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短編集/feat.AI  作者: トミタミト/feat.AI
20/26

思イ霊

――いつからだろう、この通りが何の変哲もない灰色に変わったのは。


子供の頃に映っていた瞳には様々な色があった。

通りを彩る店々のショウ・ウィンドウに飾られていたマネキンやトルソー、或いはおもちゃ屋に飾られた流行りの玩具たち。

彼等は確かに生きており、当時孤独だった僕を目と耳と感触による実感を得て、楽しませてくれたものだ。

だが今現在、今こうして改めて眺めてみると、そのマネキンや玩具もただの木偶でしかない。

地方縮小により寂れゆく、商店街の成れの果て。

見飽きたものと、さらに見飽きたもの、見飽きたものが連なる灰色。


将来の悪い事ばかりが頭に浮かぶ。

……幼き頃の空想を失い、すっかり嫌な大人になってしまったみたいだ。


「暇つぶしには、なったか」


そう呟くと、再び歩き始め、商店街を後にした。



――数日後。

僕は世間的にはまだ高校生と言う立場にいる。

僕の通う学校は中高一貫の私立校。

コネや裏金ばかりの中学受験さえパスすれば、後はエスカレーター式に登ることが出来る、目的地の決まった旅路だ。

その為、日々の努力を怠り、毎日を虚無に過ごす僕のような人間も出てくるわけだ。


……まあそんな事はどうでもいい。

とにかく、僕は今日も今日とて授業を右から左へ聞き流しながら放課後を今か今かと待っていた。

放課後何をするわけでもないが、少なくとも退屈な教師の鞭撻べんたつを聞くよりはましであるからだ。


「では、今日はここまで」


そんな担任の言葉と同時に、僕は席を立つと教室を後にしようとした。

ワイヤレス式のカナル型イヤホンを耳に差し、クラシックを聴きながら帰宅する。

それが毎日自分の世界に入る為のルーティンとなっていた。


「ねえ、知ってる~?」


そんな僕を呼び止める声があった。

正確には僕に向けられたものでは無いが、呼び止められたのは確かだ。


……クラスメイトの石神萌音いしがみもねだ。

彼女はこのクラスでも比較的人気者であり、場を支配することに長けたムードメーカーであったと記憶している。


「これ、見てよ」


彼女はいつもスマホで気になった画像やニュースを見せて、相手の興味を引く。

それはごく一般的な手法ではあるが、常に話題を欲している暇な学生たちにはピッタリである。


「何々……思い出の霊?……石神ちゃん、こういうのほんと好きだね」


友人たちから呆れられた様子で見つめられるが、石神はお構いなくスマートフォンを相手の方に突き出して語り始める。

彼女の口から出る話は余計な情報が多いため、僕が情報を整理しよう。


『思イ霊』


――この商店街通りは本来水難事故を理由に埋め立てられた場所である。

その湖では逢魔が時、つまり夕暮れになると過去に失った思い出の人物と出会える。

そんな伝承があったが、今ではすっかり忘れ去られてしまった。


彼女は僕が三行で解説できることを数十分も語り続け、周囲をいつの間にか魅了していた。

どうやら話術というのは効率で計ってはいけないらしい。


相馬そうま君も興味あるの?」


意識の外から突然、石神萌音が話しかけてきた。

彼女の話を背中越しに聞いていたのを勘付かれたのだろう。

僕は音の鳴っていないワイヤレスイヤホンを付けたまま、彼女の方を振り向く。


「面白い話だと思いましてね、オカルトなんて信じてはいませんが」


僕の対応がぶっきらぼうに聞こえたのか、石神は明らかにむっとした態度をして、僕の方を見る。


「ふぅ~ん。……じゃあさ!今度の休日に皆で行ってみない?

