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短編集/feat.AI  作者: トミタミト/feat.AI
23/26

ぬいぐるみ

雨上がりの午後にぴったりな珈琲の香りが路地に流れている。

古めかしくもどこか懐かしい雰囲気の喫茶店にて、品のある口髭をたくわえた店のマスターが戸棚にぬいぐるみを飾っていた。


「……ここに置きましょうか」


思い切って脱サラをしてこの店を始めて早数10年。

決して流行りの店のように物凄く売れ行きが良いというわけでは無いが、付いてくれた常連のお陰で、今では安定した生活を送らせてもらっている。

そして私は趣味で近くのゲームセンターに通っており、そこで手に入れた”ぬいぐるみ”を飾るのが日課となっていた。


「~♪」


私は上機嫌に鼻歌を歌いながら、コーヒーミルを挽く。


「……?」


その途中、窓の外に人影を見つけた。

大きな背格好の男と、ぼさぼさとした髪質の金髪の子供。

どちらも衣服は薄汚れ、その目はハイエナのような鋭い目つきをしていた。


……お客さんだろうか?

この店に入るのを考えている最中なのだとしたら、話しかけるのも忍びない。

私はマスターとして店内で構えるだけの話だ。


しばらくしてその二人組は玄関の目の前までやってきていた。

男の方は物色するように辺りを見回し、子供の方はぬいぐるみの方だけををじっと見つめている。

ここまで近づいてきたら流石に挨拶しないと失礼だと思い、私は作業を切り上げて、ガラス越しに男に話しかける。


「お二人様ですか?」


「……」


男は終始無言だ。しかし子供の方は先に店に入って行ってしまった。

一目散に子供はぬいぐるみの棚の方へと走っていく。


「よろしければゆっくりしていきませんか?」


「……」


私の声に対し、しばらくして男は無言で店内に入り、どかっとカウンターの椅子へ座った。

接客業な以上、ぶっきらぼうな客は別に初めてではないので私は特段気にせず、カウンターへと戻る。


子供の方は落ち着きなく、声を上げ続けていた。


「ねえ、ぬいぐるみがいっぱいあるよ!」


男は子供の方を一瞥するだけで何も答えない。


「お客様、ご注文は?」


私は柔らかく笑って答える。


「……アイスコーヒー」


男が低く呟いた。

私は小さく頷き、後ろを振り向きながら、冷蔵庫から氷を取り出した。

グラスに砕いた氷を入れる音が店内に響く。

子供はまだ興奮気味にぬいぐるみを指さしながら、「あのこ可愛い!」と叫んでいるようだ。


「お待たせしました」

 

私はアイスコーヒーを男の前に置いた。

黒い液体がグラスの中で揺れ、氷がカラリと鳴る。

男は一度だけそれを覗き込んだ後、静かに口をつけた。


子供の方は、カウンター越しに身を乗り出して私の顔をじっと見つめてきた。


「ねえ、これ触ってもいい?」


彼女は三つ編みの女の子のぬいぐるみを指さす。

思えばこの時から嫌な予感はしていたのだろうか。


「すみません、貴重品ですので」


「やだー!触りたい!」


子供は駄々を捏ねていると、男が低く言った。


「おい、帰るぞ」


子供は驚いたような顔で振り返ったが、男はもう立ち上がっていた。

グラスの中には半分ほど残ったアイスコーヒー。

男は無造作にポケットを探り、一枚の紙幣を取り出すとカウンターの上に置いた。


「釣りはいらん」


「困ります、お釣りを返しますからしばらくお待ちください」


そう言った瞬間。


いつの間にかカウンターに忍び込んでいた子供が、ぬいぐるみを担いだまま、外へと飛び出していった。


「あ、ちょっと!」


私は急いで子供を追いかける。

幸い子供の足の速度なので数百メートルほど先ですぐに追いつくことができた。

私はぬいぐるみに手を掛け、小さな背中に声をかける。


「ほら、返しなさい。そのぬいぐるみはうちのものだから」


しかし、子供は強く握りしめて離さない。

それどころか、こちらを睨みつけてきた。


「いいじゃん、別に!」


「ダメだよ」


そう諭すように言うと子供は急に泣き始めた。


「だって……」


涙をぽろぽろ流しながら、必死に訴えてくる。


「……そんなに欲しかったなら盗まなくてもプレゼントしてあげたのに」


私はぬいぐるみに付いた土埃を払い、子供に押し返した。


「だけどね、欲しくても盗むのは絶対駄目。おじさんとの約束だ、分かった?」


「……」


子供はこちらを睨みつけ続けている。

一体どんな苦労をしてきたらこんな眼をすることが出来るんだろうと、私は悲しくなってしまった。


「さあ、お父さんの所へ戻ろう」


私は子供の手を引き、喫茶店へと戻っていく。

店内に残されていたのは、氷が完全に溶け切ったアイスコーヒーと、


「……やられた」


破壊され、中身を抜き取られたレジスターだけだった。




※※※※




被害届を出した次の日、喫茶店に複数人の警察官がやってきた。

鑑識が壊れたレジスターを調べる横で、私は刑事と話す。


「あなたが店長ですね、犯人の目撃情報を聞きたいので、昨日あった出来事を詳しく教えていただけますか?」


私が昨日の男と子供の話をすると、ご愁傷さまですと刑事は頭を下げてくれた。


「最近は物騒な事件も多いですからね……窃盗犯の男は今日の朝、逮捕したのでご安心ください」


「それは良かったです」


「しかし子供の方が未だ行方知れずでして……見かけましたら警察まで連絡お願い致します」


「はい、分かりました」


ひとしきり捜査が終わり、警察官が去った後、私はため息をしながら、椅子に深々と腰掛けた。


「……とんだ災難でした」


ふと視線を移し、私は鞄から新しいぬいぐるみを取り出し、戸棚に飾ることにした。


「まあ、新しいコレクションが手に入ったのでよしとしましょう」


私は洗濯機からぬいぐるみを取り出した。

そのぬいぐるみは、ぼさぼさとした金色の毛並みで、瞳はインクで滲み、まるで泣きながらこちらを睨みつけているかのようだった。


「私の趣味は誰にも、邪魔させません」


私は小奇麗になった飾ったぬいぐるみの頭を撫でて、満足げに微笑んだ。

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