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浮世呪いばなし  作者: 蔵亜 謙
第一話 報われない恋の呪い
4/10

倉宮浩太くらみやこうた(高校一年生)の呪いと、恋の話。

 瑞恵(みずえ)のことを避けるようになって、もう三日目となる金曜日の昼休み。

 今のところは、会わずに済んでいた。今日さえ終われば週末。とてつもなく長い、一週間だった。

 こんな日々をいつまで、続けていくのか。


 相変わらず授業の始まるギリギリに、教室へと戻る。

 席に着いたところで教室のドアが開き、教師が入ってきたと思いそちらを見る。しかし、それは雲出(くもいで)さんだった。

(……?)

 一瞬目が合ったような、気がしたけれど。

 チャイムが鳴り、彼女はそのまま自分の席へと戻っていく。すぐに教師が入ってきて、授業が始まった。



「ちょっといい?」

 五限が終わったその休み時間に、机の側にやってきていた雲出さんから声をかけられた。

 突然のことだったので、反応できずにいると。

「これ、赤野さんから」

 そんな言葉と共に手渡されたのは、折りたたまれたシンプルなメモ用紙。さっき目が合ったのは、たぶん気のせいではなかったようだ。

(手紙……?)

「事情は知らないけど。赤野さん、ツラそうだった」

 少しぶっきらぼうにも感じられるが、瑞恵を心配していることが伝わってくる。

「……わかった、ごめん」

「じゃ。確かに渡したから」

 雲出さんはそれだけ言うと、窓際の方へと去っていった。

 ふと、振り返って畑中の方を見る。スマホを弄っていたが、こちらの視線に気づいて顔を上げた。片手をパッとあげて、またすぐにスマホの続きへと戻る。

 聞こえてはいたが、あえて立ち入らないということか。その気づかいには、救われる。

 ついでに佐藤の方も、見てみれば。近くの席の人と喋っている最中で、こちらを気にしている様子はなかった。


 改めて、閉じられたままのメモに視線を落とす。なんて書いてあるのか、それを考えると気が重かった。

 それでも意を決して、開く。

「お話がしたいので、放課後に公園で待っています」

 とても丁寧な字で、書かれていた。


 ……六限目の開始を告げるチャイムが鳴り響き、科目担当の教師が教室に入ってきた。

「授業を始めまーす、席についてください。それじゃあ号令を――」

 そっと、手紙を閉じてポケットにしまいつつ、礼をする。机の上の教材が、前の時間の科目のものであることに気が付いたのは、授業時間が半分も過ぎてからだった。


 気が付くと授業は終わって、ホームルームまでもが終わり。佐藤と畑中はそれぞれ部活へと赴き。掃除の人の邪魔にならないようにしつつ、教室から出て行くクラスメイトたちを見送る。

 やがて掃除の時間も終わって。教室内にいる人の数は次第にまばらになり、何か作業をしている人や、スマホを弄っている人、談笑している人たちなどの、一部生徒だけが残っている。

(そろそろ、行かないと……)

