承
倉宮浩太(高校一年生)の呪いと、恋の話。
「だたいま……」
家に着くとなんだか、すごく喉が渇いていた。
「おかえり、遅かったのね?」
リビングに行くと、母が夕飯を作っている最中。横で水を飲みつつ、答える。
「図書室で、本読んできたから」
「へえ、そう。ああそうだ弁当箱、出しておいてくれる?」
「あ……」
言われて、鞄を探っていて気づく。
「どうかしたの?」
「いや。なんでもないよ」
そう返事しつつ、空の弁当箱を渡した。
夕食を終え、風呂からも上がり。部屋に置きっぱなしになっていたスマホを見ると、一時間くらい前に瑞恵からの着信があった。
何の用だろうかと思いつつ、とりあえず折り返す。しばらくコールが続いた後で、繋がった。
『もしもし!』
慌てて通話に出たらしき、瑞恵の声。
「わるい、通話気づかなかった」
『あ、私も出るの遅くなってごめんね? お風呂から出たところだったから……』
「そっか、ちょうど俺もさっきまで入ってたわ」
くしくも、似たようなタイミングで上がっていたようだ。
『それで……ね。ちょっと欲しいものがあるんだけど、明日の放課後って空いてるかな?』
買い物の付き添い? 急にどうしたんだろうか。
「おう……大丈夫だけど」
『ホント! じゃあまた明日ね、おやすみ!』
「え、それだけ?」
そのくらいなら別に、明日でもよかったような気がするのだけれど。
『へ? うんっ』
「ん、わかった。おやすみ」
『ありがとう』
それで通話は終了。
本当にそれを伝えたかっただけ……にしては色々と、引っかかる部分はあったけど。なんにしても、こちらから今日のことを切り出すわけにはいかないし。
それにあんまり、聞きたくもなかった。
はぁ……今日はもう、さっさと寝ることにしてしまおう。課題は明日、学校でやるよりほかにない。
―――
「いってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけていくのよ」
昨夜は早くベッドに入ったものの、なんだか眠れず、家を出るのがいつもより遅い時間になってしまった。
(瑞恵を呼びに行かないとな……)
なんて考えていたら、あちらもちょうど家から出てきたところで。
「あ~、おふぁよう」
いつも以上に眠そうな様子で、挨拶をくれる。
「おう、おはよう」
「きょうさきいったとおもった。めずらし、ね」
瑞恵の目が、ほとんど閉じられてしまっている……。
「ちょっとな、寝付けなかったんだ。あと目は開けないと危ないぞ」
「う……ねぶそく? わたしもぉ……あぅふっ」
見てるこっちまで眠たくなるような、大きなあくびを一つ、それから目をくしくしとしている。
――どうして寝れなかったんだ?
口を開いて……閉じる。
昨日見てしまったことについて、寝不足の原因について。特に聞くことはなかった。
ふらっふらの瑞恵を引き連れて、なんとかギリギリ、遅刻する前に学校へと到着。
間に合ってよかった。
三時間目が終わった後の、休み時間。
昨日持ち帰り忘れた課題も、無事に片づけたので。机に突っ伏して、だらだらとスマホを弄っていると。
「倉宮はあ、なにをしているんだあ?」
背後から担任教師……斎藤先生、の真似をした瑞恵が声をかけてきた。そのままのだらけた姿勢で、顔だけ向けて応じる。
「全然にてね~」
「えー?」
不満そうに、口をとがらせてしまう。
実のところ似ていない、というのはウソだろう。決してそっくりなわけでもないが、特徴がとらえられていて、下手なわけではない。誰の真似をしているのかも、ちゃんとわかるし。
まあ真似をした瑞恵だということも、声でちゃんとわかるが。
「ていうか、斎藤さん俺のことをコウタって呼んでくれるし」
「うそっ」
「うそだが」
「むーーっ」
今度は頬を膨らませて、不満をあらわにする。
それを見て笑い。ひとしきり笑って、落ち着いたあたりで。
「移動教室?」
手に持たれていた、授業道具一式を見て聞く。
「うん。さっきまで実験室だったよ」
「あーそれたぶん、先週俺らもやったわ」
「浩太くんたちのクラスの方が、進み早いんだね」
「ぽいな。てかそろそろ時間ヤバいぞ」
スマホの時間をチラ見すると、休憩が終わる一分前。手が埋まっている彼女も、教室前方の時計を見て焦る。
「ホントだ、また後でね!」
「じゃあな」
出て行く瑞恵と、入れ違いになるようにして。授業のため、ホンモノの斎藤先生がやってくるのだった。
「はい席にぃ、ついて。それじゃぁ、授業やっていくよ」
昼休みを今日も、おなじみのメンバーで過ごしていると。
「えっ、トランプ?」
二日連続で教室にやってきた瑞恵の、驚いた声。
「よっすみずえっちゃん、いらっしゃい!」
「えと、おじゃまします」
瑞恵はジーっと、その場の様子を観察している。
「今日はよく来るな。何か用だったか?」
「ううん、特にはないんだけど……ポーカー?」
「そう。なんか佐藤が急に、トランプ持ってきてさ……降りる」
