(番外)
※ この話を飛ばしたとしても、続きを読めます。
キャラクター
真瀬菊佳俐
顔が見えない呪いを持って生まれた、高校二年生。
実は月の光で、素顔が見えるようになる。
まほちゃんのことを親友に思っている。
宇賀田摩穂
ひかりとは中学から同じの、高校二年生。
今年から突然現れ、ひかりのまわりでよく見かけるようになった一年生の男子のことが、ちょっぴり気に食わない。
ひかりちゃんのことを親友と思っている。
れいとくん
この春上京してきた、二人の高校の後輩。高校一年生。
機械オンチ。都会におかしなイメージを持っている。
チビ、メガネ、童顔を気にしている。
わたしは知っている。
ひかりちゃんの背負う呪いの、秘密を……。
初めて彼女をこの目で見たのは、地元の中学に入ってすぐ。
入学式の時から彼女は、悪い意味で噂の的だった。
(ああ、あの人が……)
小学校は違ったけれど、それでも度々話題に上ってはいた。
どこそこで見たとか、その学校の友だちから聞いただとか。肯定的な話は一つも聞いたことがなかったんだけど。
最初の一年は、クラスが違ったから一度も話すことはなくて。
わたし自身もその他大勢と一緒で、ただ彼女のことを遠巻きに気味悪がっていただけだった。
一年後、二年生になると同じクラスになった。
いつも一人でいて、やっぱり薄気味悪くて。関わり合おうだとか、考えもしていなかった。
変化が訪れたのは、半年ほどが経って。わたしは同じグループの子たちとの仲が、こじれてしまった。
理由はよくある、恋愛関係のいざこざ……気づいたらわたしが悪者になっていた。
夏休み明けの係決めで、人気も興味もない栽培委員なんかに押し付けられた。
あの子と、二人で。
(そのときは知らなかったけれど、ひかりちゃんは一年のときからずっと選んでやっていたらしい)
主な仕事は、教室内の花瓶の水を変えることと、各クラスの持ち回りで花壇の世話をすること。
花壇の世話は一人ずつの交代でも、二人一緒でも構わないって話だったけど、最初はとりあえず教えてもらう目的で一緒に作業をした。
作業中も事務的な会話以外は一切なく、見た目通りの暗い子って感じだった。
むしゃくしゃしていたわたしは、そのとき彼女に言ったのだ。
「鈴木さんたち、あなたの悪口言ってた」
それは完全に、八つ当たりだった。
自分を悪者にした、グループの子たちを貶めたかったのか。それとも単なる憂さ晴らしだったのか。
とにかくその時のわたしは、ただただイヤなやつだった。
「まあみんな、言ってるよね。宇賀田さんも言ってたと思うし」
「っ!」
事も無げに、あっけらかんとした返答。
彼女はわたしに言われるまでもなく、そんなことは当たり前に把握済みだったのだ。
「……ごめんなさい」
「別にいいよ?」
自らの行いを恥じた。
彼女はそんなわたしを責めるでもなく、気分を害した様子もなく黙々と作業を進めていた。
それから……まあ色々あって、少しずつ話とかもするようになって、一緒にいる時間も増えていった。
話してみれば彼女は、どこまでも普通の子だった。
いいや、むしろとてもいい子だった。
相変わらず噂や陰口にさらされ続けていたけれど、ただの一度たりとも好き勝手に言う周りの人たちへの、不平不満を漏らすことはなかった。
思わず、その理由について尋ねたことがある。その答えは――
「慣れだよ、慣れ」
その言葉にわたしは、思い知らされた。
(きっとこの子にとって、こんなことは。生まれたときからずっと続くことなんだ……)
その苦しみは、わたしなんかが察するに余りあって。
(こんなことに……慣れてしまうほどに、さらされ続けて、きた)
「うがたさん!?」
「っ! ちが、ごめんなさいっ……」
もしもそれが自分だったなら、きっと耐えられなかっただろう。
そう、思ったとたんに、気がつけば涙があふれだしていた。
突然泣き出したわたしに、彼女はおろおろする。
「いままで、ごめんなさい。わたしっ、わたしも前にまなせさんにヒドイこと思ってた。悪く、言ってた……」
わたしは自らの罪を告白した。
「……今は、どう? まだ思ったりする?」
首を力なく左右にふる。
彼女は笑った……ような気がした。
「謝ってくれた人ってね、うがたさんが初めてなんだ……だから許すよ。ぜんぶ」
「うぅ、でもぉ……っ」
