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「私と相棒」

be quiet

作者: XI

*****


 私はどちらかというとパソコンを叩くことが得意なので、特になにも課題がない日はディスプレイと向き合っている。注視するのはローカルネットだ。コアな文言にこそ真実が眠っている――というのは私のささやかな持論だ。


 今日もキーボードを叩く。

 カタカタカタ、カタカタカタ……。


 突然右肩の上に気配を感じた。私は思わず「うひゃぁ!」とみっともない声を上げてしまった。私がそんな声を上げるだなんて思っていなかったのだろう、暗いオペレーションルームで業務にあたっていた女性オペレーターらがいっせいに私のほうを振り向いた。


「驚かせるつもりはなかったんだよ」


 そのヒトはその先輩はその性格からして誰かに甘い言葉を吐くような人物ではないのだ。言葉に他意はないということである。だけどその先輩は吐息を含めて耳元で言うものだから、当然、私は「ひっ!」と短い悲鳴を発したわけだ。


「ああ、ごめん。僕はなにか悪さを働いたようだね」


 仮に確信犯だとしたら、その……ぶっ殺してやりたいっ。

 私はそんな強気に出られるニンゲンではないのだけれど……。


「なっ、なんですか、先輩、用事があるなら堂々と言ってください!」

「いや、だから驚かせるつもりはなかったんだけれど?」

「驚きましたよ! 驚きました! 謝ってくださいと言いたいところです!!」

「わかった、謝ろう、ごめん」

「う、嘘です、ごめんなさい」

「嘘なの?」

「嘘なんです――っ」


 私は心の中で「ぐっ」と唸った。どうしてだろう、この先輩――私のバディは折れることについてはまるで抵抗がないのだ。おまけににわかに笑みを浮かべたりする。――ほんとうに卑怯だ。先輩は自分がどれだけ魅力的な男性であるかを心得ている――心得ていないのであれば囚人だ死刑囚だ、死んでほしい、死んでほしくないけれど……。


 暗いオペレーションルームの中、先輩は近くの椅子に腰掛け、「なにかあった?」と私に問い掛けてきた。私は私らしくもなく少々眉根を寄せる。途端、「ああ、やっぱりそうか」と感じた。私は先輩の身振り手振り口調文言はすべて受け容れてしまうきらいがある。やっぱりバディなんだと思うと、まさに顔から火が出そうになった。


 しかし、私のあだ名は「クールビューティ」、組織には先輩しかいないのでからかわれているような節もないことはないのだけれど、そんなふうに呼んでもらえるのだから、私は常日頃からその役割に徹して仕事をがんばろうと思っている。


 今日もネットに潜っているうちに、一つ、興味深いと言うと不謹慎なのだけれど、とにかく気になるニュースを見つけた。私は「十五歳の男性がJR蒲田駅で人身事故に遭いました。確かな情報です。私はただの事故ではないと考えています」と発言したわけである。


「蒲田? また冴えないロケーションだね。にしたって、仮に君が言うとおりなら、それは大きな事件じゃないの?」

「大手ニュースサイトにはその旨、掲載されていませんでした」

「まあ、その可能性もあるね。『ちんけなこと』と判断される可能性もある」

「『ちんけ』なんですか?」

「いいよ、そのへんは。ただの事故ではないと言ったね? だったら犯人像は?」

「えっ?」


 私は目をぱちくりさせ――それから「ごめんなさい」と頭を下げた。


「すみません。そのへんはまだなにも……」

「きみが早々に仕事をしないと、また被害者が出るかもしれないよ?」

「そうでしょうか?」

「犯罪者ってね、そういうものなんだよ。さて、きみにはなにより先にできることがある。それがなにかはわかるかい?」

「えっと……たとえば蒲田の、そして蒲田も含めた近隣の駅について、警備を強化することだと思います」

「正解。だけど問題がある。特に大きな問題が一つ」先輩が右の人差し指をぴっと立てた。「乗客が多すぎる」


 私は「あっ」と声を上げた。

 どうしてそんなあたりまえのことに気づかなかったのだろう。


「提案がある。肉を切らせて骨を断つ、みたいな話になっちゃうけれど」

「それは?」

「少し、待ってみよう」

「待つんですか? えっと、それは先程までの先輩の発言とは違う気が――」

「三日でいい。とにかく待ちたい」

「わかりました。私はどうすればいいですか?」

「このへん、ツーカーじゃないと真の相棒とは呼べないかな」

「えっ」

「冗談だよ」


 先輩は甘いマスクに見合う甘い微笑を残して、オペレーションルームから去った。



 ――三日と待たずに二日後、同じくJR蒲田駅で、今度は二十四歳のОLがホームから落下し電車に轢かれたという情報を得た。今度は大手のニュースサイトにも掲載された。短時間のあいだに蒲田で同じように二件、さすがに無視はできなかったのだろう。



