傷心魔王の異世界グルメ
我は魔王。
残念ながら、勇者に負けてしまった世界の魔王だ。
我は勇者に負けて傷ついた自身の心の傷を癒すため次元を超え、放浪の旅に出ていた。
※
「……のどかだ」
転移の門を超えて数時間後、我は異世界”エクスリム”のとある村へ辿りついていた。
ここ異世界はモンスターも弱く、魔王を脅かす者も存在しない。
今はドワーフやエルフなどを中心に多種族が文化的な生活をし、牧歌的に暮らしているようだ。
どこかの人間種とは違い、戦争とも無縁な非常に平和な世界と言える。
ふむ、我の傷を癒すにはこんな世界こそ相応ふさわしい。
我は部下の魔族から貰った、異世界旅行情報誌”じゃがん”を手にしながら、よさげな店を探す。
しばらく歩くと、新緑に塗まみれた看板屋根が見えてきた。
大衆食堂”シャンティ”。
……ほう、樹木が尋常じゃないくらい生えている。
一見廃墟にも見えるが、よく見ればきちんと管理されている類の植物たちで、店の主人のこだわりが感じられる。我は自然を大切にする精神は嫌いではない。
……む、この食欲をそそる匂いは。
カレーだ。
しかも我の大好きなスパイスをふんだんに使ったタイプ。
嗅いでるだけでお腹が空いてきた。
よし、今日はここで食事をすることにしよう。
「すみません」
我はドアを開け、食堂の中に入っていった。
時間は昼前だが……店はガラガラだった。
「はいよ~」
店の奥から主人がのっそりと出てきた。
なんと、頭頂部に樹木が生えている。
まさかファッション面まで自然派とは恐れ入った。
「ああ、これ?……僕たちそういう種族なんだ。
”樹人”って言うんだけど、魔族のお兄さんは知らない感じ?」
つい主人の頭部に生える木をじっと見つめてしまっていた。
……いかんいかん、今の我はあくまでもごく一般的な魔族の旅人。
業に入れば郷に従え、という諺の通り、礼儀は大事にしていかなければ。
「いえ、立派な松の木だなと思いまして」
「どうもありがとう、お兄さん良い人だね」
どうやらエントという種族は植物に並々ならぬこだわりがあるらしい。
店の内装も沢山の花で作られたポプリが壁に掛けられ、天井の梁は蔦で覆われている。用意されたテーブルやスツールも丸太をそのまま切り出しただけという徹底ぶりだ。
「今ちょうど仕込みを終えたところなんだ、今から開店するとこだから、良かったら食べてってね」
我が会釈すると、彼は奥へと引っ込んでいった。
我が丸太のスツールに腰かけると、桜の木が頭部に生えた店員が冷水の入ったコップとメニュー表を持ってきた。
「ご注文決まりましたら、お呼びください」
我がコップとメニュー表を受け取ると、店員はすぐに行ってしまった。
「はい、2名様ですね、こちらの席にどうぞ~」
どうやら他の客も昼時に合わせてやってきているようだ。
ここが繁盛して無い店だというわけではないようで安心した。
コップには桜の花びらが一枚浮いていた。
これが髪の毛だったら即クレーム案件だが、不思議と花びらだと雅に思えてくる。
我は気にせずコップの冷水を飲みながら、使い古されたメニュー表を覗いた。
……ふむ。想像通り、どうやらここはスパイスカレーをメインとしている店らしい。
バターチキン、サグ、キーマ。色んな種類のカレーがメニューに書いてある。
その中でも我は一際目に付くメニューを発見した。
”ドラゴンの肝臓のカレー”。
なんと、こんな大衆食堂でドラゴンだと?
我すら食べた事のない高級食材がこんな手頃な値段で食べられるなんて一体どういう事だ?
……うむ、非常に気になるが……。
お腹の虫はガッツリと肉カレーが良いと言っている。
……よし、物は試しだ。
我は手を挙げて店員を呼ぶと、注文をする。
「すみません。このドラゴンの肝臓のカレーをお願いします。付け合わせはナンで。
後、ドリンクはマンゴーラッシーで」
「かしこまりました」
注文を受けた店員は奥へと引っ込んでいった。
……それにしてもドラゴンか。
我もドラゴンを従えて一国の姫を攫ったりしたことはあるが、食べるとなると初めての体験だ。
強靭な鱗で覆われていて、硬そうな部位しかなさそうだが、一体どんな味がするのだろう。
しばらくすると、注文した料理が運ばれてきた。
綺麗に磨かれた木皿にナンとカレーが盛られている。
……これがドラゴンの肝臓のカレー?
一見は普通のスパイスカレーにしか見えない。
茶色いルーに絡まった肝臓らしき物体を我はスプーンで取り出し、眺める。
……ドラゴンの肝臓にしては随分小ぶりな気がするが。
「シェフを呼んでくれ!」
我は好奇心に負けて、ついつい店主を呼んだ。
聞いた桜の木の店員が恐る恐る店の奥まで呼びに行くと、先程の店主が現れた。
「これは本当にドラゴンの肝臓なのか?」
我がそう言うと、店主は笑いながら答える。
「まさか本物なわけないじゃないですか、これはいわゆる”赤隠元豆”ですよ」
なるほど、つまりこれは豆カレーか。
個人的にはドラゴン肉の気分だったのだが……何だか少し拍子抜けしたぞ。
「竜の肝臓というブランドのインゲン豆を使ったカレーなんです。
僕の店オリジナルのスパイスと一緒になれば、味は肉にも負けませんよ」
見るからにがっかりした顔をしていたのか、店主が料理に補足を入れた。
我は無礼な態度を取ったことを店主に軽く頭を下げて謝ると、木製のカトラリーの中からスプーンを手に持った。
「いただきます」
我は作ってくれた本人に失礼のないよう手を合わせ、そのカレーをスプーンで掬って一口食べる。
……旨い。
スパイスカレーは一般的にはコクが無いという弱点があるが、それをこの大粒の豆がうまくフォローしている。口の中でホロホロと溶け、豆本来の甘みが口いっぱいに広がり、スパイスの尖った辛さを和らげている。そして決して辛くないわけではない、後味がまさに火を吹く竜の如く燃えるようだ。その辛さが食欲をさらに増進させていく。
……次にナンに付けて食べてみよう。
……とても合う、最高の組み合わせだ。
これは何枚でも食べられる奴である。
我はあっという間にカレーとナンを平らげてしまった。
辛みで熱くなった舌をマンゴーラッシーで潤す……これもまた心地いい。
美味しいを超えて、心地いいになるのは良い料理の証だ。
我は改めて店主への非礼を詫び、「ご馳走様でした」と答え、店を出ていった。
「ふう、お腹いっぱいだ」
こういう店のナンは大抵デカい。
しかしそれをペロリと平らげられてしまうポテンシャルがあのスパイスカレーにはあった。
ドラゴンの肝臓カレー、恐るべし。
「ここのカレーは中毒性がありますな!」
「あまりの辛さに私の頭も山火事になりましたぞ!」
ふふ、エントの客たちが店の前で不謹慎な事を話しているな。
まあ不謹慎なネタを笑いに出来るのは平和な証拠なのだろう。
我は何時ぞやの焼き払った村の事を思い出しながら、満足して帰っていった。




