一人暮らしの流儀
今年の冬は……寒い。
今年”も”と言った方が妥当だろうか。
というかこの寒さだと動くのも面倒くさい。
このエアコンの利いた部屋と炬燵から一ミリたりとも自分は動きたくない。
(……現代人特有の怠惰の極み)
点けっぱなしのテレビからバラエティ番組の笑い声が部屋に響き渡っている。
決して興味があって見ているわけでは無いが、昨晩からずっと常に電源を入れている状態だ。
腹が減った。
しかし買いに行くのは面倒くさい。だるい。
一日くらいメシを食わなくても人は死なぬ。
なんて事を言うと他の社畜諸氏には白い目で見られるだろうが、実際そうなのだから仕方ない。
何故なら今日は1年の中でも怠惰になってよいと言われている期間中のお休みの日なのだからだ。
(まあでも……腹が減ったら休息も出来ぬ……)
むくりと起き上がり、出前を頼もうとスマホを手に取る。
しかし手の中のものは真っ暗でなんの反応も返さない。
「充電切れか……」
ちょうど炬燵から届かない長さの充電ケーブルを買った自分が悪いのだが……それを買いに行くのすら憚られたのだ。
そうだ、この寒さが全て悪い。
テレビを点けているのにスマホの動画を優先して見るという訳の分からないことをしているのも、全てこの寒さが悪い。
僕は悪くない。日本の法律に怠惰は違法なんて法律が無いのが悪い。
仕方ないのでゴロンと寝転んでテレビを見ることにする。
ちょうど大晦日の夜のこの時間帯は紅白歌合戦をしているし、CMも多い時間帯なので腹が減っても問題はあるまい。
時刻はそろそろ23時になろうかとしている。
さて、大晦日もそろそろ終わりである。
「……」
いいのか俺?年越しそば位は用意してもいいんじゃないか?
思えば家族と一緒に暮らしていたころはいつも親が用意してくれていた。
社会人になって一人暮らしを始めて今、その家族のありがたみを感じる。
しかし今年も例によって自室に引き籠ったまま年を越すのだと思うとなんともやるせない気持ちになった。
そろそろ外に出るべきではなかろうか……と焦る気持ちが募っていく。
(うーん。明日こそ……初詣にでも)
そんなこんな考え事をしながらぼーっと過ごしている間に23:50になってしまった。
『さあ皆さん!そろそろカウントダウンですよー!』
「え?マジで?」
ぼーっと考え事をしていたらいつの間にか紅白も終わりカウントダウンが始まっていた。
さらにごろごろと過ごし、数分後。
時刻は1月1日、0時5分。
「……やっちまったな」
と一人呟く。
ここまで何の感慨も無く、年を越した奴がいただろうか。
「……いや、正月明けまで休みだし……まだ20代だし……」
などと言い訳しつつも自分への情けなさからソワソワしてしまう。
なぜこのタイミングで自分は部屋にいるのか。そしてこのテレビに映っている人間はなぜ年をまたいで仕事をしているのか。
正直なんでこの人たちが働いている時に僕は家でぬくぬくしているのかという思いと、逆に働いている彼らに対して申し訳ないなという感情が溢れてきたので、ついにこの空気に耐えられなくなった。
「しゃああああああい!?」
炬燵から勢いよく飛び出す。
まるで新種の鳥のような声が部屋に響いたが、これくらいの気合がなければこの温暖天国から出る事は難しい。
「作るぞ!正月飯!」
謎のジャンルを勝手に作り、俺は勢いよく冷蔵庫を開けた。
そう、買いに行くのがめんどくさければ作ればいいのだ。
料理のスキルは人並みだが、俺には暇なときに見続けていた色んな料理動画の知識がある。
並み程度の舌を持つ一人分を満足させるだけの料理は作れるだろう。……多分大丈夫だ、多分。何とかなる。
「さて……冷蔵庫の中身は……」
俺は冷蔵庫の中を物色する。
まず目についたのは、昨日の残りの唐揚げだ。これは多分レンジで温め直したら美味いだろう。
まず一品。
次に目に付いたのはパックに入ってる納豆と梅干しだ。
これらはどうやって調理しても変なことにはならないだろう。
なんならそのまま食えなくもない。
とりあえず食卓に乗せておこう。
「あと……飲み物と、ビールもあったら最高だが……」
そう呟いて缶ビールを探すと、幸運なことに一本だけ残っていた。
からあげ、納豆、梅干し。そしてビール。
個人的には酒のつまみというよりかは主食的なのを食べたい気分なのだが。
よし、もっと食いでのあるものを探す必要があるな。
米を今から炊飯器で炊くのは最低でも40分はかかるため、論外だ。
もっと手早く腹を満たしたい。
何か米に代わる主食になりうるものがあれば……。
そう祈りながら、俺はさらに冷蔵庫の奥を探る。
すると、
そこには何やら白くて四角いものがあった。
それは……豆腐だ。
(おっとぉ……?)