「だいたいそんなこと、気にする必要もないから。だってうがたさんにはもう、数え切れないくらいたくさんもらったもん」
彼女は自分の胸に両手を当てて。
「だって私の初めての……ともだ、ち。だから」
最後の方は自信なさそうに。
わたしは彼女の両手を取って力強く宣言する。
「うんっ、友だちだよ!」
顔は見えなくても、すごく嬉しそうな雰囲気が伝わってきて、わたしも一緒に嬉しくなった。
このときを境に、ひかりちゃんとの間には壁がなくなった。
ずっと抱えていたわだかまりを捨てられたことをきっかけに、関係はより深まって親密になれた。
もとのグループの子たちからは、わたしもけっこう悪く言われてたみたいだし。それに周りから噂されるようにもなった。
でも覚悟していたほど孤立することもなく、むしろひかりちゃんが他の人と話している場面も、少しだけど見られるようになって。
そして一緒にいればいるほどわたしは、ひかりちゃんのことを好きになっていった。
やがて二人で同じ高校を目指すことになって、一緒に受験勉強を頑張った。
「わたし少しレベル落とそうか?」
「ダメ! まほちゃんの足手まといにはならないよ!」
きっぱりと断られる。
わたしの志望校は、ひかりちゃんの方がより頑張らないといけない。
ひかりちゃんは通信教育で、わたしは塾で教えてもらったことや教材なんかも積極的に共有した。
その中で、中学三年生の夏休み。夏期講習のないタイミングにひかりちゃんの家で、夏の追い込み合宿をした。
そしてその日の夜、わたしは初めて彼女に秘密の共有を――顔を見せてもらったのだ。
――
高校二年生、一学期末試験が終わった日の、昼下がり。
「はー、試験やっと終わった~」
「期末は科目も多くて大変だったね」
今日は平日で家に家族もいないので、試験が終わったあとに恒例となっている、打ち上げという名の遊ぶためにひかりちゃんを部屋に呼んでいた。
「れいとくんも試験、なんとかなったみたいだよ」
「ふ~ん……」
最近よく、あの後輩くんの話題が出るようになっていて、ちょっと複雑な気分……ひかりちゃんのよさを分かってくれる人が現れたのはいいことだし、彼自身も普通にいい子っぽそうだけども。
(ぐうー、もやもやするぅ)
「まほちゃん? もしかして試験マズかった……?」
一人悶々としていたら、ひかりちゃんにいらぬ心配をさせてしまった。
「それは大丈夫!」
ビシッと親指を立てて、即答。
しばらくだらだらと話して過ごしていたら。
「うわ、これ懐かしいね」
そう言ったひかりちゃんは、部屋の壁に掛けてあるコルクボードの、他の写真などと一緒にピンで刺した映画のチケットを眺めていて。
それは以前、二人で初めて一緒に映画を見に行ったときのもの。
「私もとってあるんだよねー。まさかまほちゃんもだとは」
「うん。大切な思い出だから」
彼女もとっておいてあると聞いて、嬉しくなる。
「それにしてもあの時は、ホントびっくりしたよ。まほちゃんがやんちゃそうなお兄さんたちに、食ってかかるんだから」
「うっ。だってあいつら、絶対許せなかったんだもん……」
「でもすごく、かっこよかった」
ひかりちゃんにそんな風に言われて、つい赤くなってしまう。
――
高校への合格が決まって、二人で初めて外出して遊ぶ約束をした。
それまで学校外で会うとなれば、基本的にはどちらかの家。
彼女が人の多いところは苦手だと知っていたし、何回か誘ったこともあったが断られていた。
その日は、映画館へ行くことに。
過去にひかりちゃんが教えてくれた映画の、続編がやっていたからだ。
まえに彼女は、映画館で映画を見てみたいと言っていたし。その作品も気にはなるけど、配信されるまで待つ、とも言っていて。
「気になってるから、一緒についてきて欲しいな」
そうお願いすると、ひかりちゃんは軽く握った手を口元に当てて、少しの間迷っていたけど。
でも最終的には、一緒に行くことに決めてくれたのだった。
約束の当日。
待ち合わせの場所に現れた、レアな私服姿のひかりちゃんにテンションが上がりつつ。
映画館の最寄りまで、電車に乗って行く。その道中では、今までに感じたことがないくらいに人の視線をずっと感じていた。
でもそんなことが自分にとって、些細に思えるほどに、二人で外出できたのが嬉しかった。
彼女は少し離れて歩こうとしたから、思い切って腕を組むと、はじめはビクッとして緊張している様子だったけど。こちらに意識を集中してくれて、だんだんとその口数も増えていった。
