女騎士は敗北を知りたいのでランダムダンジョンに潜る事にしました
私はシーオリゴ王国の第三王女「メルトリント・アースブレイク」。
軍事国家である我が国では「力こそパワー」と教えられ、
私も例外でなく、幼少期から剣技を磨き続けた。
一日1000回の素振り、熟練兵からの指導、天賦の才能。
思えば、色んなものが噛み合ったのだろう。
その結果。
「し、城の壁が……!」
「ぜ……全壊している……!」
どんな怪物でも一撃で倒せるようになってしまったのだ。
※
「ふぅ……少し一休みするか」
身の丈近くある大剣を地面に突き刺し、私は休息をとる。
近くの湧き水で顔を洗い、丁度良いサイズの岩に腰かけた。
現在の私は第三王女でありながら、辺境のモンスター退治に赴くのが日課となっていた。
仮にも一国の王女なのに、私の父である王は「元気が一番!」だの言って、
全く止めもせず、こうやって自由に行動することを許可している訳だ。
我が親ながらいい加減なものである。
……別に期待を背負うのは悪い気はしない。
人をモンスターから助けてお礼を言われるのは純粋に嬉しい。
ただ、私は旅を続けるにつれ、ひとつの悩みを抱いてしまっていた。
「ケケケー! 有り金全部おいてきなー!」
ゴブリンが現れた!
「邪魔」
「グギャーーー!!!」
殴られたゴブリンは、粉々に砕け散った。
「……はぁ」
私の悩み。
それは【強すぎる】事だ。
神話的な怪力と丈夫さを日々のトレーニングによって手に入れてしまったため、
誰にも心配されないし、誰からも女として見られていない気がするのだ。
私だって一応女の子だし王女らしい可憐で清楚な生活をしてみたい。
こんな格下のモンスターを倒すだけの日々なんて正直飽き飽きしている。
怪我でもすれば、それに託けて王国に戻り、まともな王女として生活をすることが出来るのだが。
……私の身体と来たら。
まるで鋼みてえなンだわ。
(ああ~~~負けてぇな~~~~~、敗北を知りてェ~~~~~)
バキッッ!!!
身体をゴロゴロさせていたら、寝返りで座っていた岩が砕け、私は地面に転がった。
「……そろそろ行くか」
私は立ち上がり、街道の方へ向かおうと突き刺していた大剣を背負う。
「お嬢さん」
誰かに呼び止められた。
お嬢さんなんて呼ばれたのはいつぶりだろう。
私はにこやかに振り向く。
目の前には見知らぬ男が立っていた。
年齢は30代くらいだろうか。
身長は高くないけれど、ガッチリとした体格をしている。
服装は簡素な鎧を身に付けているだけで、冒険者のようには見えない。
彼は私を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「君は強いんだろう?」
そういうと私についてこいと目配せをした。
一体なんなんだろう。
まあ、危ない目にあっても勝つ自信はあるので、私は男についていくことにした。
※
「ここだ」
ここは……洞窟?
