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浮世呪いばなし  作者: 蔵亜 謙
第二話 月下美人
9/10

転2

キャラクター

塩路礼人しおじれいと

 この春から高校生。

 写真家の叔母を頼り、上京してきた。絵を描くことが趣味。

 しばらく前から、自分の絵に行き詰まりを感じて悩んでいたが、まなせ先輩に出会って何かを掴みかけている。


真瀬まなせ先輩

 「月明かりでしか顔が見えない」呪いを持つ、れいとの一つ上の先輩。

 普段は顔が真っ暗で見えないが、月の光を浴びている間だけ、一時的に素顔が見えるようになる。

 満月に近いほど、顔がはっきりと見えるようになる。

 夏休み中に実家で迎える、最後の朝。

「もうあっちへ戻るの? 学校始まるのは九月でしょ、まだ一週間以上もあるのに……それに、ぜんぜんゆっくりしてなかったみたいじゃない」

「ありがとう、お母さん。でも東京でどうしても、やらなきゃいけないことがあるから」

 それを聞いた母は、仕方ないといった表情になって吐息をもらすと、帰り道でのお弁当を持たせてくれる。

 感謝しつつそれを受け取って、今度は妹にも改めてお礼を言う。

「ミヤも、受験生なのにモデルやってくれたりありがとうな」

「別にそのくらい、なんてことないし。ていうかむしろ、息抜きにちょうどよかっただけだから」

 兄想いの立派な妹の、頭をポンポンとする。ウザそうな感じを出しつつも、いやがっていはいない様子。

 因みにゆみおばさんはというと、こっちへ来てから一週間と経たず、仕事のため先に東京へと戻っていた。



 一人旅な東京への道すがら、今回の帰省中のことを思い返す。

 先生に美術室を貸してもらえるようお願いをすると、条件付きで許可を出してくれた。

 というのも今年は二人も部員が入ったらしく、その子たちの面倒も見てくれたらとのことだった。


 一応、どちらも近隣に住む顔見知りではあって。

 一人はイラストなんかを描いている女の子と、もう一人は漫画を描く男の子だった。

 絵に関することや、東京にいる間のことなんかを聞かれたり。また反対に、モデルをやってもらったりもした。

 その子らの提案で、早く描ける練習としてワンドロ――いち時間で描き上げる絵に挑戦したりもして。


 先生のいるときには、絵のアドバイスもたくさんもらえた。

 後輩の二人とは仲良くなれて、メッセージの連絡先も交換した。(そしてなぜか、先生もいる美術部のグループにアドバイザーとして迎えられ。どうやら、作ったはいいものの連絡は基本的に口頭で済むので、あまり使われていなかったとのこと)

 先生曰く、二人とも普段よりやる気を出していた、と感謝をされて。とても充実した時間を過ごせた。



 そんなこんなで、三週間ぶりくらいに東京(こっち)へと戻ってきた。

「おかえり、早かったな」

「うん、これおみやげ」

 部屋に入ると、ゆみおばさんが出迎えてくれた。

「ゆっくりできたか?」

「ゆっくりはできなかったけど、すごく充実してたよ」

 荷物を片付けながら答える。

「ふーん。ならまだ向こうにいればよかったんじゃないか?」

「ううん。どーしてもこっちで、やり残したことがあったから」

 帰っている間は、とても楽しいときを過ごした。

 だから今度こそ、まなせ先輩の絵を完成させてみせる。

「なんかちょっと大人っぽくなったか? 雰囲気変わったぞ」

「からかわないでよ、もう。会ってなかったのなんてほんの少しでしょ」

 まったく、またすぐそういう冗談を言うんだから。



 一通りの荷物整理を済ませて、ほっと一息つく。

 スケッチブックを手に取って、完成間近となった先輩の絵を眺める。

 うん、ちゃんと真面目な顔をしたまなせ先輩()()()()

(きっと、この絵と先輩本人とを見比べたら……)

 ほとんどの人が、「似ている」「よく描けている」と言ってくれると思う。そう言ってもらえる自信はあった。

 先輩自身もきっと、「うまいね」って褒めてくれるはず。

「だけど、まだ足りない」

 もっと、もっと誰がどう見ても。まなせ先輩以外の、何者にも間違えようのないもの。

 僕がこれまで見てきた先輩のステキなところ、そのすべてをっ、余すところなく体現したようなものを!