駄目で元々でさ……本当だったらすごいじゃん!」


「僕は遠慮させていただきます。用事があるので」


それだけ告げると、僕は鞄を持つと教室を後にした。

用事など別にありはしないが、それを嘘だと否定し止める人間はこの場にはいない。


「……相馬君、昔はもっと笑顔が絶えない人だったけど最近何かあったのかな?」


僕の事など目に暮れず、いつもの雰囲気を取り戻す教室で石神は心配そうに廊下を見つめていた。

……彼女は僕の幼馴染だ。

といってもそんなに仲の良かった覚えは無いが、彼女の方は僕の事をよく知っているらしい。


そういえば人に名前を呼ばれたのも久しぶりな気がするな。


相馬透そうまとおる


彼女に呼ばれたそれが、僕の名だ。



何をするわけでもなく、ぶらぶらと商店街を歩く。

自宅までの帰路にはここを通らない方が近道なのだが、高校生になってから僕はえらく遠回りすることを気に入っている。


何故なら、ここは人が居ないから。


郊外に大型スーパーが何店舗も出来たり、最近ではネット通販も盛んであるため、こうした地方の商店街はすっかり寂れてしまっていた。

人が全くいないなんてことは無いだろうが、まるで世界に取り残されたと錯覚するほどである。


僕は正直言って”人”が嫌いだ。

なのでなるべく人と避ける生活を心がけている。

勿論後ろめたい事をしているわけではない。

わざわざ息苦しい生き方をしている正当な理由を述べよと言われても難しい。

しいて言うならば、仲良くすることが当たり前、お互い気を遣って同然という社会に疲れてしまったのかもしれない。

それならば僕という存在を抹消してもよいのかもしれないが、それなりに人との関わりがなければ生きていけない矮小な者であると自覚している以上、自殺をするような真似はできない。