何の変哲もないみすぼらしい洞窟だ。
私の望む強敵などいそうもない。
「ここに何があるというんだ? 今更ゴブリンやオーク程度、敵ではないのだが?」
男は首を横に振り、答える。
「ここは通称”ランダムダンジョン”。地形やモンスターが入るたびに変化すると言われる魔境だ」
なるほど、ランダムダンジョン……。
そんな都合の良い物が王国の近くにあるなんて全然知らなかった。
「歴戦の猛者たちは、ダンジョンに挑み、次々と死んでいった。
どうだ、興味はあるか?」
もちろんある。
未知の場所に行くというのはワクワクしてしまうものだ。
「当然だ。さぁ、早く行こうではないか」
「では、この扉の中に入ると良い」
男は壁に手をかざすと、光を放つ魔法陣のようなものが現れた。
これがランダムダンジョンへの入口……。
私を甘美な”敗北”へと誘う扉……。
「何を呆けている。早く行け」
「は、はい!」
私は魔法陣の中へ入り、目をつぶる。
すると体が浮かぶような感覚を覚えた後、 次の瞬間には、草原の中にいた。
辺り一面に広がる草原だ。
見渡す限り地平線まで続いているように見える。
「……凄いな」
思わず感嘆の声をあげてしまう。
私はまだ王都周辺から出たことがないので、このような壮大な景色にお目にかかるのは初めてだ。
「さて……モンスターはどこだろう」
私はキョロキョロと周辺を見渡し、探索する。
しばらく歩くと、前方に何かを発見した。
「あれは……」
人だ。
人が倒れていた。
急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「うぅ……」
良かった、生きてる。
しかし酷い傷だ。
腹部に大きな切り傷を負っており、そこから血が溢れ出している。
「しっかりしてください! 」
「う……あ……ありがとう」
なんとか意識もあるようだ。
これなら助かるかもしれない。
私は彼の肩を担いで歩き出した。
「ぐっ……」
彼が苦しそうにするたびに、心臓がきゅっと締め付けられる。
急がないと。
「もうすぐですからね」
「ああ」
「もう少しの辛抱ですよ」
「わかってる」
「すぐに治療しますから」
「頼むよ」
「任せて下さい」
……しかし私は回復呪文なんて覚えていない。
怪我なんてしないので薬草やポーションも持ち歩いていないし、どうしたものか。
「もう少し我慢して下さい」
「……」
「……ん?」
怪我人の反応が無くなった。
まさか……手遅れ?
そう思った瞬間。
「グギュグバアアアア!」
怪我人はゾンビになって襲ってきた。
私の首を掴み、窒息死させようとする。
なるほど、人が怪物になることで精神的に参らせて敗北させようという魂胆か。
しかし私はその辺の割り切りは出来るタイプなんだ。
「モンスターになったのなら倒させてもらう」
私は大剣でゾンビを真っ二つにした。
ランダムダンジョンなんて言っても所詮こんなものか。
私はため息をつきながら、先を急ぐ。
それからしばらくして、またモンスターを見つけた。
今度はオーガの群れだ。
オーガたちはこちらに気付くと、大きな声で叫んだ。
「ウガガァ!!」
「うるさいな」
私は大剣を構えて突進した。
そして一閃。
「終わりだ」
一撃のもとにオーガの首を切り落とす。
もっと強い敵と戦いたい。私が求めるのは強者との戦いのみ。
ただの雑魚じゃ物足りなさ過ぎる。
数十分後。
オーガの屍で草原が埋め尽くされていた。
「……」
正直がっかりだ。
私は成獣を含んだドラゴンの巣さえも全滅させたことがある。
今更オーガごときが何体かかろうと敵ではない。
(……ん? これまた不自然な)
地下へ降りる階段を見つけた。
このまま下って行けば、より強いモンスターと戦えるのだろうか。
私は階段から発せられる邪気から期待を感じつつ、地下へと降りていく。
「ここは……」
洞窟内の広間に出た。
天井からは巨大な鍾乳石が垂れ下がっており、幻想的な雰囲気を放っている。
「グギャー!!」
「おっと」
奥の方にいたゴブリンが飛びかかってきた。
私はそれをひらりとかわし、すれ違いざまに大剣を振り抜く。
「これで終わりだ」
「グギィッ」
頭を失ったゴブリンが地面に転がった。
「さて、次は……」
「おい、お前は何者だ?」
突然背後から声をかけられた。
黒いローブを着た壮年の男性。
恰好から察するに魔術師の類だろうか。
「このダンジョンに潜り、早18年。ようやく人を見つける事が出来た」
どうやら同じ冒険者のようだ。
味方は特に必要としていないが、何かランダムダンジョンに関する情報が聞けるかもしれない。
「……せっかくの出会いだ、ここまで来て疲れただろう、このポーションをやるよ」
濁った緑色のポーションを渡される。
特に回復は必要ないのだが、好意は受け取っておくか。
私は瓶のフタを開け、ポーションを一気に飲み干した。
「ありがとう」
「……」
なんだ、突然黙りこくって。
……なんだか様子がおかしいな?