 ページを、めくっていく。

 帰省している間に描いた、妹や、手伝ってくれた後輩たちの絵が続く。

 それらを見返して、そっとスケッチブックを閉じる。そして同時に、ある決心をするのだった……。


――


 八月終わりの満月三日前、僕らは再び公園へと集まった。

「お久しぶりです、まなせ先輩!」

 おじぎをすると、先輩もぺこりとおじぎを返して。

「久しぶり、れいとくん。元気してた?」

 メッセージでのやり取りはあったけれど、こうやって会うのは約一カ月ぶり。

 それぞれの帰省先のお土産交換を済ませて、広場の方へと移動する。

 午後四時過ぎの日没前という時間もあって、そこそこの人がいた。しかし幸いにして、前回のベンチは空いていた。


 準備を進めつつ、ベンチに座ってアラームの用意をしているまなせ先輩に、あることを伝える覚悟を……決める。

「先輩に、折り入ってお願いがあります」

「どうしたの? そんな改まって」

 先輩の前に立つと、彼女はこちらを見上げて不思議そうな感じで問いかけてくる。

 今はまだ呪いで表情は見えないけれど、それでもできるだけ目の方を見て。

「絵をもう一度。最初から描き直したいんです!」

 そう告げると先輩は、少し驚いた様子をみせて。

 それから顎のあたりに手を当てて小首をかしげ、わずかに思案したかと思うと。

「……うん。いいよ」

「えっ!? 理由とか……聞かないんですか?」

 あっさりと、許してくれた。

 あれだけ付き合ってもらった上で、最悪怒られてモデルをやめられることまで覚悟していたのに。

「大事なこと、なんでしょ? だったらもうとことんまで、付き合うよ!」

 そう言って、彼女は両手でガッツポーズを作って見せた。

 その心の広さに、胸が熱くなった。

「せ、先輩っ……本当に、ありがとうございますっ!」

 深々と頭を下げる。

(ああ、自分の目に狂いはなかったんだ)

 この人と出会えて本当によかった、心の底からそう思えた。

 先輩に促されて頭を上げ、すぐに描き始める準備を整える。

 時刻は午後四時半過ぎ、月はすでに昇り始めている。天気も味方していて、今日は目いっぱいにできそうだった。


 一度目のアラーム。

 下絵も前回よりも迷わず進められている、いい調子!

 内心手ごたえを感じていると、休憩中の先輩が。

「なんだか、顔つきが違うね」

「えっ? そう、ですか?」

 突然そんな風に言われると、ちょっと照れくさい。

「うん。前よりも余裕がある感じ?」

 他の人からだと、そう見えるのだろうか。

 自分だとあまり変わった気はしないけれど。

「実家に帰っているあいだ、中学の美術の先生から色々教わったんです。それに、妹や美術部の後輩たちにモデルの協力をしてもらったりもして」

 先月は僕が不甲斐ないばっかりに、まなせ先輩には色々負担をかけてしまったから。

 それを聞いた先輩は、納得した様子でうーんと深くうなずいて。

「なるほどねぇ。男子三日会わざれば……ってやつだ」

「先輩? えっとぉ……?」

 言われた意味が分からずに、聞き返してしまう。

「いやぁれいとくん、男を上げたねって」

「へっ!? いやそんな、からかわないでくださいよもう! それを言うなら腕を上げた、でしょう」

 ゆみおばさんといい、まなせ先輩といい、僕をからかって遊ぶのが流行ってるの?

 そんなに言われるとなんだか、本当にそうなのかと勘違いしちゃいそうになるじゃんか。

「えー、別にからかってないけどなぁ」

 彼女は不服そうに頬を少し膨らませて、抗議の意思を示した。

(さんざん子どもあつかいなくせに、まったく先輩って人は……)

「続き、やりますよ!」


 それからもまだまだ暑い中、適度に休憩をはさみつつ順調に作業を進め。

 四度目のアラームが鳴るころ、だいたい輪郭を取り終えて。

 五度目のアラームが鳴って、より細かい部分に入る。

 それから三十分ほどさらに付き合ってもらい、あと少しで色塗りに入れるというところまで持って行けた。



「今日は無茶を聞いてもらったり、こんな時間まで付き合ってもらって、本当に感謝してもしきれないです!」

 先輩との別れ際、もう一度お礼を言って頭を下げた。

 時刻は午後九時になろうかというところ。これまでたった一言の愚痴さえもこぼさない、まなせ先輩には本当に頭が上がらない。

「そんな気にしないでよ。どれも私がやりたくて、やってることだから」

「そうなんですか?」

 モデルをやってみたかった、とか……?

