派遣隊ジャー
『誰でもヒーローになれる』
そんな怪しい広告に面白半分で応募した俺は今、深夜と呼べる時間に郊外にある倉庫に呼び出されていた。
以前に送られてきた指示通りに倉庫に入ると、目の前にはずらりとスーツが何着も置いてあった。
『さあ、選ばれし者よ。今こそスーツを着て、悪を退治するんだ』
スマホに送られたメッセージに仰々しい文章が流れてくる。
俺はキョロキョロと周囲を見渡した。俺以外にこの倉庫には誰もいない。
目の前にはルーレット?のような機械が置いてある。
比較的狭い部屋の真ん中に鎮座している。
いかにも朝の番組に出てきそうな造形のものだ。
『君の役割はこの機械で決められるよ。君のパーソナルカラーとなる”色”。
そして君に適した”職業”が割り当てられるんだ』
俺は警戒しながら、ルーレットのレバーをガチャリと下げた。
能天気な音楽に合わせて、図面が回転し、しばらくして止まった。
『今日から君の名前はスカイブルー・ハッカーだ』
ルーレットが止まった先には「青空」という文字と、「ハッカー」という文字が浮かび上がっていた。
しばらくして空色の作業服風のスーツが貨物用レーンによって運ばれてくる。
袖口にはハッカー感を出すための不自然な配線が見えた。
俺はやっぱり赤の器じゃないのかと残念がりながら、いそいそとスーツに着替える。
『今日の任務は既に送信されている。
仲間と現地で合流し、ミッションを遂行するのだ』
俺はスマホ画面に目を落とした。
『ミッション:都内某所での違法ダウンロード集団の摘発と当サーバの破壊』
「……噂は本当だったのか」
俺は倉庫から出て、指示通りに目的地へと向かう事にした。
※
この国で政権崩壊が起きて数か月。
我が国は事実上の無政府状態となり、犯罪率が大幅に上昇していた。
略奪や強盗など当たり前となりつつある世の中で、秘密裏に”ヒーロー”というプロジェクトを行っている団体がある。
俺はそれを聞きつけてやってきたのであった。
「やぁ、スカイブルーくん。今日はよろしく」
指定された場所に向かうとそこには3人の男女がいた。
「私はブラック・プロフェッサーだ」
白衣姿に黒いスーツを着た中年の男が自己紹介をする。
「あたしはレッド・ファイヤー!」
火のマークをプリントしたスーツを着た女性が言う。
「ボクはグリーン・ショルダーです」
緑色の肩幅の大きなスーツを装備した背の低い男性が言った。
それぞれ自分のスーツを見てみると色とりどりのコスチュームを身に纏っていることがわかる。
「俺は……スカイブルー……ハッカーです。
……本日はよろしくお願いします」
なんとなく釈然としないまま自己紹介を行う。
正直言って大の大人がこんなコスプレみたいな恰好をして真面目に相手と話すのが、かなり恥ずかしかったので仕方がないだろう。
……まあ、これも国の為なのだから我慢するとしよう。
「全員揃ったようだし早速始めましょうかね~♪」
そう言ってレッド・ファイヤーさんがこちらに向かってくる。
やはり赤がリーダー格らしい。
その顔立ちは顔を隠すマスク越しでも整っていてとても美しいと思った。
それにスタイルもいいようだし……。
彼女が近づいてきて握手を求められるような感じだったので手を差し出すことにした。
彼女の柔らかい指先に触れるとドキドキしてしまう自分がいることに気が付く……。
(いや何考えてんの自分!?)
慌てて思考を振り払うように頭を振る。
「スカイブルー・ハッカー君はまだ新米だから僕がサポートしましょう」
どきまぎしているとグリーン・ショルダー君が声をかけてくれた。
彼は身長こそ人権の無さそうな体格をしているが、どうやら性格は良いようだ。
「まずは現場に乗り込みますよ」
ブラック・プロフェッサーさんは黒色のワゴン車を用意してくれていた。
安心と安全を自負している、ごく一般的な国産車だ。
「……なんかもっとすごいメカ的なのは無いんですか?」
「金欠だからこの仕事を受けているんだ、そんな余裕はない」
ワゴン車の後部座席に窮屈に座りながら、俺たちは現場に向かった。
※
目的地についた頃にはすでに深夜になっていた。
繁華街を挟んだ先にあるこの路地はしんと静まり返っている。
このストリートは多くの犯罪者の巣窟となり、人が意図的に避ける犯罪スポットである。
路地の外では未だに多くの人々が行き交っており楽しそうに会話をしたり食事をしたりする姿が見えた。
皆がそれを見えないものとして扱う、この路地はまさに日常に隠れる闇と言えるだろう。
「それでは打ち合わせ通りに行動開始よ!」
先頭を率いているのはリーダーであるレッド・ファイヤーさんだ。
その自信満々の行動は、打ち合わせなんてした覚えは無いなんて言えない雰囲気を出していた。
彼女は手慣れた手つきで、目的地の雑居ビルに火炎瓶を投げ込む。
「レッド!ムカ着火ファイヤー!」
