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浮世呪いばなし  作者: 蔵亜 謙
第一話 報われない恋の呪い
3/10

倉宮浩太くらみやこうた(高校一年生)の呪いと、恋の話。

 翌朝、窓から差し込む光で目が覚める。まだ日が昇ってきたばかりの、かなり早い時間に目が覚めたようだった。

 スマホで時間を確認しようとすると、瑞恵(みずえ)からの通知があり、「わかった」とだけ来ていた。もう、十二時間以上も前のこと。


 とりあえず喉を潤そうと、階段を下りてリビングへ。食卓の上には、晩御飯がラップをかけておいてあった。

 昨日は寝不足も手伝って、気づいたら朝まで眠りこけてしまっていた。まずは制服を脱ぎ、シャワーを浴びて目を覚ます。朝食に昨夜の残りを食べて、食器を洗う。何をしていても、頭の中では同じことを延々と考えていた。

 どうしてこうなったのか。これから、どうすればいいのか。



 学校はまだ開いていないし。このまま登校時間まで、家で過ごす気にもなれず。気晴らしに、外へと出てみることに。

 玄関を開ければ、早朝特有の空気感。行く当てもなく、ただなんとなく足の向く方へと歩き出した。

 近所の公園の脇を、通り過ぎる。昔からよく瑞恵と二人で遊んだ、ベンチと、いくつかの遊具があるだけの小さな公園。当時は広大に感じられていたはずの、場所。

 それから、いつも買い出しに来るスーパー。どちらかがお使いを頼まれては、二人で一緒に来ていたりもした。


 ふと気がつくと、神社の前に来ていた。この町内では一番大きく、子どもたちの遊び場の一つでもある。昔から子どもの姿がよくあって、たしか、縁結びを謳っているところだ。

 そういえば。自らの呪いを知って以降は、足を運ぶ気にもなれず、久しく来ることもなかった。

 幼いころは時々、同級生たちとここで集まる約束なんかもしたものだった。夏休とかには、虫を取りに来たこともあったか。

(……帰ろう)

 どこへ行っても、瑞恵との思い出がちらついた。

 それだけ、自分にとって大きな存在であったということが、いやでも理解できる。だから、こそ……だったのに。


 その後もゆっくりと歩き。家につくころには、随分と明るくなってきていて、通勤や通学ですれ違う人たちも増えた。

「ただいま」

「えっ、おかえり……? どこ行ってたの」

 リビングで、弁当作りの為に早起きてしてくれていた母に、尋ねられる。そういえば昨日は、弁当箱を出し忘れていたが。部屋の鞄から、取り出してくれたのだろうか。

 なんとなくだが、昨日誰かが部屋に入ってきたような、そんなおぼろげな記憶がある気も……しないでもないような。

「早く目が覚めたから、ちょっとぶらついてた」

「そう……お弁当できたから、遅れないように行くのよ」

「わかってる」

 いつもより少し早いが、今日はもうこのまま出てしまおう。

 手早く着替えを済ませて、弁当箱をカバンに入れて玄関へ。

「行ってきます」

「今日はなんだか、早いのね?」

 疑問に思った母から、聞かれてしまう。

「なんとなく……」

「まあ、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 瑞恵にはメッセージを送って、先に行こう……と。