 いつまでもここでこうしていては、待っている彼女に余計に顔向けができなくなるだけだ。

 頭では理解していても、足取りは重かった。



 一昨日の朝も通りかかったこの公園は、二人で多くの時間を過ごした場所。近所で同じくらいの歳の子は少なくて、二人きりのこともよくあった。

 今は閑散としているそこの、奥のベンチ。スマホを確認して、脇に伏せて置き、溜息をついている瑞恵の姿があった。


 正直に言って、彼女と話をする勇気なんてあるはずがなかった。それでも一つ、大きく息を吸って……吐いて。

 ベンチの方へと歩いていく。途中でこちらに気づき、じっと見つめる彼女の前に立った。

「待たせて、ごめん」

「ううん。大丈夫だよ」

 隣に座るようジェスチャーをされ、瑞恵との間にカバンを置いて腰を下ろす。下ろしはしたものの、何を話せばいいのかが分からず、ただ俯く。

 彼女の方を窺い見ればちょうど、正面を向いたままで口を開くところだった。

「……私のこと、避けてるよね」

 元気のない、落ち込んだ声音。

「それはっ、……」

 言葉が続かず、そのまま閉じてまた顔を背けるだけ。

 何も答えられずにいると、彼女はこちらへと向き直り。真っすぐに見据えて続ける。

「私、浩太くんに何かしちゃったのかなっ? もしそうなら謝る。だから、ちゃんと言って欲しい!」

 その瞳から、表情から、声色から。彼女の不安が伝わってきて、ズキリとまた心が痛んだ。

「違う、違くて……瑞恵は悪くない、から……」

 これだけは訂正しておかないと、ダメだった。

 それを聞いた彼女は小さく息を漏らし、そっと、ささやき気味に尋ねる。

「っ……じゃあ、どうして?」

 これ以上はもう、誤魔化すことはできないだろう。

 ちゃんと、言わなきゃ。

「……告白されてたところを、見たんだ」

 彼女の方は、見れなかった。

 咄嗟に何かを言いかけた瑞恵を、手で制して続ける。

「それでさ、おれは……俺は気づいたんだ。瑞恵のことを好きだったんだって……!」

 何度も、何度も否定しようとした。そんなはずはないんだって、思いたかった。

 だってこの恋は始まることさえなく、終わるっ。この恋は、呪われているから!

「後で話しているのも、聞いた。好きな人がいるんだってな? でもっ……呪いがあるから、それは俺じゃない! この気持ちは絶対に報われないんだよっ!」

 最後の方は、泣きそうになるのをこらえて、それでも叫ぶ。

 立ち上がって。驚きに目を見開いたまま固まっている、彼女の方を見て。震える声で、最後の言葉を告げる。

「ごめん、こんなこと突然言われてもだよな……でも整理する時間が欲しいんだっ」

 そこまでを口早に言い切り、走り出す。

 きっと涙は零れていたんだろう。

()()()()()!」

 こんなにも視界が、にじんでいるのだから。


(瑞恵は、どんな表情をしていたかな……)

 心のどこかに、そんなことを考えている自分がいた。



 脇目も振らず、ただ一目散に家へと駆け抜けた。靴を脱ぎ散らかして、そのまま二階の自室に逃げ込む。

 電気が消えたままの部屋で、ドアにもたれかかり、ズルズルとへたり込んだ。

「はあはあぁ、っはあげほ、えほっ……」

 呼吸は乱れ、心臓は破裂しそうなくらいに激しく脈打つ。全身からは汗があふれていた。

 しばらくそうしていれば、次第に落ち着いてきて。背を曲げ、膝を抱える。

「んぐぅ、っ、ふっ、ううぅ……」

 情けなくて、悔しくて。必死に声を押し殺す。

 自分があまりにもみじめで、今すぐにでも消え去ってしまいたかった。

(最悪だ。ほんと最悪だ。もう嫌だ。さんざんだ。何が呪いだよふざけんなっ!)

 頭の中はもうめちゃくちゃで、ただ自らの境遇を強く強く強く……呪った。

 力の限りに、かかえた膝をぎゅっと引き寄せた。

「…………」

 いつしか、全身の力は抜け。怨嗟の嵐が止んだ後には、すさんだ心だけが残った。


 真っ暗な部屋に一人。それでよかった。もう、どうでもよかった。

 このままここにいれば、闇に溶けて消えられるような、そんな気がしていた……。


 ――ピンポーン。

 鳴り響いたインターホンの音も、どこか遠くのできごとに思えて。どのくらいの時間、こうしていたのか。とても長かった気もするし、そうでなかった気もする。

 階段を上ってくる足音。それは、扉のすぐ向こうで止まった。

 コンコン。

「浩太くん?」

 ノックが背中から、直に響いた。

 今は、誰とも会いたくなんてないけれど。そんな中でも、もっとも会いたくない人。もう、会いたくない人。

 返事はしなかった。

「開けてもいい? ……開けるね」

 控えめに、軽く扉が押される。それに対して全力で、背中で押し返す。

「そこに……いるの?」

 少し心配そうな、こちらの様子を気遣うような口調。

 このまま黙りつづけていれば、帰ってはくれないだろうか。そんな最低なことを、考える。

「バッグ届けに来たよ」

 また心が痛む。彼女の声が、言葉が、優しさが。傷に染みてひどく痛かった。

 放っておいて欲しい。もう傷つきたくない。これ以上は、耐えられない。

「やっぱりもう、会いたくない? 話すのも、いや……?」

 ただ一言、

「帰ってくれ!」

 と……そんなことは、言えずに。

 彼女のとても寂しそうな、沈んだその声音に、ただもう耳を塞いで目を閉じてしまいたかった。

「ねえ、返事。聞いてくれないの」

 それまでとは調子が一変し、気合のこもったような、真っすぐに芯の通ったような。

 返事? そんなのは聞くまでもない。わかり切っている。これはそういう呪いだ。決して報われは、しないのだ。

「お願い、聞いて! 私はこれからも()()()()()と会いたいし、話したいし、ずっと一緒にいたいって思うよっ!」

 瑞恵は必死に訴えてくる。こんな最低な自分を、見限らずにいてくれる。それでも……もう。

 続けて彼女は言う。

「私のことが好きだって言ってくれて、本当に嬉しかったんだよ? だって……」

 大きく息を吸う音が、扉越しにも聞こえ。

 パタンッ。突然ドアを叩かれた振動に、反射的にビクッとしてしまう。

 瑞恵は何を伝えようと――

「だって私の、大好きな人だから! 私もあなたのことが、ずっと好きです……ずっと」

「えっ……?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

(いま何を……俺のことを、好き?)

