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六 朝

 花嫁衣装を身につけたまま広間に倒れていた環は、口の中の苦味と頭痛に顔を歪めた。何とか目を開くと、朝だった。

 来るはずのない朝。

 宴のあとだ。あちこちに飲みさしの盃や肴が転がり、その間に大きないびきを立て村人たちが寝ていた。満月を見るために開け放たれた戸から、今は白々とした朝陽がのんきに差し込んでいる。環は一瞬、ここが極楽かと疑ったが、様子が普段と異なるだけで、見慣れた我が家だった。寝転がっているのも見慣れた人々だ。母も父もいる。母は白い衣装の裾にしがみついていた。

 頭を押さえて起き上がる。混乱と、漠然とした罪悪感、そして、強烈な喜びがあった。生きている。どうしてかはわからないが、生きているのだ。

「環」

 振り返ると、仁がいた。環を見て微笑んでいる。黒い瞳には涙が浮かんで、朝日に煌めいていた。共にこの朝を喜ぶ人がいることの嬉しさに、環も微笑んだ。

「もう大丈夫だ」

 仁は口数が少ないせいか、その声は若いが重々しい響きを持っていた。

「お前は花嫁にならなくていい」

「そうなの?」

「ああ」

「村は大丈夫なの?」

 恐る恐る尋ねると、仁は晴れやかに笑った。環でさえ初めて見るような明るい笑顔だった。見ているこちらも晴れ晴れとした気分になる。

「大丈夫だ。何も心配しなくていい」

 その言葉で、漠然と感じていた罪悪感を環は忘れた。大丈夫なのだ。村を治める家の仁がこうまで言うのだから、自分は助かったし、村も大丈夫なのだ。生きているし、生きていてもいい。開け放たれた戸の向こうの空は抜けるように青く、銀色に輝く雲がゆるやかに流れていた。

 そのうちに、寝転がっていた環の両親や他の村人も、意識を取り戻していった。みな一様に頭をおさえ、口のなかの奇妙な苦み、そもそも大事な日にみなころりと寝てしまったことを不思議がったが、環が生きていること、仁が村は大丈夫だと太鼓判を押す喜びに、すぐにそのことを忘れた。昨日仁が用意した祝いの酒に何か混ぜ物がされていたことなど、誰も気付かなかった。

 酒臭く、散らかった部屋で、人々は喜び合い、涙を流した。環は両親の腕に抱かれ、幸福だった。

 宵がいないことには、誰も気付かなかった。

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