 ――ガチャリ。

 そう、思っていたのに。

「あ、ちょうど。おはよう」

 今まさに向かいの玄関から出てきた瑞恵が、軽く挨拶をしてくる。

「っ! ああ、おはよう」

 普段はもっとギリギリなのに、よりにもよって、なんで今日は……! そんな、言葉が浮かんだ。

「今日、早いな」

「なんかね、めがさめたんだ」

「そっ……か」

 彼女の方をちゃんと見れない。

 自分のツイてなさを、恨めしく思った。

「……」

「……」

 沈黙がこんなにも重たく感じるのは、やましいところがあるからか。

 昨日のこと、謝らないと。

「あのさ、ごめん……昨日は」

 なんとか、それだけを口にする。

 彼女は軽く首を横に振った。

「ううん。きゅうだったし、なにかようじあった?」

「ああ、まあ」

 罪悪感が、胸を刺した。

 信号に止まって並んだところで、彼女はこちらの様子を窺い。

「こうたくん、げんきない?」

「いや、別に……」

「そっか……」

 それ以降、学校につくまでの間。黙って二人歩いた。



「あっれ、こうた今日はえーじゃん」

 教室につくと、畑中の席で話していた佐藤がそう声をかけてくる。

「たしかに。ああ、おはよう倉宮」

「おはよ。ま、たまには……」

「「?」」

 席に着きつつ、いつも通りな感じに返事したつもりだったけど。怪訝そうな二人を見るに、失敗したことがわかる。

「こうた、なんか疲れてるか?」

 そう聞かれてしまい、正直に白状することにした。

「実は、ちょっと。ホームルームまで休むわ」

「授業始まるときには起こしてやるから、安心していいぞ」

「さんきゅ」

 そう言って、二人はおそらく佐藤の席の方へと離れてくれる。

(ほんと、何してんだ俺……)

 二人にまで気を使わせて、最悪だ。


 当然眠ることもなく、しばらくすると今日は副担任の先生がやってきて、ホームルームが始まった。



 授業にも集中できないまま、休み時間の度にトイレへ行くか、机で突っ伏しているかを繰り返し。気がつけば、お昼になった。

「こうた、具合悪いのかよ?」

「保健室とか行かなくて大丈夫なのか?」

 二人に体調の心配をさせてしまって、心苦しく思う。

「いや、体調は……問題ないんだけど。考えることがあって」

 ぼかしつつも、誤解を訂正しておく。

「そか……うるさくしない方がいいか?」

 佐藤が申し訳なさそうに聞いてくる。

「いやむしろっ、二人と話してた方が気が晴れるから! ほんと、気を使わせてごめん」

 すると二人は、笑って返してくれる。

「いいってことよ」

「気にしなさんな」

「……ありがとう」

 二人の優しい気づかいが、心の底からありがたかった。

 他愛もない話をしていれば、弁当も食べ終わり。

「ごめん、ちょっと行くとこあるから」

 頃合いを見て、席を立ちながらそう切り出す。

「お? いってらー」

 二人に見送られ、教室を出る。

 まさか瑞恵を避けるため、教室を離れたいとは言えず。仕方がないので、図書室で時間をつぶすことにした。


 図書室に来るも、集中して本を読める状態でもなく。結局は自習スペースでスマホを弄ったり、突っ伏したりを繰り返していた。

「お、戻ってきたか」

 昼休みの終わり際に教室へ帰ってくると、畑中から声をかけられる。

「さっき赤野さんが来て、探してたみたいだぞ」

「あ……わかった、ありがとう。後で連絡しとく」

 五限目の開始を告げるチャイムが鳴り、昼休みのことはそれ以上、言及されずに済んだのだった。


 最後の休み時間には、瑞恵は来ないまま放課後となる。

 今日は週一での文芸部の活動日……基本的には自主参加で集まって本を読んだり、事前にテーマとして出された作品について話し合ったり。あるいは、創作をしたりすることも。(先生も来たり、来なかったりだ)

 瑞恵も同じく文芸部所属であり、今日はとても参加できる気持ちになどあらず。休む旨を彼女に、メッセージで送る。

「今日は部活休む」

 すぐに既読が付いた。

 十秒くらいして、返信がある。

『わかった』

『伝えておくね』

 それだけだった。



 家に帰ると、母は出かけているようだった。弁当箱を洗って、課題を片付けるため机に向かう。

 しかしすぐに、その手は止まる。考えないようにしても……むしろ、考えないようにすればするほど、強烈に瑞恵のことばかりが浮かんでくる。

(しんどい。関われないことも、避けることも……)

 また勉強机に突っ伏しては、もはや何も手につかなくなる。


 どのくらいそうしていたか、スマホが通知を告げて震える。

 のそりとスマホを掴み、画面をつける。瑞恵からだ。二件来ていて、開いてみる。

『ここのところ』

『忙しい?』

 返信。なにか返信、しないと。

(ああ、もう。本当にどうしようも……)


 夕ご飯の声がかかって、ふと目を覚ますのだった。


―――


 木曜日の朝、スマホのアラームで起きた。

 アラームを止め、その腕でだらりと両目を覆い隠し、カーテンの隙間から差し込む日光を遮断する。

 昨日よりは遅いが、いつもよりは三十分ほど早い時間。

(起きたくね……)