「そんなはずないっ! だって、瑞恵も知ってるだろ? この呪いは――」

 あまりの事態に混乱して、咄嗟に否定の言葉が口をついて出る。

「うん、知ってる。でもこうちゃんは、なにか勘違いしてるよ」

 穏やかで落ち着いた、そんな優しい口調だった。

(勘違い? 瑞恵は、何か知っているのか? どういう、ことなんだ……)

 考えても、わからず。疑問をそのまま口にした。

「かん、違い……?」

「そう、勘違い。だって私はね、こうちゃんのことを。()()()()好きになんて、なったりしないよ」

「…………っ!」

 息を呑んだ。

 だって、まさか……そんなことが本当にっ?

「昔から今まで、変わらずにちゃんと。男の子として、好きなままだから。信じられないのなら、出てきて確認してみて?」

 諭すように、試すように。

 でもずっと一緒にいたからこそ、わかる。彼女がいっぱいいっぱいである、ということが。精一杯に想いを、届けようとしてくれていることが。

 呪いなんてものよりも。いちばん大切な人の言葉を、信じられないはずがなかった。

 また、泣きそうになる。


 ドアを開ける。

 廊下の明かりが、眩しくて。ゆっくりと目を開ける。

「ね?」

 そこにいた彼女は、うっすら目に涙を浮かべて笑っていた。

 久し振りに、真っすぐ見られた瑞恵の顔は。とても、とても愛おしくて。

 今ここで、伝えたいこと。

「瑞恵。俺のことを好きになって()()()()()、ありがとう。……好きだ」

 少しだけ、震える声。

「こうちゃんこそ。私を好きになって()()()、ありがとう。大好き」

 呪われた俺の恋は、そんな言葉で結ばれた。



 二人は口づけを交わす。


 倉宮浩太は、呪いから解放された――


―――


 翌週の月曜日、朝の登校風景。

 スマホで時間を確認して焦る彼と。その隣、寝ぼけ眼でふらふらと歩く彼女。

「急がないと遅刻するぞ!」

「んぅ、こうちゃんおぶってぇ~」

「ああもう、バカなこと言ってないで。ほら行くぞ!」

「ふあっ……」

 その日、二人の様子はこれまでと変わらぬ様でいて。ほんの少しだけ、変わったところが。


 走り出す二人の手は、しっかりと繋がれていた。


―――


 ずっと苦しんできた、呪いの終わった日。

 子どものころの夢を見た。


「こうちゃん、どうして泣いてるの?」

「みずえ、ちゃん……うぅぐす、ひっく」

 公園のベンチで一人、泣いていると。

 いつの間にかとなりに立っていたみずえちゃんから、心配そうに声をかけられた。

「あのね、ぼっ、くね……のろいがかかっ、てるんだってお母さんが……」

「のろい?」

「ぅん……ぼくがね、好きになった子が、ぼくをっ。好きにならないんだよ、って……」

 そこまでを言うと、またナミダがあふれだした。

「どうしようぼく、ぼく一生……結こんっ、できないのかなぁ?」

 ……そっと。

 やさしく頭をなでられ。

「だいじょうぶ!」

「えっ?」

 思えば、この時からだったのだろう。彼女が俺にとって、「特別」になったのは。

「私がずっと、こうちゃんといっしょにいてあげるよ! だって私は――」

 そして彼女はこの時、確かに言っていたのだ。

「こうちゃんのこと、大好きだもん」

 はにかんで笑った顔が、とても印象的で。

「……本当?」

「本当だよ、だから元気出して。ね?」

「うん。あのね……みずえちゃん、ありがと!」

 涙はもう、止まっていた。

 それから二人、公園で遊んで。いっぱい笑って、夕方になってお家の前でバイバイした。


 この日は彼女に、凄く救われた。あの時は気づかなかったけれど、今にしてみれば、この時点で……こちらに恋心が芽生えるより先、あちらはとっくに好きになってくれていたのだろう。

 「俺が恋をした人」であるよりも、前に。


次話からは、別の子たちの話となります。

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