8話 ネコ
「猫探し?」
明くる日の午前七時半、俺は真紀に食後の紅茶を出しながら問う。
「ああ、ここの事務所の大家さんの猫らしいんだがな」
あちちとマグカップを口から離す真紀。
「あ、熱すぎたか?」
「いや、いい。熱々でと頼んだのは私だからな」
「猫舌なのか?」
「違う」
真紀は少し責めるような目線で俺を見ると、マグカップの持ち手をなでて言った。
「はちみつを取ってくれ」
俺は椅子に座ったまま、キッチン台からはちみつの入ったプラスチック容器を手に取り、真紀に渡す。
「甘い紅茶が好きなのか?」
「……今日はそういう気分なだけだ」
真紀は唇を尖らせてそういうと、なみなみとはちみつを注いだ。
スプーンでそれを混ぜて再び紅茶を一口飲むと、あちっと言って、カップをテーブルに置いた。
「で、どんな猫を探せばいいんだ?」
「ああ、その話だったな」
真紀は隣の椅子に置いてあったランドセルから手帳を取り出し、挟まれていた写真を取り出す。
「こいつだ」
見せられた写真には、灰色の毛でふさふさと顔を覆った猫が写っている。
「かわいい猫だな」
「私のほうがかわいい」
「おう」
「私はコピーを持っているから、これはお前に預ける。茜を起こしたら二人で猫を探してくれ。今日の仕事はそれだ」
「わかった」
「見つけたら携帯に連絡してくれ。以前にも何回か逃げ出して依頼されている猫だ。経験上そう遠くへは行っていないはずだから、すぐ見つかる可能性が高いと思うが、もし夕方になっても見つからなかったら私も坂本と合流して探すことにする」
「そういえば坂本さんは?」
「朝早くからパチンコ屋に並びに行った」
「なるほど」
「じゃあ、私もそろそろ出かけるよ。義務教育は大切だからな」
「わかった。いってらっしゃい」
そう言って、俺は真紀を玄関まで見送った。
「茜さん!! 起きてくだっっさい! いつまで寝てるんですか! もう十二時になっちゃいますよ!」
「あと五分~」
「それ八時から四時間も言い続けてますよ! いい加減ベッドから起きてください!」
「あ~布団を! 布団を取らないで! この子は私がいないとダメな子なの!」
「ダメな子なのは茜さんの方ですよ! さっさと起きて支度してください! 仕事があるんですよ!」
「んえ~」
「はよ起きろ、このダメ人間!」
「で、どこから探しますか?」
「どうしようかね」
「……」
「前はどこで見つかったんですか?」
「どこだったかね」
ダメだ。この女、全くもって役に立ちゃしない。完全に寝ぼけている。
「あ、わかった!」
「はあ……やっとですか……で、どこですか?」
「いや、それは思い出せないけど~」
「……何か案があるんですか?」
「ふっ、当然。この私ほどの名探偵にもなれば、どんな猫もすぐに見つかりまっせ。まあドンと任せてついてきなさいっての」
俺が自身気な茜さんについていくと、到着したのは近所の野良猫のたまり場だった。
「野良猫の集まってるところにいけば、例の探してる猫もいるってことですか? 残念ですけどあの子はいないみたいですよ」
「ふっ、そんな単純な考えではないよ。これを見て、君はまだわからないのかい? 経験が浅いんじゃないかい、ワトソンくん」
「そりゃ、探偵を手伝い始めてまだ十五分ですからね」
「っかぁ~! 素人はこれだから困るよ、きみ」
「はあ……」
どうしよう。元の体に戻って死のうとしているとは言え、一度は救われた命の恩人を殴りたくなってきた。
「捜査の基本は聞き取りさ」
「ますます意味が分からないんですけど」
「ズバリ、猫のことは猫に聞けばいいのさ」
「思いもよりませんでした」
「そうでしょう、そうでしょう。まあ、私くらい現場の経験が積み重なっていると、もう直感っていうのかな。才能がバーッとね。溢れちゃうんだよ、バーッと」
「いえ、思いもよらなかったというのは、そこまで茜さんがアホだということについてです」
「へ?」
「ほんと、アホですね。猫に猫の居場所を問いただそうだなんて、ひどいもんですよ。朝は起きないし、部屋は汚いし、ハムを袋ごとレンジであっためて爆発させるし、本当にどうしようもないアホですね」
「おおおおい、貴様言ってくれるじゃないか! 新時代のホームズと巷で話題の私になんてことを!」
「どこの誰がそんなこと言ってるんですか」
「何を言うか!」
茜さんは近くにいた猫を一匹抱きあげる。
「この子も言ってるよ。ね、茜ちゃんは世界で一番かわいくて賢いピュアピュアドリーム探偵でちゅよね~」
そのとき、持ち上げられた猫が電撃を帯びた。
「「んな?!!」」
驚く茜さんに落とされそうになる猫を、俺は慌てて支える。
俺と茜さんの両手に抱えられた猫は苦痛そうな悲鳴を叫び始める。
直後、体の表面がぼこぼこと膨らみ始める。全身が腫れた膨らんだ頃、猫は放電するように破裂した。
あたりに肉片が飛び散り、他の猫たちが四方八方へ逃げていく。
わずかに手に残っていた肉片が地面に落ちる。
その衝撃を受けるとともに肉片は振動をはじめ、炸裂音と共にあたりに散っていた肉片を一気に引き寄せて吸収し、猫を『再構築』した。
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