 そんな、しようもないことを考える。考えて、それでも仕方なしに体を起こす。

 洗面所へ顔を洗いに行って、ふと鏡に映る自分に気づく……ヒドイ顔をしていた。


 だらだらと、登校の準備を進めていると。切り忘れていた、いつもの時間のアラームが鳴った。それをオフにして。

 支度を終え、昨日よりもさらに早くに家を出る。

「いってきます」

「今日も早いのね?」

 不思議そうな母。

「うん……しばらく、この時間で行くかも」

「ふーん? 行ってらっしゃい、気をつけてね」

 今日は、さすがに瑞恵と会わずに済んだ。


 先に行く旨をメッセージで送り、つまらない通学路を行くのだった。



 教室につくと、さすがに一番ということはないものの、まだ人はかなり少ない。

 扉を開けると、何人かがちらりとこちらを見る。畑中も佐藤もまだ来ていなかった。

 思えば入学してからこちら、ほとんどが瑞恵とギリギリの時間に来ていたので、ここまで早いのは初めてだった。(というより、生まれて初めてかもしれない……)

 席について、見るともなしにスマホを眺めて過ごす。


「げぇっ、俺より早い!?」

「まあ、なんかね」

 その内、教室に入ってきて朝からブレないテンションの佐藤に、声をかけられる。いつもだいぶ早くに来ていたらしいことを、今日初めて知った。

「よ、二人とも。倉宮は今日も、一段と早いな」

「はよ」

「聞いてくれよ、こうた俺より早かったんだぜ?」

 佐藤と話していれば、しばらくして畑中もやってくる。クラスの中も、半分くらいは埋まっただろうか。

「ほーお? って、お前が来ている時間を知らねーよ」

「いっつも俺より遅いもんな!」

「そういうことだ」

 始業時間が近づいてくると、続々と生徒がやってきて。やがてホームルームの前に、担任の斎藤先生も入ってくる。

 始業のチャイムがなって、ふとすぐ横の廊下側の窓に目をやり――

「あ……」

 思わず、声が漏れる。

 鞄を持って、自分の教室へと駆けていく瑞恵を見た。

「今日もぉ、遅刻欠席はなしだね。それじゃぁ、ホームルームは終わるよ」

 担任と入れ違いに、科目担当の教師が入ってきて、一限目が始まる。



 相変わらず、昨日と同じようにして休み時間を過ごしていた。

「次、移動だぞ?」

「行こうぜ~」

「ああ」

 二人と共に、教材と筆記具を持って教室を出る。

「あっ……」

「っ!」

「お、みずえっちゃん」

 移動の途中で、運悪く。反対側から教室へ戻る途中の瑞恵と、鉢合わせてしまった。

「浩太くんたちも次、移動なんだ……」

「ああ、まあ……じゃ」

 顔をそらしつつ、なんとか、それだけは返す。

「……うん」

 逃げるように、ろくに平静を装うことも出来ずその場を後にした。

「ああっと、またね」

「そんじゃあ、俺たちも」

「あ、うん。バイバイ」

 すぐに二人も追いついてくる。

「……」

「……」

 重たい沈黙が、背中越しにもわかる。こちらから何かを、言うべきなのに……。

「ごめん」

「お、おうっ……」

 言えたのは、そんな一言だけで。目的の教室に入り、それぞれの席へと別れた。

 座席について、机に額を押しあてる。本気で最悪の気分だった。

「ねえ、だいじょうぶ?」

 やってきた隣の席の女子――顔を上げると、雲出(くもいで)さんだ――にそう尋ねられた。この教室は席の並びが名前順なので、倉宮の一つ前である彼女が隣となっている。

「……平気だから、気にしないで。ごめん」

「なら別にいいけど」

 それで、こちらからは視線を外す。真顔で抑揚も乏しいので、前は若干怒っているのかとも思っていたが。その実、わざわざ声をかけてくるあたり、ちゃんと心配をしてくれているのだろう。