*****


 相変わらず暗闇に包まれ、ディスプレイの灯りばかりが明るい、オペレーションルーム。


「ちょっと蒲田まで行くよ。出張申請も、もう出した」


 先輩がいきなりそんなふうに言ったものだから、私は「えっ」と驚いた。


「ほんとうに向かわれるんですか?」

「嘘を言ってどうするの」

「だったら私も――」

「うん。きみの分も提出した」

「えっ」

「きみは僕のバディじゃなかったのかい?」


 びっくりしてしまい――顔が紅潮するのを確かに感じた。


「わ、わかりました。ご一緒させていただきます。でも、どうして現地に……?」


 先輩は目を大きくした。「えっ、わからないの?」とでも言わんばかりの表情だ。私は急いで思考する。先輩とは――バディとは同等でいたい。


「あっ」

「わかった?」

「わかっていたはずなのに、失念していた――といったほうが適切かもしれません。先輩は三日待とうとおっしゃいました。そして、その二日後に同様の事故が起きた……」

「事故じゃなくて、もはや事件だね。被害者には申し訳が立たない。ただ、これでサンプルが採取できた。ほうっておけば、また蒲田駅で同様のことが起きるよ」

「でしたら――」

「飛行機のチケットは取ってある」

「えっ、もう?」

「とっとと行って、とっとと片づけてこよう」

「できますか?」

「やるんだよ」



*****


 朝のラッシュ時がターゲットだったので、前日にあたる夜はビジネスホテルに宿泊した。もちろん、先輩とは別の部屋だ。よくよく考えてみたのだけれど、仮にだ仮に、明朝事件が発生するとした場合、手を下した人物をどうやって見つけるのか、あるいは手を下す前にどうやって防ぐのか、そのへんのやり方がまるでわからない。私は一人、部屋でベッドの上に座り、坂角のえびせんをかじっている。やっぱりいつもどおりおいしい。だけど、明日、先輩がどう動くのかがやっぱり気になる。というか、教えてくれたって良いではないか。私をバディだと認めてくれているのだとすれば。


 そのへん、ちょっと訊きに行ってやろう。だけど、そうするには勢いが必要だ。だから、ホテルの向かいにあるコンビニでワンカップの日本酒を買い、ぐびぐび空けた。そしたらふんわりといい気分になった。いまなら言いたいことが言える――気がする。アルコールの力を借りるのは良くないのかもしれないけれど。


 隣の部屋の戸をノックした。返事がないので「せんぱーい!」と呼んだ。酔っているからこそ出せた大きな声である。戸が開き、先輩が顔を出した。眠たげな表情だ。目をこすりながら「なにか用?」と訊いてきた。


「先輩、なにをしていたんですかぁ?」

「間延びした声だ。酔っているの?」

「そういうわけでもないんですけどぉ」

「アダルトビデオを観てた」

「えっ!」酔いが一気に醒めた。「せ、先輩、そういうの、観るですか?」

「うん。このホテルは見放題だしね」


 私の顔は真っ赤になっていることだろう。くるりと身を翻して両手で顔を覆う。そうか、そうなんだ。先輩みたいなヒトでも女体には興味があるのか。それは健全な証拠かもしれないけれど、なんというか、その……。