今考えたのかと思えるくらいの適当な技名を叫んだと思うと、火炎瓶の発破により雑居ビルのドアは吹き飛んでいった。
「流石私!こっそりセルフスタンドからガソリンを拝借してきたかいがあったわ!」
俺はその言葉に疑問を持ちつつも、他のメンバーたちが雑居ビルに入っていくのを確認してから、後に続いた。
雑居ビルの中は、煙臭く黒い煤が視界を遮っている。
どうやらレッド・ファイヤーさんが投げ込んだのはただの火炎瓶ではなかったようだ。
「……うっ……げほっ!げほぉ!!」
煙の中からは咳き込む声が聞こえてきた。
どうやら建物の中にいる奴らが炙り出てきたらしい。
「おらぁ!!誰や!!!」
さらに別の声が聞こえてくる。
おそらくこの騒動を聞きつけた輩達だろう。
ぞろぞろと奥の部屋から目の前に現れてきた。
「おとなしく投降しなさい!抵抗すれば痛い目に遭いますよ」
「グリーン!ショルダータックルー!」
レッド・ファイヤーさんが啖呵を切った後、輩の目の前に飛び込んできたのは豊満な肉塊だった。
グリーン・ショルダー君は自慢の体重を駆使して敵に向かっていく。
敵は次々と壁に叩きつけられ、そのまま倒れていく。
「ちょっとちょっと!私の出番がなくなっちゃうじゃない!!」
レッド・ファイヤーさんがグリーン・ショルダー君の尻を蹴り上げた。
グリーン・ショルダー君はむっとして彼女に反抗する。
「なにすんだ、お前もいつもの女たちのようにぶつかってやろうか?」
いつもの女たちのように……?
俺が疑問に思っているのもつかの間、
「おい貴様!よくもやりやがったな!」
「おんどりゃあ!」「ぶち殺すぞ!」
怒号と共に敵が拳銃を取り出し一斉に発砲してきた。
「ちょっ!ちょっとそれは無理だってぇー!!」
慌てふためきながらグリーン・ショルダー君は逃げる。
俺もそれに続くようにして走るが敵の放った弾丸が左腕を掠めた。
「ぐぅっ……!」
痛みを感じるものの我慢できないほどではなかったため俺はそのまま走り続ける事にした。
「きゃああああああ!!」
「ひえぇぇぇ!助けてくれー!」
次第に後方にいる2人の悲鳴が聞こえてくる。
彼らは無事なのか心配になったが今は気にかけている暇はないようだった。
「チッ……スモークスクリィィィィム!!」
ブラック・プロフェッサーさんが投げた薬瓶が発火し、突然煙幕のようなものが張られた。
先程までの煙とは異なり、化学薬品の調合によって出来たそれは視界が非常に悪い。
「どこだ!?」
敵は何とか撃ち続けようとあちらこちらに銃口を向けている。
……チャンスだ!
俺は近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げると敵に向かって思い切り振りかぶる。
ガンッ! 鋭い金属音と共に命中したことを確認すると、続けざまにもう一回。
「がはっ!……ぐわっ!」
「おらぁぁ!」
頭部を殴打する。
バゴォォン!! という大きな鈍い音とともに血飛沫が飛び散った。
「うげぇっ!」
敵は悶絶している様子であった。
俺はそのまま敵の顎を蹴り飛ばしてやった。
「ぐへぇっ!」
完全に戦意喪失している敵に対して俺は追い討ちをかけるべく懐に潜り込み渾身の一撃をお見舞いする。
「死ねクズ野郎!!」
ドゴッ!!
「ぎゃああ!!」
断末魔の叫び。
……しばらくして煙が晴れていく。
目の前には血みどろで倒れている輩たちがいた。
どうやらここにやってきた輩たちは全て始末できたようだ。
「中々やるじゃないか、新人」
ブラック・プロフェッサーさんは俺の肩を叩き、激励する。
「スカイブルー君。大丈夫でしたか?」
「うん。問題ないよ。みんなの方は?」
「はい。こちらも特に怪我などはありません」
レッド・ファイヤーさんもグリーン・ショルダー君も何ともなさそうだ。
3人共元気そうなので安心した。
「さて、今回の目的のブツを探すとするか」
そう言いながらブラック・プロフェッサーさんは奥の部屋へと進んでいく。
「お宝部屋はどこかな〜?」
レッド・ファイヤーさんはウキウキしながら辺りを見回している。
さっきまで命の取り合いをしていたのに、この落ち着きよう。
どうやらこの人たちにとってはこれはただのお楽しみでしかないらしい。
俺は今になってスーツに付いた返り血を見て、体の震えが止まらなくなっていた。
「……次第に慣れるさ」
ブラック・プロフェッサーさんの言葉を聞き流しながら、俺は彼らについていくことしか出来なかった。
……しばらくしてそれらしき部屋を発見し、中に突入する。
人の気配はしなかった。
「とりあえず、電源確保」
グリーン・ショルダーが部屋の明かりを点けた。
「なんだこれ?」
部屋全体がまるで何かの制御室のようになっており、沢山のコンピュータが並んでいる。
奥にはサーバールームのようなものが見える。