「あの……どうかしました?」
「今のポーションは……猛毒のはずなんだが」
「ぶーーーー!!」
私は勢いよく吐き出した。
「ゲホッ、ゴホォ! はぁ!?」
「悪いとは思うが、これも仕事なんでね……。恨むなら自分の不運さを呪ってくれ」
「ぐっ……」
体が痺れて動けない。
くそ……油断していた。
まさか毒を盛られるなんて……。
「さて……どうしてくれようか……命乞いしたって無駄だぜ?」
身体が痺れる。
まるで母上の大切にしていた壺を壊した際怒られて、長時間正座させられた時のあの感じだ。
……ん?
その程度で済んでいるのだが。
「……命乞いするのはお前の方みたいだな」
「あ?」
私は素早く大剣を振り回し、ローブの男を吹き飛ばした。
「ごほっ! な……何故動ける……!
ドラゴンが2秒で動けなくなる代物だぞ!」
へぇ~私の状態異常耐性はドラゴン以上ですか。
毒を盛られたのは初めての経験だったが、
自分の事が本気で恐ろしくなってきた。
「ゴメン、私、毒、聞カナイミタイ」
「何故カタコト!? た、頼む、い、命だけは……」
「一撃耐えられた事を地獄で自慢するんだな」
私は正面から大剣を振り下ろし、ローブの男は肉塊となった。
「……進むか」
私は気分が乗らないまま、洞窟の奥へと進んでいく。
※
「全然強敵と出会わないじゃないか!」
私はイラつきながら大股で歩く。
「モンスターのレベルも低いし、出てくるモンスターは雑魚ばかりだし、どうなってんの!」
私は怒りに任せて大剣をぶん回す。
すると、目の前にいきなり魔法陣が現れた。
「何あれ?」
「おめでとうございます。隠しゴールです」……はい?
「えっと……どういう事?」
「これよりあなたを地上へ帰還させますよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「では」
魔法陣が光を放ち、私は意識を失っていった。
「……ここは」
気が付くと、そこには私を手招きした見知らぬ男が立っていた。
「私の作った試練をこうも簡単にクリアするとは……やはり噂通りの逸材だ」
男はくすくすと不気味に笑い、答える。
「あんた、一体何者?」
「私か? くくく……俺の正体は……」
男の姿が一瞬にして消えた。
そして次の瞬間には、私の背後に現れていた。
「こういうことだ」
「!!」
私は動揺しながら男から離れる。
(な、何が起こった?)
私は状況が理解できずにいた。
まるで転移でもされたかのように、瞬きの間に背後に現れたのだ。
「ふむ、いい反応だ。流石は我が主に相応しい」
「あるじ? 何を言ってる?」
「すぐに分かるさ」
そう言うと、男は指をパチンッと鳴らした。
すると足元から徐々に身体が石化していく。
「ひっ! な、何だ!?」
「君はこれから石像となるんだよ」
「ど、どうしてこんなことをする!?」
「(なんでちょっとうれしそうなんだ)
……君が私に相応しき存在かどうか確かめるためさ」
「そんなことのために人を石にするっていうのか?」
「その通り。それが俺の使命なのだからね」
私は必死に抵抗するが、どんどん石になっていく。
「やめろ! 」
「無駄だよ。人避けの魔法によって私以外ここに入ることが出来ないようになっている」
「うぅ……」
全身が灰色に染まっていく。
私はふと恐怖で涙を流しているのに気づいた。
ああ、これが“敗北”という奴なのか。
屈辱という感情が心から沸き上がってくる。
やっと、やっと私は……負ける事が出来たんだ。
「安心するといい。俺が君の主人となり、一生面倒を見ようじゃないか」
「嫌ぁ!!」
私が思わず腕を振り下ろすと、拳が目の前の男に当たり、顔面を血潮に染めた。
「あっ」
地面に倒れた男はぴくりとも動かない。
絶命、すなわち死んでいる。
人の命は儚い。
「なんかモヤモヤするーーーー!!!」
この男の思惑は一体何だったのだろうか。
それは一生聞けぬ謎のまま、私は石化した身体の石を払いながら、
宿屋へと向かった。
……その夜、
食べたシチューの味はなんだか少ししょっぱかった。
敗北を求める私の冒険は、まだまだ続きそうだ。