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四十 赫天と宵

 環が去り、みなそこにはまた静けさが戻った、とは言えない。赫天がすくすくと育っていた。

「宵、遊ぼう」

 ついこの前まで赤子だったのに、もう宵の肩まで届くほどの大きさになっている。変わらず鈴が気に入りだが、それだけでは退屈になったのか、宵と遊びたがることが増えた。神なので当然尋常の子供ではないのだが、火の力は今は使えないので、当たり前の遊びをしている。この頃は宵におぶってもらうのが気に入っている。少しは重くなったのだがそれでも鳥の雛でも背負っているかのような軽さだ。宵ももう人の肉の疲れに煩わされることもないので、飽きることもなく付き合っている。赫天は外でも屋敷でも走り回らせて、宵の耳元でけらけらと笑っている。

「宵は優しい。宵好きだ」

「ありがとうございます」

「宵は俺が好きか?」

「好きですよ」

 赫天を宵を後ろから締め付けるように抱きしめる。宵の言葉に照れているのだ、と、宵にはわかる。率直なようで、どこか素直ではないところがある。人の自分へ向けられる心に対して臆病なのだ。宵は臆病な心の動きについてはよく知っていたので、赫天のことが一等可愛く思うのだった。

「赫天と遊ぶの、楽しいです。いっぱいいっぱい遊びましょう」

 気を遣ったわけでもなく、本心だった。おはじきをしたり庭に生やした木に登ったり追いかけっこをしたり。そんな当たり前の子供の遊びは普通宵ぐらいの年になれば楽しくないものかもしれない。でも宵はどれもやったことがなかったので、赫天の無邪気そのものの笑い声に合わせて笑ったり、負けて本気で悔しがる赫天の背をよしよしと撫でてやったりすると、楽しい。自分でも驚くほど楽しくて、いつまでも遊んでいたくなるのだった。

「じゃあ、宵は、水鏡と……」

 らしくもなく小さな声で赫天が言う。

「はい?」

「なんでもない」

 宵の首に顔を埋めてしまう。なんだろう。宵は小さな体を揺すって、それから駆けだした。たちまち背から高い笑い声が響く。

「楽しそうだな」

 鈴を抱いた水鏡が現れて、宵は脚を止めた。ぎゅう、とその背に赫天は変わらずしがみついている。

「水鏡様」

「もう赤子でもなかろう。まだおぶわれているのか」

「水鏡には関係ない」

「水鏡様、からかわないでくださいな」

 宵に注意され、水鏡はむっと口を結んだ。この頃の赫天と水鏡は以前よりも緊張感がある。幼児の頃はうまくやっていたのに。このまま大きくなったらまた不仲に戻ってしまうのかと宵はわずかに恐れている。

「俺はずーっと宵と一緒にいるんだ。おんぶもしてもらうし、夜は一緒に寝てもらう。宵が好きだからな!」

「……はあ?」

 水鏡は宵が聞いたことのない声を出した。

「大きくなったら今度は俺が宵を抱っこしてあげるんだ! 火の山で採れる金剛石や橄欖石で飾ってやる! 宵は美しいからな!」

 得意げに宵の背で赫天は胸を反らす。可愛らしくて、宵はついころころと笑った。

「嬉しいか? 宵」

「ええ。ありがとうございます。でも宝石? はいりませんよ」

「なんでだ? 俺は宵に色んなものをあげたいんだ。きれいに飾って大事にしたい。宵は綺麗で優しくて大好きだから」

 ひたむきな言葉。黙りこくる宵に、赫天は背からひらりと飛び降りて向き直った。頬を小さな両手で包み込む。

「なんで泣いている? 嫌なことを言ったか? 抱っこは嫌か? 宝石嫌いか?」

「違います。ごめんなさい……嬉しくて」

 宵は涙を拭って微笑んだ。屈託のない好意が嬉しくて、でもその未来が叶えられないことも知っていた。赫天はすぐに成長し、火の山に一人で帰るだろう。そのとき宵への好意がどうなるともわからない。

 そんな宵の思いは知らず、赫天は細い白い首に両腕を回して思い切り抱き着いた。

「宵。宵。大好きだ。毎日一緒に遊んで、ずっとずっと一緒にいような」

 未来への恐れなど何もない赫天の言葉が、嬉しくも切なかった。

 抱き合う二人に、水鏡は呆然と突っ立っている。その手からするりと鈴は抜け出して、宵の足元にすり寄った。


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