シアターに入る前にシェアする用の、大きめのポップコーンと、ジュースを買って座席へつく。どうやらこれが、ずっと憧れていたスタイルらしい。
席についてしまえば、ほとんど人の視線もなくなる。ひかりちゃんは人生初映画館に、目に見えてそわそわしている様子だ。
映画が始まってからときどきひかりちゃんの方を見れば、スクリーンの光で照らされた彼女は、きっと夢中でスクリーンに見入っているらしかった。
映画は面白くて、あっという間にスタッフロールまで終わって、明かりが点灯した。
他の人が大体出ていった頃を見計らって、シアターを後にする。
「面白かったよね!」
「うん! 特に最後の方のあの演出最高だった!」
ひかりちゃんは大層ご満悦の様子。一緒に来れて本当によかった。
それにしても……せっかく初の二人での外出。
本当は、もっとやりたいことはあった。同じ建物にある店舗を回ってショッピングしたり、どこかのお店に入って映画の感想をゆっくり語ったり。
(でも、これ以上付き合わせてしまうのは……)
ふと、アミューズメント施設の入り口付近に設置された、プリ機の看板が目につく。
思えばこれまでひかりちゃんとの、ツーショット写真を撮ったことはなかった。というよりもひかりちゃんの写真それ自体を、撮ったことがない。
撮りたいって気持ちこそあったけど、それを言い出しづらくって。事実、彼女が写真をあまり好ましく思っていないことも知っていたから。
(中学の初めのころはけっこう、みんなで撮ってたな。ひかりちゃんとも撮れたらよかったのに……)
などと考えていたら、足が止まっていたようで。
ひかりちゃんが声をかけてくる。
「まほちゃん?」
なんでもないよ、と答えようとしたところで。
――カシャッ。
「やっべ、なにあれ? マジヤバくね!?」
反射的に声の方に目を向ければ、大学生風のチャラそうな男性二人組がいた。
一人がスマホのカメラをこちらに向けてきていて、ひかりちゃんを見ながらもう一人と笑っていた。
その瞬間、かっと頭に血が上って。気が付けば激情に身を任せ、そいつらの方に向かって歩き出していた。
「えっ!?」
うしろから、ひかりちゃんの驚く声が追いかけてくる。
二人組の男性たちも、近づいてくるわたしに気がついて笑顔を引っ込めると、こっちをガン見してきた。
「あの! 写真、消してもらってもいいですか」
「はぁ? なんだよいきなり……」
スマホを構えて撮影をしていた方の男性が、鬱陶しそうにしながら返してくる。
「さっきわたしの友だちのこと、撮っていましたよね? その写真を消してくださいって言ってるんですっ」
「ちっ、なんのことだよ。うぜーな」
と、しらを切る。
はらわたが煮えくり返っていた。興奮で男たち以外は目に入らず、全身の血が沸騰しているみたいな感覚。
激怒のためかそれとも、恐怖からか。あるいはその両方で、体はぶるぶると震えていた。
しかしそこで、仲間の男が撮影者の男の肩を叩く。
「お、おいっ……」
なにやら怯えた様子で、相方に注意をうながす。
わたしの隣に並び立ったひかりちゃんを見て、男たちはそろって表情を引きつらせた。
「…………」
ひかりちゃんは何も言わず、ただ男たちの方へと顔を向けたまま微動だにしない。
わたしも精一杯にそいつらを睨みつける。
すると、男たちは目に見えて怯み。
「いいから消せって。呪われるかもしんねーぞ」
そいつは撮影者の男にそう促す。
その発言にまたカチンときて、咄嗟に罵倒を浴びせそうになったところ。言われた通りに男がスマホを操作しだしたので、言葉を飲み込んだ。
「わ、わかったよ。これでいいだろ! さっさとどっかいきやがれ!」
男は削除した画面をこちらに見せると、二人そろってそそくさと逃げるように、自分たちがその場から去っていった。
「ふぅ、ふっ……!」
その憎々しい後ろ姿が見えなくなるまで、わなないたままで荒い息をついていた。
やがて極度の緊張状態から解放されると、自分の心臓がバクバクいっていることにようやく気が付く。
それと同時に、全身の力が抜けそうになる。
「私のために、ごめんね……」
横のひかりちゃんが沈んだ声で、申し訳なさそうに弱々しく、謝罪を述べる。
「ううん、悪いのはあの人たちだし。それにわたしがムカついて勝手にやったことで……むしろ大ごとにしちゃってごめん」
