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二 双子

 王を戴く国があった。大きくはないがよく栄えた国だ。

 王のいる都から遠く離れた場所に、ちいさく美しい湖があった。常に澄んだ、輝く湖面の静かな湖。そのそばに小さな村があった。湖を守る人々の村だと言われていた。

 湖には神が棲むと言われていた。その姿を見たものはもうすでになく、神がどのようなかたちをしているのか定かではなかったが、湖のあたりは水も土も豊かで村は明らかに他よりも富んでいたために、存在を疑うものはいなかった。疑うひねくれものも、湖を前にすれば信じざるを得なかった。なんら変わったものがなくとも、その美しさ静けさ自体が神の実在を示していた。

 湖を守る、といっても、たいした役目はない。畑で果実が実ればそのうちもっとも大きく熟れたものを湖に沈めた。他の水には浮く果実も、湖に投じれば浮かび上がることもなく沈んでいった。米の収穫があれば神を讃える祭りを行った。人々は湖とそこにいるはずの神に感謝し、同時にひどく恐れていた。

 果実の献上と祭りのほかに、村には大きな役目があった。

 三百年に一度、神に花嫁を捧げなくてはならない。三百年に一度、秋の満月の夜、一番美しい娘を、湖に投じる。

 次の嫁入りが近づいていた。

 期日の十六年前、村でも評判の美貌の女の家に、子が生まれた。娘だ、という話が広まると、誰もがその家から花嫁が出ると考えた。

 娘たちは、双子だった。

 そっくり同じ造作の丸い顔。寸分たがわぬ同じ大きさの手足。

 だが、一つだけ大きな差があった。

「こりゃあ、妹の方だなあ」

 赤子が生まれた祝いと、花嫁の見極めのために訪れた村長が申し訳なさそうに言うと、母親はわっと泣き伏した。

 赤子たちは二人とも、無邪気に黒い目を見開いていた。同じ造作の丸い顔。

 だが、姉の顔には大きな青い痣があった。白く丸い顔の右半分を覆う痣。傷一つない果実を捧げるように、花嫁にも瑕疵があってはならない。

「こらえてくれ。すまんなあ。こんなに可愛い子を」

 謝る村長に、犠牲を運命付けられた赤子がにっこり微笑んだ。無垢でいたましい。大人たちはその哀れで愛らしい赤子に涙ぐみ、父になったばかりの若者はそっと娘を抱き上げた。赤子のぱっちりと見張った眸は黒い宝石のように傷一つなく煌めいている。

「すまない。すまない。嫁に出すまで、うんと可愛がってやるからな。うんと幸せにしてやる」

 その祈りと誓いが通じたのか、赤子はまた、にっこり笑った。

 大人たちは泣きながらも笑い、哀れな赤子を代わる代わるに抱き締めた。

 痣のある赤子は、ただ静かに、そのざわめきの外に横たわっていた。


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