……僕が死んだところで世の中は何も変わりはしないだろうけれど。


「……」


しかし夕方と言う時間帯もあってか、商店街にはちらほらと主婦や家族連れが行き交う。

彼等にとっては幸せな日常なのだろうが、孤独である僕にとっては少々の窮屈さを感じていた。


……そろそろ帰ろうかな。

そう思い、商店街の出口の方に向かった時だった。


僕の目に一人の少女が写った。


腰ほどまで伸びた黒髪に雪のように白い肌。

このご時世珍しい着物姿はどこか時代錯誤を感じさせながらも、彼女の纏った空気感によってしっくりときている。


僕は何故かその光景をずっと見続けていたいと思い、彼女に釘付けになってしまっていた。

不意に視線を感じたのか少女は僕の方を見て首を傾げる。


「?」


僕は異変に気付く。

先程までいた人だかりは消え、異様なまでの無音に包まれていたからだ。

夕暮れの黄色がかった朱色が建物に照れされ、まるで黄泉の国にでも来てしまったかのような錯覚すらした。


無論、そんな訳はない。

ここは現実だ。

僕は意識を集中させながら、じっと彼女を見つめ続けていた。


……。


彼女は依然としてそこに立ち尽くしており、どうしたものかと悩んでいるようであった。


……声を掛けてみようか。

彼女の佇まいを見る限り、迷子のように見えなくもない。

普段はこんな事は絶対しないが、何故か彼女にはそうしてあげるべきだと思えたからだ。


「あのー……」


僕は静かに、そして驚かせないように話しかけるが彼女はまるで幽霊にでも出会ったかのように目を見開いた。

彼女の方が幽霊らしい恰好だと思うのだが……と失礼な事を思いながら、会話を続ける。


「ええっと……」


瞬きをした瞬間に彼女は消えてしまった。


「……」


一体何だったんだ。

全身に冷や汗をかきながら、僕は立ち尽くす。

夕暮れ時の商店街の時は再び静かに動き始めていた。


「どうしたの?こんなところで立ち尽くして」


青ざめた顔をして突っ立っている僕に、石神萌音が話しかけてきた。


「……もしかして体調悪い?……うち、近くだから久々に寄ってきなよ」


僕は額に流れる汗を拭い、普段は聞くはずもない提案に同意するため、静かに頷いた。



「見たんだ」


事の詳細を聞いた石神の目は明らかに輝いていた。


「ほら、やっぱりいたでしょ。思イ霊」


石神はそう言って畳から立ち上がる。

子供の頃の記憶と変わらない彼女の実家である八百屋の一室。

四畳半ほどの和室で、昔ながらの家具やちゃぶ台が今でも現役のようだ。

高校生となった今では少し手狭にも思うが、ノスタルジーを感じるには丁度いいサイズ感である。


「あれ?リモコン知らない?」


僕なんか知るはずもない情報なのになぜ僕に確認する。

彼女はキョロキョロとリモコンを探しながら辺りを見渡す。

この家に生まれ育ったであろう彼女が何処にあるか把握していないのがそもそもおかしな話である。


「妖怪の仕業ね」


「……そろそろ帰ります」


僕が立ち上がろうとすると石神は僕の袖を掴む。


「いや、駄目だよ。君には聞きたいことが山ほどあるんだから」


彼女は笑顔でいうが、有無を言わせぬ威圧感がある。

僕が困惑していると彼女は満面の笑みで告げた。


「思イ霊の正体に心当たりは?」


「……思イ霊と決まったわけでは」


「絶対そうだって。……で、何か思い出せないの?」


僕はしばらく思考を巡らせ、首を横に振った。

あんな日本人形のような人物に心当たりはない。

あの生気のない顔を今思い出しても、少し血の気が引く。


「……そうか~。もしかして思イ霊とは関係ないガチの心霊現象だったり?」


……それはそれで生きた心地がしない。


「さて。次は私の番ね」


「……どういう意味です?」


その言葉に僕はしかめっ面をするが、彼女は無視して続ける。


「私も思イ霊に会ってみたい!だって相馬だけずるいじゃん!

……だから、次の日の夕方にまたここに集合ね」


「嫌です」


「なら、勝手についていくだけでいいから!