なんだか知らんが豆腐が冷蔵庫の一番奥の方に置かれていた。
どう考えても豆腐だけでは腹を満たす事はできない。
だが、それでも何かこう……物語が始まりそうな予感を感じてしまった。
きっとここに豆腐が置いてあるということは何か意味があるはずだ。
豆腐は湯豆腐としても食べられるし、納豆を乗せて食べても良いだろう。
……そういえば。
ふと動画サイトで見た海外の料理動画を思い出す。
”フムス”という洋画でよく見る白っぽい謎のペースト状の料理だ。
あの、海外の学校の食堂のおばちゃん的な人が並ぶ生徒のお皿に雑にのぺっと乗せてるやつっていったら分かるだろうか。
あまりフムス自体に詳しいわけではないが、ああいう食べられ方をしているという事は主食足り得るものなんじゃないか?
自分の中の様々な余計な知識が交錯する中、俺は好奇心のままパッションで料理を作ってみることにした。
「よし……やってみるか……ジャパニーズフムス……!」
謎の料理名を口走りながら、俺は鍋を片手に取り、サラダ油を入れて火にかけた。
その間に先程の唐揚げを取り出して、電子レンジに入れる。あとは適当に500Wで3分温めるだけだ。
(あとビールは……これはまあそのままでいいか)
と思いながら、とりあえず食卓に乗せる。
ついでに豆腐も用意して、熱したサラダ油の上に投下、潰しながらペースト状にしていく。
(たしかフムスはひよこ豆を原料としたって動画で言ってたような……、豆腐も元は大豆だから似たようなものだな!)
ちょっと海外っぽい要素を足すため、チューブニンニクとオリーブオイル(一回買ってほとんど使ってなかった)とレモン汁、ごま油を加え、さらに混ぜ合わせていく。
(油要素はたっぷりだが、このままじゃ……塩気が足りないよな……味付けは……塩コショウで良いのか?)
恐る恐る塩コショウを振る。
日本人的には醤油をかけたいところだが、それだと湯豆腐に寄ってしまうのは明白なので、今回は我慢する。
しばらくして三分経ったのでレンジから唐揚げを取り出し皿に盛り付ける。
「さて……この豆腐ペーストも……まあこんなもんだろう」
出来上がったものを小鉢に移してみると、確かにどことなく動画で見たフムスのような色合いになっていた。
味見をしてみると……豆腐本来の甘みにニンニクのパンチが加わっており、なかなかイケる。
これが正解なのかは分からないが、塩分も思った以上に足りていていい感じだ。
(よしよし。意外といいかもしれん)
最後に、梅干しと納豆をそれぞれ別の器に移してテーブルへ。
「完成だ――正月即席宴会洋画の飯!」
手抜きなのか本格派なのかよくわからないメニューが揃ったが、まぁそれなりに栄養バランスは取れている気がする。
ビールもキンキンに冷えたものを用意して……よし!
「乾杯! 遅れましたけど新年おめでとうございます! 俺!!」
一人で缶を持ち上げて、誰も見ていないのをいいことに少々オーバーアクションで祝杯を挙げる。
まずは唐揚げを一口。サクッとした衣の感触と共に鶏肉のジューシーな旨味が広がる。
ごく一般的な冷凍食品だが、日々企業努力を怠らない食品メーカーには感謝せざるを得ない。
続いて、フムス?を唐揚げにつけて食べてみる。
(……これは!?)
唐揚げの油分とフムス?の油分が口内に恐ろしいほど広がる。
「……重ッ!」
思わず唸ってしまった。もちろん不味いわけではない。むしろ美味い。だが油が油を呼んでいる。
一口目で脳が"これはやばいヤツ"と判断したのか、胃袋がズシンと急速に警戒態勢に入ったのを感じる。
「しかし止まらぬ! それが若さだ!」
自分に言い聞かせるように叫びつつ、もう一口。二口。ビールを流し込む。
あぁ、なぜか罪悪感が背徳感に変わる瞬間だ。
「よし……次は納豆と梅干しで口直しを……」
梅肉を加えた納豆に醤油を垂らし、かき混ぜる。
ふと気づく。そういえば納豆にはキムチとかも合うと聞いたことがあるな…… 冷蔵庫を漁ると小袋のキムチを発見。
キムチ、お前がここにいたのはこういう時のためだったのか。
「天才の閃きとしか言いようがない……」
梅肉納豆にキムチを投入し、かき混ぜる。辛味と旨みが倍増し、食欲を刺激する。
試しにフムス?を少しだけ添えて食べると……
「こ……これは!」
油のベタつきがキムチと梅の酸味で中和され、新たな領域へ踏み込んだような感覚。悪魔的だ。
「おいおい、もう箸が止まらねえよ!」
こうして深夜0時半過ぎ、独りの部屋で誰にも邪魔されることなく俺の“即席正月宴会”は続いた。
テレビからは朝方向けの静かな音楽番組が流れ始めている。
結局、すべて平らげたあとに襲ってきたのは圧倒的な満腹感と……ほんの少しの賢者タイム。
「……なんかすげぇ良い夢が見れそうな気がしてきた」
空腹を満たした安堵感と若干の後悔、そして満足感。混沌とした感情に包まれながら、俺は布団に潜り込んだ。
明日は、いや今日こそは……きっと初詣に行こう、行けばいいんだ、行けるはずだ……と考えながら、いつの間にか意識が遠のいていた。
……今年の初夢は海外留学した豆腐が愉快な仲間たちと共に陽気にビデオレターを送って来た内容だった。