「……あれだね。例のサーバーってのは」
ブラック・プロフェッサーさんが奥の扉を開けるとそこには大型のメインフレームが設置されていた。
「なるほどねぇ〜」
グリーン・ショルダー君が納得するようにうなずく。
「これがあの違法ファイル配布サイトの管理場所ですか……」
「あの人のあんなデータやこんなデータも……ここでは好き放題ってわけさ、ぐふふ」
グリーン・ショルダー君の下種な反応を無視して、俺は興味深げに設置された機械を眺める。
どんな機密情報も収録しているとされる裏サイト。
噂にこそ聞いていたが、まさかこんな辺鄙な場所を本拠地にしていたなんて思わなかった。
「それじゃあさっそくハッキングを開始して貰いましょうか」
ブラック・プロフェッサーさんは俺に向かって言い放つ。
「了解しました」
俺はそう答え、端末を操作し始めた。
……自慢ではないが俺は少しだけパソコン関連には明るい。
それを見抜いてスカイブルー・ハッカーなんて名付けられたのだとすれば、個人情報保護法なんて全く守られていないんだなと俺は自嘲する。
(……本当にこれでいいんだろうか……)
見たこともない暗号だったが、今更出来ないなんて言い訳出来ない。
知っている記憶だけをたよりに不安になりながらも俺はコマンドを打ち込んでいく。
「…………」
皆が固唾を呑んで見守っている中で俺は淡々と作業を続けて行く。
「…………!」
キーを押す度に緊張感が増していく気がした。
そしてついに最後のコードを書き終えた時、
「よしっ!これで完了だ!」
違法サーバーは完全に削除された。
俺は大きく伸びをした。皆の安堵と祝福の声が聞こえる。
「すごいです!」
「中々やるではないか」
「流石だぜ!」
俺が求めていたヒーロー活動というのは、こういうものだったのかもしれない。
俺は改めて人に感謝される気持ち良さを噛みしめていた。
「―――!」
……突然外から大きなパトカーの音が聞こえてきた。
今や政府に信頼など無いので警察はヒーロー活動の邪魔をする存在でしかないというのが共通認識だ。
急いで逃げないと……非常にまずいことになる。
「大変!見つかっちゃったみたい!」
レッド・ファイヤーさんが焦燥に駆られた表情で叫んだ。
「スカイブルー君!逃げるんだ!」
ブラック・プロフェッサーさんが叫ぶ。
「分かりました!」
俺は急いでサーバー室を飛び出して廊下に出る。
警察による「投降しなさい」という電子的な警告が複数回鳴った後、ビルの周囲が包囲されていく。
「おい!どうなってんだよ!」
グリーン・ショルダー君が窓から警察を覗こうとした瞬間。
「―――」
鋭い発砲音と共にグリーン・ショルダー君の眉間が撃ち抜かれた。
「え?」
レッド・ファイヤーさんが驚愕の声を上げる。
グリーン・ショルダー君はそのまま床に倒れ込んだ。
「なんで!?どうして!?」
グリーン・ショルダー君は血を流し、ぴくりとも動かない。
目撃したレッド・ファイヤーさんがさらにパニックになり、悲鳴をあげる。
「降伏しろ!」
そして突入してきた警察官たちがレッド・ファイヤーさんに銃を構えた。
「レッド・ファイヤーさん!危ない!」
ブラック・プロフェッサーさんが咄嵯に彼女を庇うように覆いかぶさる。
「ブラック・プロフェッサーさん!」
レッド・ファイヤーさんの泣き叫ぶ声。
彼の腹部には穴が空いておりそこから血が流れ出ている。
「うぅ……ぐすっ……」
レッド・ファイヤーさんは涙ぐんでいる。
「スカイブルー君……早く逃げてくれ……」
「でも!」
「いいから行け!」
銃撃を浴びるブラック・プロフェッサーの声を聞いた瞬間、俺は覚悟を決めてその場から立ち去った。
「わ、私は女よ!……な、何よ、その顔……!許してよ……ねえ……いいことしてあげるから……どうか命だけは……!」
後方から、乾いた銃声とレッド・ファイヤーさんの断末魔が聞こえた。
(ちくしょう!ちくしょう!!)
俺はただひたすらに走ることしかできなかった。
俺は混乱の中、スーツを脱いで一般人を装うと、何とか逃げ出すことが出来た。
※
「はぁ……はぁ……」
息切れしながらも何とかスーツ倉庫まで辿り着くことができた。
……ヒーロー活動は正しい行いでは無かったのか?
そんな疑問を抱きながらも今はとにかく休まなければいけないと思い近くの椅子に腰掛ける。
疲れ切った身体に鞭打つようにして俺は水筒に入ったお茶を飲んだ。
(これからどうすればいいんだろう)
途方に暮れてしまったところに、目の前に白色のスーツの男が現れた。
「僕はホワイト・ポリス!その左腕の傷、現場に置かれていたスーツの傷と一致すると断定した!
よって今から正義の名のもとにお前を処刑する!」
俺は逃げられたわけではなく、アジトを突き止めるために泳がされていたのだと気付くころには、
「待ってく………」
もう遅かった。