「わわっ、わかりました。出直してきます」

「出直すってことは、また来るの?」

「い、いえ、そういうわけでは――」

「嫌じゃないなら入りなよ。というか、こうやって外でしゃべっていることさえ迷惑がられるのがホテルというものだよ」

「で、では……」

「うん。入っていきなよ」


 もはやアルコールは完全に抜けた。



*****


 先輩は椅子に座り、私はベッドの端に腰掛けて。


 私はすでに平静を取り戻している。だけど、そんな中にあって先輩がいきなり「アダルトビデオ、一緒に観る?」だなんて言ったものだから、私はまた赤面した。


「へ、変な冗談はやめてください! 怒りますよ!!」

「わかってるよ。なにか疑問か質問があるんだろう? 遠慮なく言ってくれてかまわないよ」

「じゃあ、えっと――」私は一つ首を縦に振った。「どうしてわざわざ現地に向かおうと? 所轄の警察に任せるわけにはいかなかったんですか?」

「うん。できない」

「えっ」


 先輩があまりにすぱっと言うものだから、私は驚いてしまった。


「それにしても、久しぶりの東京は悪くないね――と言っても、蒲田なんて場末のバーとかストリップがあるだけだけれど」

「話を逸らさないでください」

「おっと、きみらしさに溢れる勇ましいセリフだね。安心したよ」

「先輩はいったい、なにをしようというんですか?」

「許せないことには鉄槌を」

「えっ」


 先輩はにこりと微笑み、タリーズのボトルコーヒー――ブラックに口をつけた。「飲む?」と言って、缶を差し出してくる。なにも拒むことなく、なにも気にすることなく、「はい……」と言い受け取り、口をつけてしまった。途端、「ひゃっ」と驚いた。


「せせっ、先輩、からかうのはやめてください!」

「大きな声を出さないで。隣の客に迷惑だからね」

「うっ……」


 私は押しつけるようにしてコーヒー缶を返し、それから右の頬だけぷくっと膨らました。


「仕事の話がしたいです」

「でもね、そもそも、もう打ち合わせすることもないんだよ」

「でしたら、どうして私を同行させたんですか?」

「きみには俯瞰してほしい」

「俯瞰、ですか……?」

「うん、そう。僕の目が行き届かないことがあるかもしれないから、サポートをお願いしたいんだ」


 眉根を寄せた私である。


「でしたら、先輩はなにをされるんですか?」

「僕は僕の考えに基づいた行動をとるんだよ。だけど、ミスを犯す可能性も否定できない。だからそのへん、きみにお願いしたいんだよ」


 お願いしたい。

 その一言が、なんだか嬉しくて……。


「わかりました。がんばります」

「そうしてもらえるかな。ああ、アダルトビデオ、やっぱり一緒に観ない?」

「観ません!」


 言って私は場違いなくらい明るく微笑んだ。



*****


 情報は三つだけ。


 一つ、人身事故を装ったであろう事件は二度起きた。

 二つ、それはいずれもJR蒲田駅だった。

 三つ、朝の同じ時間帯だった。



*****


「インカム、使いますか? すぐに準備できますよ?」

「いや、要らない。サポートとしてきみを用意させてもらったけれど、僕は僕一人でやれると考えてる」

「そんなこと言わないで混ぜてください」

「言うようになったね、きみも。だったら――」


 具体的な指示をもらった。

 駅のホームに下りる階段の途中で目を光らせていてほしいと言う。


「それでは死角が多いと思います」

「きみの目が行き届かないところを、僕がカバーするんだよ」

「カバーするって、どうやって?」

「任せなよ。一応、僕はきみの先輩なんだから」



*****


 言われたとおり、私はホームへと続く階段の途中に立っていた。思っていたよりずっとヒトが多い。電車もひっきりなしに入ってくる。これじゃあきちんとした仕事ができないと考え、先輩に連絡を取ろうとした――のだけれど、インカムはない。ケータイで連絡するのも妙手とは言えないだろう。それでも仕事だけはこなそうと視野を広げて、視界の内に必死に目を走らせる。


 次の電車が入ってきた、青いラインの銀色の電車。急ブレーキの音。明らかに異常な停車だ。えっ、また起きてしまった? 男女問わずの悲鳴が響く。私からは死角だ。人込みを掻き分け、急いで先頭車両を追う。途中で誰かに左腕を強く掴まれた。