 でもそれだけなら、わざわざまた一から付き合う理由にはならないような。

 答えはすぐに先輩の口からもたらされた。

「うん。こんな自分が……誰かの役に立てていることがね、嬉しくてたまらないんだ。それにいつも助けられてる大事な後輩に、恩返しもできるしね」

「そんな! 先輩にはこれまでもたくさん助けられてますよ! それに、僕はなんにも……」

 いつもお世話になるばかりで、助けただなんて。

 せいぜい園芸部の手伝いを少ししたくらいで、それだって今までのお返しに、しかも大したこともできていないのに。

「離れないでいてくれるだけでもう。十分すぎるんだよ、私にとっては。まあそれにあとは、自分の似顔絵なんて生まれて初めてのことだから、純粋にすごく楽しみだし」

 まなせ先輩はそう、本当に楽しそうに言った。

 でも。ここまでの言葉一つ一つに、重さがあった。

 こうなったら、自分のためだけでなく先輩の為にも。

「僕、必ず先輩が満足してくれる絵に仕上げてみせます!」

「よしじゃあ、期待させてもらうね」

 それで彼女は嬉しそうに笑ってくれた。


――


 翌日も、そのまた次の日も先輩と絵を描き進め。

 二日間で計五時間近く励んだ結果、彩色の工程も全体の八割くらいのところまで来ていた。


 そして今日は四日目、つまり夏休み最後の満月の日。

 より細部を描き込んでいく予定だったのだけれど――

「これ……晴れてくれるかな? 予報だとまだしばらくは、曇りになってる」

 まなせ先輩がスマホで天気を確認しつつ、空の方へと顔を向ける。

 もちろんその表情は真っ暗で見えない。

「すみません、それなのに付き合わせてしまって」

 今日は朝から一日中、空には雲がかかっていて。今のところ、月は見えそうもない。

 しかし夜中には晴れるとあって、もしかしたらという期待を込めて集まってもらっていた。

 今日の残り時間はあと二時間くらいなので、それまでに少しでも晴れて欲しいけれど……。


 背景や制服など顔以外の、出来る部分を進めながら様子を見ることにして。

 一度目のアラームが鳴り。次のアラームをセットして、作業に戻る。それから少ししたとき――

「あ、お月様出たよ!」

 そう、笑顔の先輩が夜空を指さした。

 ちょうど雲間から月が、顔を覗かせている。先輩は嬉しそうに月を見て笑いながら、こちらに語りかけた。

 そんな彼女を見て僕は思う。

(ああやっぱり……キレイな人だなぁ)

 それは本当に美しくて。今までで一番強い輝きが見えた。


 ただ容姿の端麗さだけじゃない、ふとした瞬間に垣間見える表情や仕草を、この二人の時間でたくさん見られた。

 たとえば、休憩に入るときのふっと力の抜ける表情。汗をぬぐうときの仕草。モデルの途中で、時々髪をイジるくせ。作業の終わりにはいつも、大きく伸びをするところ。お茶を飲む際の髪をかき上げるさま。休憩中に月を見上げて、こぼす笑み。

 先輩の向けてくれる、優しい笑顔。


 そういう端々にも映る、まなせ先輩の魅力。

 それら全部が、この人を形作っている。

 この一枚でどれだけを表しきれるんだろう。ただ求め続けてひたすらに、この手を動かしつづけてきた。


 しばらく夢中で描いていたら、ふと軽快な鼻歌が耳に入ってきた。

「~♪」

 そちらの方を見ればまなせ先輩は、たぶん無意識に、ご機嫌な様子で鼻歌を奏でている。

 やがて、思わず止まっていた手を再び動かす。


 暗い影の中で迷っていた自分に、光をくれたこのステキな先輩のことを。ずっとずっと先まで、残したいと思った。

 もしもこの絵を描ききったそのとき、人生が終わってしまうのだとしても。たぶんこの手は止められなかった。



「あんまりできなかったね」

 帰り道、まなせ先輩はがっかりそうに言った。

 結局月が出ていたのは三十分ほどで、またすぐに薄く雲がかかってしまい。顔がうっすら見えなくもないけれど、黒く覆われてしまってまさに、月に雲がかかっているかのような状態となっていた。

 それ以上は待っていても、雲がすぐには晴れそうになかったので、相談して切り上げることに決めた。

「それでも、すっごくはかどりました」

「そうなの?」

 先輩が意外そうなトーンで聞き返す。

「はい」

 たしかに月の出ていた時間は短かったけれど、受験本番の日以上の、人生で一番くらいの集中で作業を進めることができていた。

 もうあとは仕上げに入って、それが終わればいよいよ完成になる。


 まなせ先輩のくれたこの特別な時間が、あと少しで終わってしまうのは寂しいけれど。

 でもそれとは比較にならないほどに、先輩にとってのこの時間が、価値あるものとなって欲しい。

 そのために僕がやれることは、この絵を会心の出来で完成させることだけだから。

「先輩、明日もよろしくお願いします」

「うん。また明日ね」


――――


「ただいま」

 ひかりが家に帰ったとき、奥からスーツ姿の父親がやってきた。

(お父さん? なんでこの時間に……)

 彼女の父親は普段もっと、遅い時間に帰ってくることがほとんどだった。

「ひかり、こんな時間までそんな格好で。どこで何をしていたんだ」

 時刻は八時を過ぎた頃。学生が夏休みに、わざわざ制服でという不自然さ。

 それを咎められる。

「なにって、それは――」

 説明をしようとした娘の言葉をさえぎり、父親は続けた。

「ここのところ毎日だそうだな? それに高校に入ってからときどき、夜暗くなってから家を出たりもするそうじゃないか。なにか、よからぬことでもしているんじゃないだろうな」

「はっ? なにそれ、そんなわけない!」

 自分の話を聞こうともせず、一方的に決めつける口調に、ひかりはカチンときて。

「じゃあいったい何をしてたって――」

「お父さんになんて関係ないから!!」

 父親の脇を押しのけるように通り抜けて、自室へと向かう。

「おいっ、ひかり! とにかくもう夜に出歩くのはやめなさいっ!」

 その制止の言葉を無視して、部屋のドアを勢いよく閉めた。

(久しぶりに話したと思ったらこれって、さいあくだよ……)

 ひかりはしばらく、しゃがみこんで膝を抱えていた。

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