故郷の料理
「お疲れ様デース!」
人一倍大きな挨拶をした彼は留学生のレオだ。同じ工場で働く気のいい同僚である。
この国に来るまで山奥で育ったらしく、言葉遣いやマナーに疎く、最初は苦労したが今ではすっかり馴染んでいる。
「ああ、お疲れさん」
俺は退勤の挨拶をレオに告げ、軽く会釈をした。
そしてすぐ俺の仕事も終わり、帰ろうとした時だった。
レオは出口の前に立っていた。
いつもは先に帰っているはずだが、今日は何故か俺を待っているようだった。
「どうかしたのか?」
「あぁ……実はですネ――あなたに日々のお礼がしたいと思いましテ」
「ははは、気持ちはうれしいけど…‥そんな大したことは教えてないぞ?」
「そんなことありませン!あなたはワタシにこの国で生きるすべを教えてもらいましタ!」
(大げさだなあ)
俺は一人で興奮するレオに対して愛想笑いをする。
「それで私はお金が無いなりにあなたのお礼考えましタ!私の国の料理振る舞いまス!」
料理……。確かに料理ならある程度安価で行えるプレゼントなのかもしれない。
ちょうど俺もお腹が空いてたところだ、ここはレオの案に乗ってあげよう。
「じゃあご馳走になろうかな」
「ありがとうございまス!では我が家に集まるでス!」
※
こうして俺はレオの住んでいるアパートの一室にやってきたのであった。
「……散らかってるね」
「ごめんなさイ~すぐ片づけまス!」
レオは荷物を押しのけながら、机を開けていく。そして俺を座布団に座らせ、キッチンへと立った。
「見ててくださイ!真心ためて作りまス!」
「……真心は込めるものだよ」
レオは鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開けて、ゴソゴソと中身を吟味し始めた。
……数カ月程度の付き合いだがレオは非常に適当な性格だと言うことは分かっている。ちゃんと食べられるものを作ってくれるのだろうか不安になってきた。
俺は興味本位で彼に尋ねる。
「ところで何を作ってくれるんだい?」
「ネナュマッギュヤゥでス!」
「……はい?」
思わず聞き返した。
「だからーネナュマッギュヤゥでス!私の国の郷土料理でス!」
どうしよう、全く聞いたことないぞ。
一体何者なんだ、ネナュマッギュヤゥ。
「主にプルスの際や、ネルペストなんかに食べられますネ、ネナュマッギュヤゥの他にもボボレタマスやミルティンョップェなんかも一般的でス」
知らない単語がいっぱい出てきて混乱する。
「ははは、色々あるんだね……楽しみだなあネナュマッギョ」
「ネナュマッギュヤゥでス!」
本気で頭がおかしくなりそうだ、さっさと食べてずらかることにしよう。
「……一応作ってるところ見させてもらっていいかな」
「……? いいですけド」
さすがに食べられないものは出さないと信じたい。
レオは俺が警戒した目で見ている事に気付かないまま、調理を始めていく。
「まずは」
そう言ってレオは包丁を手に取った。
「…………」
正直もうこの時点で嫌な予感しかしないが、彼の手際を見てみることにした。
彼はまな板の上で食材を切る。
トントンという音とともに野菜の切れ端が落ちていった。
その光景を見た俺は一瞬固まった。
おかしい。
明らかに切り方が雑すぎるのだ。
切ったと思ったらすぐに次の材料へ手を伸ばすし、たまに指を切りそうになる場面もあった。
俺はレオに声をかける。
「ねえちょっと待った」
「はい?」
「本当に料理できるのか?」
「大丈夫でス!任せて下さイ!」
「いやでも危なっかしいよ」
「心配無用ですヨ!ワタシに任せて下さい!」
そう言うとレオは再び作業に戻った。……しばらく見守っていたが特に問題は起こらなかった。
「あとは秘密でス!」
鍋に食材を入れたあと、レオは俺をキッチンから追い出した。
それが一番気になるのだが、どうしても教えたくないらしい。
仕方ないので、居間で待つこと数十分間。