 ――先輩だった。


「帰るよ。問題なかったね」

「えっ、えっ? どういうことですか?」

「そうだね……飛行機の中で説明してあげよう」

「いま説明してください、お願いします」

「いまはこの場を去ることが先だ」

「そうなんですか?」


 先輩は優しげに微笑んだ。「そういうことなんだよ」と言って笑った。

 この瞬間、思った。

 何度も思わされてきたことでもある。

 たぶん先輩は私には考えつかないくらい卓越している。



*****


 帰りの飛行機――私たちのホームグラウンドである「新淡路」まで、そう時間はかからない。飛行機の中でパソコンを開け閉めするのは面倒なので、機内では私はできるだけ大人しくしていることにしていて――その際のおともはやはり坂角のえびせんだ。「一つもらってもいい?」と先輩に言われたので、分けて差し上げた。先輩はぽりぽり食べ、その幼顔をほころばせた。――余裕ぶった態度が、なんだか私、気に食わない。だから右の頬をぷっくりと膨らませてしまう――って、こんな子どもじみた仕草を見せる相手は先輩だけだなと思う。私はほんとうに、心の底から先輩のことを敬っている。


 順調に飛んでいますよー。

 機長からのそんなアナウンスが流れた。


「本件について、先輩はいったい、なにをされたんですか?」

「簡単だよ」

「簡単?」

「ホームには必ず先頭に立っているヒトがいるよね?」

「それはまあ、いますけど」

「その中から、怪しい人物を探して歩いた」

「えっ、そんな地道なことを?」

「正確に言うと、先頭から数えて二番目のニンゲンを洗ったんだけど」


 えっ、えっ。

 意味がわからない。

 今日、朝、蒲田駅では確かに人身事故があった。

 洗った?

 洗ったのであれば、それって犯人を捕まえるに至ったということでは?

 だから私たちはいま、こうしてのんきに飛行機に乗っているのでは?


「不思議そうな顔だね」

「不思議ですよ。どういうことですか?」

「えびせん」

「えびせん?」

「うん、えびせん。もう一枚くれたら話すよ」


 私は慌てて、品物を渡した。

 えびせんにはお茶だと思うのだけれど、先輩はコーヒーで食べている。


 先輩は「おいしいね、これ」と言い、にこにこ食べると話し始めてくれた。


「だいたいわかるんだよ。なにかしでかしそうな輩って。僕はそれを見定めるために、ホームを二往復した」

「それだけで、えっと、犯人がわかったんですか?」

「わかったよ。彼は心を病んでいた。殺されたいから殺すんだって言った」

「それ、で……?」

「だから僕が線路に突き落としてやった。もちろん誰にもばれないようにね」


 背筋がゾクッとした。


「類似の事件はもう起きないよ。だって彼、電車の車輪に巻き込まれて跡形もなく死んでしまったんだから」


 私は言葉どころか声すら失った。


「どうだい? きみは僕を軽蔑するかい?」


 軽蔑すると言いたい。

 言わなければならない。


 ――それは違うんだ。

 私たちはあるいはそうあらないといけない立場だから。


 えびせんをぱりぱり食べて、さらにはきなこもちを食す。

 CAさんにはコンソメスープをお願いした。


 先輩は腕を組んで、もううとうとしている。


 先輩が眠ってしまう前に、一つだけ訊きたかった。


「先輩はどうやって、人込みの中、犯人を線路に突き落としたんですか?」


 先輩はあくびをしてから「だから、それは企業秘密だよ」と答えた。


「先輩」

「なんだい?」

「私は先輩と同じ企業にいるんですよ?」


 先輩はくすっと笑った。


「確かにそうだね。いつかきみがヒトを線路に突き落としたいという気になったらおいで。きちんとした方法を教えてあげるから」

「そんなの必要ありません。ただ――」

「ただ?」

「辛辣としか言えない先輩の行いについても、私はNGを出すことができないようです」

「だったら、良かった」


 先輩はいよいよ眠ろうとする。


 私は一つ、勇気を振り絞ることにした。


「先輩」

「なんだい?」

「きなこもちを差し上げたいです」


 先輩は口元を緩め、笑った。


「いただこうかな」


 私は先輩の口に、串に刺したきなこもちを運んだ。

 先輩は小さな口でぱくりと食べてくれた。


 最近、間接キスが増えた気がする。

 そう思うと、身がしゅっとすぼまった。


 間が持たなくなって、なにか言いたくなる。

 そこを先輩が遮った、唇に右の人差し指を当てたのだ。


「眠いんだ」


 ぶっきらぼうなその「らしさ」にぷっと吹き出し、私は「おやすみなさい」と微笑んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 彼、彼女が、何を目的にこうしたことをしているのか その背景が分からないために その行動の正当性も妥当性も分からないのですが 結果だけを見ればやっていることは同じで 下手を打てば、自らも淘汰さ…
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