場の共有カードと、二枚の自分の手札とで役を作るタイプのルール。ブタだったので、降りを選択。
「昨日動画見たらさ、本格的なヤツをやってみたくなったんだよね! 勝負!」
「んで、俺たちはこいつに付き合わされた形なんだわ……勝負だ」
佐藤と畑中の、一騎打ち。
「ワンペア!」
「ツーペア」
「うげっ」
佐藤から、悔し気なうめき声が上がる。
「じゃあ罰ゲームな」
「うう、もう真っ赤なんだけどぉ……」
畑中は佐藤の腕をつかみ、反対の手では人差し指と中指をくっつけて伸ばした、チョキを閉じた構え。
「罰ゲーム?」
「あー。勝ったやつが負けたやつに、しっぺするってルールなんだ」
ベチンっ。
「いって! 畑中のしっぺマジ痛い!!」
「因みに言い出しっぺも、こいつだからな」
罰ゲーム執行終了。
今のところ、ほとんどの勝負で果敢にも向かってくる佐藤の、ぼろ負けである。そんな一部始終を見ていた、瑞恵はというと。
「私も混ぜて!」
ワクワクした様子で、参戦を宣言。
「え、マジで!?」
「マジか」
そのことに、驚く二人。
無理もない。こんな野蛮なゲームに、ということだろう。
「ゲームも勝負ごとも好きだもんな。ここ、座っていいぞ」
立ち上がって、瑞恵に席を譲る。
「ありがとね」
お礼を言いながら着席。
「罰ゲーム、どうするよ?」
「そりゃあなしだろ」
二人とも、瑞恵に気を使って罰ゲームの廃止を提案する。が、
「有りでやろっ」
当の本人は、罰ゲームに乗り気な様子。
「じゃあ、デコピンとかでどうだ?」
との代替案を出したところ、異論の声も上がらなかったので、いざ四人で始めたポーカー。
予鈴がなって、片付けを始めるまでの、それぞれの罰ゲーム回数は以下の通りだ。
瑞恵……一回
畑中……三回
倉宮……四回
佐藤……十回くらい?
「俺もうポーカーやめた!」
「赤野さんつえーな」
「そんな、引きがよかっただけだよ」
「いや降りる判断も、的確すぎたって」
佐藤のぶっちぎりで、一人負け。
「もうクラス戻らなきゃ。みんなありがと、楽しかった!」
そう言い残し、軽い足取りでぱたぱたと去っていく。
「いやー、負けた。赤野さんがデコピン弱めにやってくれたおかげで、助かったが」
「……俺には容赦なかったけどな」
「いいなぁ~。幼馴染みサービスってことじゃん?」
「そんなん望んでねーから!」
赤くなっているであろう、おでこをさすりつつ。
「というか佐藤に関しては、なんで降りた人が強いゲーム設計で、そんなに負けてるんだよ」
「いやー、今度こそ勝ってやり返そうと思って、ついつい」
「絶対ギャンブルに向いていない思考だな、そりゃ」
なんやかんやと、放課後を迎え。
部活の二人とは別れ、今日は特に連絡もなかったので呼びに行こうと、瑞恵のクラスへ。
こちらはもう掃除中で、教室の扉は開いていた。中を覗くと扉にかなり近い位置、教壇のあたりで箒を持った瑞恵と、傍には数人の女子生徒の姿があった。
クラスの友だちと話しているようで、声をかけるか悩んでいるうち、会話が聞こえてきてしまう。
「赤野ちゃんさあ、昨日告られたってほんと~?」
「うん……断っちゃったけど」
思わず息を呑み、扉の脇へと身を隠す。昨日の光景が、脳裏に蘇った。
(そうか、告白を……されて、たのか)
落ち着かない、またざわつく。息は荒く。
なかば無意識的に、会話の続きに集中してしまう。
「えー、なんでなんで」
「小池くんいいやつじゃない?」
マズイ。
なにかが訴えかけてくる。これ以上考えてはいけない、気づいちゃいけない。ダメだ、なにかとてもよくないことに……そうだ早く、ここから離れ――
「えっ、とね……好きな人、いるからって」
(……あ…………)
そっと、はなれる。
「うっそぉ!」
「そうなの!? てか誰っ?」
「あ、それってもしかして――」
「ただいま」
瑞恵には、何かメッセージを送って一人で帰ってきた。
二階の自室にカバンを降ろすと、そのままベッドに倒れ込む。
(聞かなければよかった……)
覗きの次は、盗み聞きまでして。
(バカみたいだ、ほんとに……)
制服を着替えるのでさえ、おっくうで。なんの気力もわいてこない。
帰る道すがら、さんざん考えた。なんで、どうして。いつから?
認めたくなかった。ありえない、瑞恵は家族みたいなはずだ……って。ずっと幼い頃からの付き合いで、本当に家族のような存在だと、思っていた。
そう、思いたかった、だけなのかも知れないけど。だってこの気持ちを、抱いてしまえば。
「もう、終わりだ……」
こんなの、どうしようもないじゃないか。
事ここに至って、自分の本心を理解した。
して、しまった。でもこれは、この気持ちは……絶対に気づいてはいけなかった。
だってこの気持ちが、報われることはない。そういう呪いなのだから。
(そうだ今日、約束……あしたから、どうしよう…………)
澱んだ思考の中で、グチャグチャと答えの出ないまま。
やがて深い眠りに落ちるのだった。