい?」
「私も、いろいろ調べたんだけどね、とにかくこの虹ヶ丘の歴史と関係があるようなの。
虹ヶ丘は、開拓に入って、百年足らず。
そんなに歴史は古くはないわ。
でもね、昔のことを記録している本が少ないのよね~」
「それで、僕に相談ってわけかい?
それは残念。
僕だって教師の端くれだよ。
虹ヶ丘の歴史には興味があって、学校の図書室で調べたことがあったんだ。
でも、ここ最近のものはたくさんあるが、開拓当初のものはほとんどなくてね。
特に、虹ヶ丘小学校ができた当時の様子がわかる資料がなくて、去年の100周年の時はとても困ったらしいんだ」
「そんなことは、こっちだってもう調査済みなんです先生。
そして、開拓当時の資料が、ただ一つ図書館にあることが分かったんだ。
でも、これは極秘で、見るためには条件があることまでつきとめたの……」
「条件?」
「それが、この鉛筆らしいです。それも4本以上揃わないと…」
「本当か?そんなことが…」
にわかには信じられなかったが、どうも上杉電器商会の父親が調べた情報らしいということまではわかった。
「だから、僕の鉛筆が必要だったというわけか……」
「あのう……鉛筆だけじゃあなくて……先生の助けも必要かと……」
遠慮がちに小さな声で、太郎が付け加えた。
「ああ太郎、わかってるって。お前は、優しいなあ。とにかく、わかったよ。協力するから、鉛筆でもなんでも、貸してやる」
「さすが、北野先生!じゃあ、早速これから行きましょうか」
志津奈は、元気に立ち上がって、すぐにでも出かけそうな勢いだった。
「行くって?」
北野先生は、まだ状況がすっかりとは呑み込めていなかった。
「図書館ですよ」
志津奈は、荷物を片付け始めた。
「お母さん、ちょっと図書館に行って来るから」
三成実も出かける準備を始めた。
「ああ、はい、はい。…あ!これ、持って行きなさい」
前もって言っていたのか、三成実の母親は、すでに準備ができていた。
「なに?」
「お父さんがね、たぶん役に立つからって…」
「うん、ありがとう」
「「「それじゃ、おじゃましました」」」
北野先生を始め、教え子の岡崎志津奈、中村太郎、上杉電器の娘の三成実は、図書館に向かった。
「先生も、お休みなのに大変ですね」
母親は、休日に勉強をみてくれるありがたい先生とでも思ったのか、嬉しそうな顔で見送っていた。
〔つづく〕
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