「……終わったでス!」
レオの声が聞こえ、何かを持った皿を運んでくる。
「お疲れ様……ん?これは……」
レオの手元を見るとそこには茶色く焦げた物体があった。
「これがネナュマッギュヤゥでス!」
「いやこれ炭じゃないか!?」
「えー違いますヨ!ほら、匂い嗅いでみてくだサイ!」
「……臭いな」
確かに独特な香りがする。
「でしょウ?」
「ああ、やめたほうが」
「ではいただきまス!」
レオは俺の言葉を無視して口の中に放り込んだ。
「あぐ」
そして飲み込む。
「……美味しくないでス!!」
「だろうなあ」
俺は即答する。
「あなたも食べてみてください!」
レオは俺にそれを押し付けてきた。
「いらないよ、捨ててくれ」
「駄目です!ぜひ食べて欲しいでス!」
「どうしてそこまでして俺に食べさせたいんだよ……普通に気持ち悪いんだけど」
「だってワタシが作れるのはこれだけでス!」
「いや他にも料理はあるだろ」
「それだけでス!」
レオは必死に訴えかけてくる。
「分かった、食べるから一旦落ち着け」
俺はレオを宥め、渡された物を口に含んだ。
口いっぱいに広がる炭の苦味、砂利のような舌触り、そして飲み込んでなお感じるあと引く不快感。
これは……。
「……うん、まあ不味いな」
「やっぱりでスか~」
やっぱりってなんだ、やっぱりって。
「……でもまあレオが一生懸命作ったものを捨てるのはもったいないかな」
俺は苦笑いしながら答えた。
「おお!ありがとうございまス!」
「まあ頑張って食べたけどね」
「では次はこっちを食べてもらおうかと思いまス!」
「まだあるのか……」
既に泣きそうなんだが。
「はい!これも自信作でス!」
レオは冷蔵庫の中から何かを取り出し、机の上に置いた。
「……..なんだこれ」
「ネナュマッギュヤゥと似たようなものですヨ!」
「……うわ」
俺は思わず顔をしかめた。なぜなら目の前に置かれたものは先ほどより遥かにグロテスクだったからだ。
「じゃあいきまス!」
レオはそれを躊躇なく口に運ぶ。……..こいつは味覚が狂っているのだろうか。
「どうですかネ?」
「……そうだな、これはなかなかキツイかも」
「え~そうでスかね、美味しいと思いますケド」
「これを食えるお前が凄いよ」
「そんな事ないでス!この国の人たちも大概でス!」
「そうなんだ」
「はイ!みんなゲロみたいな食べ物ばっかり作るでス!」
「それは酷いな」
……まさか自国の食べ物をディスられるとは思わなかった。流石に俺もこれには抗議する。
「何でゲロなんだよ?餃子だってラーメンだってお好み焼きだってみんな美味いだろ?」
俺の好物を一通り挙げてみる。するとレオは首を横に振り否定した。
「だから私は嫌なんでス!」
「どういうことだ?」
「私の国ではそういう味のは禁止されていましタ!これからはちゃんとしたご飯を食べてくださイ!」
「……そういわれても」
もしかして添加物のことを言っているのだろうか。確かに体に良いものではないが……。
俺は自身の健康を振り返ってみる。
確かに最近腹が出てきたし、寝付きも良くない。慢性的な頭痛持ちだし、お腹も壊しやすい。
もしかして、レオは俺の健康を気遣って、今日の料理をご馳走してくれたのかもしれない。
それならレオの言うとおりだ。体が資本とも言うのに俺は濃い味のものばかり食べて、自然な味わいというものを忘れてしまっていたのかもしれない。
「ごめんレオ、確かにその通りだ、食事には気を付けるよ」
「はイ!」
レオは満面の笑みで答える。
「……」
「どうかしましタ?」
「いやなんでもない、それより早く食べようか」
俺は照れ隠しをするかのように箸を持った。
「そうですね!いただきまス!」
「ああ頂こう」
俺たちはそれぞれ料理に手を付けた。
「うん、最初は抵抗あったけどなんだか癖になってきたよ。一体どんな調理法なんだい?」
レオは再び満面の笑みで答える。
「ネナュマッギュヤゥでス!」