 また、周りの人に気を使わせてしまった。みんなに迷惑をかけて、本当に……申し訳なさすぎる。



「なあ畑中って、今日部活休みだったよな?」

 昼ご飯を食べながら、そう聞いてみる。

「ん? どっか行くか?」

「お、じゃあカラオケ行かね?」

 そう提案してくる、佐藤だけど。

「佐藤は今日、美術部じゃないの?」

「別に出なくても何も言われねーし、俺抜きで遊びに行くとか許さねーって」

「んじゃあ、カラオケ寄ってくか」

 放課後に遊びに行く約束を済ませ、弁当も食べ終えたので立ち上がる。

「それじゃ、ちょっと……」

 今日もまた、図書室に向かおうと思い。

「お、また行くんか。昨日といい、どこ行ってんの?」

 佐藤が聞いてくる。

「んーと、人の少ないとこ……?」

「疑問形なのな」

 あいまいな答えに、畑中からは苦笑される。

「いってら~」

 佐藤に手を振られながら、教室を後にする。



 その後も、瑞恵と会うことはないままで放課後になり。

 友だちと遊びに行くことを、メッセージで送っておく。

「今日は二人と帰る」

 すぐに「了解!」というスタンプが返ってきた。

「行こうぜ!」

 佐藤の声で、教室を出て。駅の近くにある、カラオケ店へと向かった。


 三人で二時間ほどを歌って、ここのところの沈んだ気持ちも少し晴れた。

「なあこうた、みずえっちゃんとケンカしたん?」

 店を出たところで、佐藤からそう切り出されてしまう。

 やっぱり、二人にも伝わってしまっていた。

「……してない。ケンカなんて、してないんだよ」

 ケンカの方が、ずっとマシだったのに。

 二人は顔を見合わせ……

「まあ、また遊ぼうぜ!」

「困ったときは力になるぞ」

 やばい。ちょっと泣きそうになってしまう。

「……二人とも、マジでありがとう」

 久し振りに、心から笑えた気がする。

 それを見て二人も、笑い返してくれた。



「ただいま」

 家に入ると、甘い匂いが広がっていた。

 母がお菓子を作っているのだと、わかる。

「あ、ちょうどよかった」

 リビングへ行くと、どうやら作り終わったらしい母がエプロンを脱ぎながら、ラッピングされた小袋を渡してきて。

「これ、みずえちゃんの所に持って行ってくれない? おすそ分け」

「えっ、いや……」

「お母さんタイムセールで行かなきゃだから、お願いね」

 そう言うとすぐ、マイバッグを持ってリビングから出ていく。

 断るタイミングを、逃してしまった。


 小袋を持って、道路の反対側へ。

 いつまでもこうして、人の家の前で立っているわけにはいかない。どうか瑞恵が出ないでくれ、そう祈って。

 ピーン、ポーン。

『はーい、こうたくん?』

 よかった。出たのは瑞恵のお母さんだ。

「あの、母からおすそ分けを頼まれたので……」

『そう! わかったわ、今出るから』

 すぐに、夕飯を作っていたところらしきエプロン姿の恭子さんが、玄関から出てくる。

「これ、今日母が作ってたので」

「あらいい匂い。嬉しい、きっとあの子も喜ぶわね」

「それは、よかったです。母にも伝えておきます」

「いつも悪いわ、今度お返ししなきゃ」

 無事になんとかなって、ほっとする。

 長居はしたくなくて、もう帰ろうと思った矢先。

「そうだ。せっかくだから、上がって会っていったらどう? 直接お礼も言えるし。何なら一緒に……って、お夕飯前かしら?」

 その提案に、ドキッとする。普段なら、別段断る理由もなかった。でも今は絶対にダメだ。

 小さく息を吸って、できるだけ平然を装いながら。

「今日は、やることあるので……」

「そうなの? じゃあ呼んで――」

「あの! 俺もう行きますね」

 咄嗟に声を上げてしまい。慌てて会釈だけ残して背を向ける。

 玄関にまで入ったところで、扉に背中を預け。天井を仰ぎ、後頭部が扉に当たって、それから大きく溜息をついた。

(もうこんな生活……)

 早く、早くなんとかしないと。

 でもいったい、どうすればいい?


 しばらくして、瑞恵からスタンプが送られて来たので、チャットを開く。

『ありがとう!』

 お辞儀をする、かわいいキャラのスタンプ。

 昨日は返信をし忘れていたことに、今更気づいたが。

「伝えとく」

 それだけを返すと、スマホの画面を落とした。

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