実際のところ、私怨も多分に含まれていたと思う。
必要以上に人目を集めてしまい、騒ぎを聞きつけてちょっとした人だかりができつつある。
その中で注目されるのは当然、ひかりちゃんだ。なんとか踏ん張って、急いでその場を後にした。
建物を出て脇の方、少し人のまばらなあたりにまで出たところで、ひとまず落ち着いて呼吸を整える。
ひかりちゃんが正面に立って、こちらの両手を取り、口を開く。
「あの人たちに怒ってくれて……ありがとう。でもね、すっごくハラハラしたよ」
「うっ、ごめんね。でもどうしてもあいつらのこと、許せなくって」
それは責めるというより、さとすような口調。
よほど心配をさせてしまったみたいで、彼女の手も少し冷たい。
本音を言えばいまだに、むかむかが収まりきってはいないところだけど。その一方で、けっこう危ない行動だったんじゃないかと、後悔こそないものの反省をする。
「……」
「……そろそろ帰らないとだよね。いこっか」
そう言って、歩き出そうとした。
(あーあ、せっかくの初映画。わたしのせいで台無しにしちゃったな……)
ひどく申し訳ない気持ちになる。
と、なにやら彼女はこちらにじっと顔を向けたまま、動く気配はない。
「?」
なんとなくだけど、もじもじしているというか。
何かを言おうとしているような雰囲気が、伝わってきた。ちょうど尋ねようとしたところで、ひかりちゃんが口を開く。
「あ、のね……違ったらごめんね。もしかしたらなんだけど、一緒に写真を撮りたかったり……する?」
「へっ!?」
思いがけない言葉をかけられて、声が裏返ってしまう。
彼女はかまわずに続ける。
「いやえっとね、せっかく初めて映画に友だちと来れたしなんというか記念にどうかなっていうかそのですねっ」
早口でまくし立てられる。
彼女は右手で首元の髪をにぎにぎ。頑張ってくれている感じが、よく伝わってきた。
(考えていたことがバレバレだったのは少し、照れくさいけど。でも――)
「するっ、するよ! 一緒に撮りたい!!」
「そっ、そう? そっか。よかったぁ」
勢い込んでそう返すと、ひかりちゃんはほっとした様子で、胸をなでおろしている。
せっかくの初ツーショットだから、背景にもこだわりたいところなんだけど。
あまり時間をかけないようにと、複合商業施設の出入り口付近で、それらしいところを見繕って妥協。
スマホを内カメラにして、二人で画面に入る角度に調節。
(うわなんかこれ、めっちゃ緊張する……って、えっ!?)
「顔認識がちゃんと反応してる!?」
信じられないことに、ひかりちゃんは呪いで覆われているにもかかわらず、ちゃんと顔の判定が機能していた。
「でも、え? 顔見えないのに!」
「あー、えっとね。顔がないわけじゃないし、機械とかはちゃんと認識してるっぽいんだよね。前にスマホのロック解除で顔認証を試した時も、一応できたしね。不便だから設定してないけど」
「え、えぇ……そうだったんだ」
今日一、いや今年始まって一番の衝撃に脳がバグる。
しばらくして、混乱から少し立ち直り。
「って、ことは。物理的なもので顔が隠されてるわけじゃない……?」
「たぶん、そう言うことになるのかな。あくまで認識阻害だけってことで。よく考えると、日焼けとかもするし」
「うわぁ、そうだったんだ」
そんなこんなで、無事に何枚か自撮りを済ませてその日は帰宅をした。
そして帰宅後。
色々と盛りだくさんだった一日、その締めくくりである二人の写真を早速、スマホの待ち受けに設定したのだけど。もう幾度となく見返してしまっていた。
それから夜になって、ふと疑問が生じる。
(この画像に月の光を当ててみたら……?)
当然、画面に映っているひかりちゃんの顔は今も、呪いのせいで見えていない。
しかしどうやらこの黒いのは、認識にだけ作用している可能性があるわけで。
もしかしたら、もしかするのでは?
(なんて、そんなわけないか)
とは思いつつも、好奇心は止められない。
そしてなんとも都合の良いことに、今日は晴れている上にかなり満月にも近かった。
(うん。やってみなくちゃ、わからないよね)
ということで、玄関の外に出て実験開始。画面に月の光を当ててみると……。
(うっそ、ホントに!?)
自分でもびっくりなことに、本当にひかりちゃんの顔が見えるようになったっ!
『――もしもし、まほちゃん? どうしたの』
この興奮を共有すべく、すぐさまひかりちゃんに通話。
少しの呼び出し音の後、スマホから彼女の声を聞ける。
「あの、あのねひかりちゃん! 大発見だよ!」
『えぇ? それはいったいどんな?』
「今ね、今日の写真を月の光に当てたんだけど。そしたら見えるようになったんだよ! 顔が!」
『……ああ~、なるほどねぇ』
こちらの興奮度合と反対に、意外と冷静な反応。
この反応はどうやら、知っていたのだろうか。
「ひかりちゃん知ってたの?」
『うん、一応は。なんかあぶり出しみたいだよね』
「あぶりだし?」
聞きなれない言葉に、聞き返してしまう。
『えっとね。みかん汁とかで紙に書いたものを火であぶると、その部分が浮き出てくるっていうのがあって』
「へ~」
後で調べてみよう。
『……でもあんまり見ちゃダメだよ。今確認したけど、そんなに写りよくないから』
ひかりちゃんは恥ずかしそうに言った。
それから結局、途中からは自部屋に戻って映画の感想だったり、他愛もない話だったりと。二時間以上も話し込んでしまった。
通話が終わった後、部屋の窓から差し込む月の光に、もう一度画像を当ててみる。
「ふふっ」
思わず、笑みがこぼれた。
自然に笑った顔はあんなに美人なのに。たしかに画面の中のひかりちゃんは、かなりぎこちない笑顔になってしまっていて。
撮られ慣れていないんだな~、とすごく感じてしまった。これはこれで、とってもかわいいんだけどね。
――
中学のとき、関わり始めるようになったばかりのころは。
ひかりちゃんから、距離を置かれていた。仲良くなった後も、どこかへ遊びに誘っても遠慮されて。
彼女が何を気にしていたのかは、段々とわかっていった。
それは周りの目。特にわたしへ向けられる周りの目を、ひかりちゃんはずっと気にしていた。
それから高校に入って。
相変わらずひかりちゃんは色々言われていて、またもや孤立しそうになっていた。
そして案の定、わたしと距離を置こうとした。
(でもね。残念でした、ひかりちゃん)
そんなことは読めていた。だから向こうが引いても、こちらからぐいぐい押していこうと決めていたのだ。
幸いにしてまた運よく同じクラスだったから、それはもうガンガンに。
だって中学の時にわたしは、少しでもひかりちゃんと周りの人たちとの懸け橋になろうと誓ったんだ。
それがわたしにできる、親友への最大の恩返しだと思っているから。
その甲斐があってか、一部の子たちはひかりちゃんともある程度普通に接してくれるようになった。
ところで。
写真を渡して、月の光を当てる裏技を教えることも考えた。そうすればもっと、彼女に好感を持ってもらえるんじゃないか。
すごく悩んだ。そのことをひかりちゃんに相談しようかとも、何度か思った。オモチャにされちゃわないか、とか、ひかりちゃんはイヤなんじゃないかとか。
けれど最終的にわたしは、未だにこのことを誰にも言っていない。なぜなら――
(はあ、独占欲強すぎなのかな……わたし。ワルいヤツだよ)
――二人だけの秘密にすることを選んだから。
……
…………
リビングのテーブルの上にお菓子と、飲み物を広げひかりちゃんと向かい合って座り。
期末試験が終わった今、来たる夏休みの話をする。
「ひかりちゃんは夏休みの予定、どのくらい決まってる?」
今年もできるだけ、部活やバイトのない空いてる日は一緒に遊びたかった。
「八月にお母さんの実家に帰る予定だよ。あ、あとはねー」
人差し指を立てて、楽しそうにしながら彼女は続きを。
「れいとくんと、絵のモデルをする約束をしてるかな」
「モデっ!? なにそれまさかヌードモデ――」
「ちょっ、そんなわけないじゃん!!」
こちらが言い切るより前に、大慌てのひかりちゃんが咄嗟にテーブルの上に両手をついて身を乗り出し、全力で否定する。
「心配だからわたしも行く! 二人きりなんて絶対に認めないもん!」
「もー、まほちゃんったらナニ想像してるの? やらしいんだから」
ガーン。
やらしい、やらしいって。男はみんなだいたいエロいことばっか考えてるものだって――。
(うぅ、もう死ぬ……あの後輩を〇して)
「れいとくん、すごく真剣みたいだったから水を差したらダメだよ。完成したら見せてもらえるよう、聞いてみるから」
「心配で夜も眠れないぃ~っ」
「まだ言ってるのー?」
「だってぇ!」
駄々をこねていると、ひかりちゃんは呆れ口調でやんわりたしなめる。
「はいはい、だってじゃないですー」
うう、ひかりちゃんが冷たい。
それもこれもみんな、あの後輩がいけないんだーっ!
(あの小僧、ひかりちゃんに何かしたら……タダじゃおかないからなぁ)
そのころ、ぶるっと悪寒に震えるれいとくんであった。