どうせ帰り道にこの商店街を通るでしょ!ね!お願い!」


どうやら石神はどうしても心霊現象に会ってみたいらしい。

前々から変な人間だと思っていたが、ここまでぶっ飛んだ人物だとは思わなかった。

僕は「勝手にしてくれ」と言い、部屋から出ていった。


僕が石神の実家から出ていくのを、他の生徒が目撃したのを視界の端に捕らえた。

何だかすごく盛り上がっていた気がする。

……どいつもこいつも好き勝手に噂を広めやがって、これだから僕の人嫌いが加速するんだ。



……後日。

早朝は商店街を通らずに帰ろうかなと真っ先に思ったが、放課後にはすっかりその事を忘れてしまっていて、いつものルーティンでやってきてしまっていた。

僕は心の中で後悔しながら、後ろでばれないように追跡していると思い込んでいる石神に呆れながら、歩みを進める。


「……」


「……」


僕はついにしびれを切らし、後ろを振り向いて、石神を睨み付けた。


「あ、バレたか」


「教室から出ていく時から、ずっとバレバレですよ。

……あまり僕の人生に土足で踏み込んでこないでくれますか」


「それは約束できないかな~、私、裸足で人の家に上がり込むのが大好きなんで」


なんて悪質な奴だと僕はドン引きしても、彼女は悪びれもしない様子だ。

僕がどれだけ文句を言ったところで彼女の行動は止まりそうにない。

仕方なく、深く溜め息を吐きながら二人で商店街の通りを歩み進める。


「ねえ……」


商店街のちょうど真ん中あたりに差し掛かったところだろうか。

僕が振り返ると彼女は眉をしかめて僕の事を見つめている。


「……何かありました?」


「いや……」


彼女は少し困ったような顔を浮かべ、僕の問いかけに指を指して答える。


目の前には人影があった。

比較的高身長の中年男性が見えている。


その顔を見て、石神は思わず涙をこぼす。


「……父ちゃん?」


僕の前に現れた男は石神の、事故で死ぬ前の父親に似ていた。


……これは幻覚だろうか。

目の前の男は僕の方をじっと見て微笑んでいる。

幻覚というにはあまりにも、実体を帯びていた。


「父ちゃん!!」


泣き叫びながら彼女は父親に抱き着こうとする。

しかし触れた瞬間、電流が走ったかのような衝撃が走り、彼女は転び、父親は消えていった。


「何で!なんで……っ!」


嗚咽しながら涙を流し続ける彼女を慰めることすらできない僕は彼女を慰めるように手を繋いだ。

彼女は何も言わずにただ鼻をすすって、立ち上がった。


「……ごめん、ちょっと取り乱した」


僕は無理もないと首を横に振る。


「噂はホントだったんだ」


冷静さを取り戻した石神は涙を拭い、鼻を啜りながら呟いた。


「……また、同じ状況だ」


僕は周囲を見渡すと、商店街に夕暮れが完全に覆い、また時が止まったかと錯覚するような空間になっていた。

しかし、昨日と違う点が一個あった。

それは商店街全体が明るく、活気があったからだ。


「……今日、何かお祭りでもあったっけ?」


彼女の言葉に僕はすぐに首を横に振って否定する。

異様なほど装飾されたネオン看板と、巨大なバルーン、そして爆音で流れる民謡の音。

それらすべてが自分たちは全く別の世界に来てしまったのだと、直感的に理解できた。


「ようこそ、いらっしゃい!」


マネキンやおもちゃの人形がひとりでに動き回り、僕たちを歓迎する。


「何ですかここ……」


僕の問いかけに石神は無視して答えない。

ただぼうっと上を見つめていた。

……見上げるとそこには大きな提灯があり、僕たちを優しく照らしていた。


「ここが、思イ霊の本拠地なんじゃないの?」


僕の疑問に遅れて彼女は曖昧に答える。

確かにそう考えるのが自然だが、確証があるわけではない。


「私は何も怖くない……むしろ楽しい!

ずっとこんな非日常な世界を求めてた!」


そう言って彼女は堂々と歩き出す。

僕はその後ろ姿を追いかけた。


「おい!」


彼女は走り出した。

……何だか嫌な予感がする。


「お菓子だぞー!」


僕たちは声のするほうに向かう。

大きな腕を模したパペットが宣伝するそこには沢山のお菓子があった。

クッキーにチョコレート、キャンディーやマシュマロ。

どれもこれも美味しそうなお菓子ばかりだ。


「うわぁ……すごぉ……」


思わず見とれていると、


「全部食べてもいいぞ!お客さんにはサービスだ!」


そう言われた途端に我慢できなくなったのか石神は早速手を伸ばしていた。


「美味しい!」


石神は恍惚とした表情で言い、ハムスターのように口いっぱいにお菓子を詰め込む。


「最高……」


しばらくして満腹になり、その場にへたりこむ。


「……何やってるんですか」


石神の様子がなんだかおかしい。

まるで幼児にでも戻ったかのようだ。

僕の言葉に石神は反応せず、さっきからずっと上の空でいる。

石神はそのまま地面に倒れ込んでしまった。

慌てて起こそうとするが、石神は力なく寝ころんで心から微笑んでいた。


「……私、ここに来たことある」


「え?」


突然の言葉に僕は固まる。


「私ね小さいころに父ちゃんと一緒に来たことがあるんだけど……何で忘れてたんだろう……」


「覚えてないんですか」


彼女は首肯すると、そのまま幸せそうに眠ってしまった。

僕は眠っている彼女をおんぶして、商店街を歩いていく。

”人”は誰もいなかった。

ただあるのは”物”たちによる活気のみ。

その不気味さに不安を覚えつつも、僕は先に進むことにした。


「……」


僕が商店街の出口に向かっていると、そこには一人の少女がいた。

黒く長い髪に病的なまでに白い肌を持ち佇むその姿は、僕が出会った霊そのものだった。


「貴方はこの世界の住人なんですね」


僕の言葉に少女は頷く。


「石神は父ちゃんと一緒に……と言っていました。

つまりここは死後の世界と仮定しますが、それで合ってますか?」


そう答えると少女は頷いた。


「僕たちは死んでしまったんですか?」


僕の質問に対して少女は首を横に振り、彼女を指差した。


「……彼女は違う」


はっきりとそう言った。

彼女”は”違う。

……僕はその言葉の意味を受け止め、着物の少女に問う。


「では、僕は石神を出口まで送ります。……それでいいですか?」


少女はゆっくりと頷き、僕は深く眠っている彼女をおんぶしたまま、前へ歩いていった。



「……」


私は公園のベンチで目を覚ました。

いつの間にかこんなところで眠ってしまったのだろうか?

……記憶があやふやになっている。

そうだ、あれからどうしたんだっけ……・


私は辺りを見回していると、隣に日本人形を見つけた。


「あなたが連れてきてくれたの?」


私は尋ねても、彼女は何も答えない。

そりゃ人形だし、当たり前なのだが。

その瞬間、懐かしさと共に安堵が訪れた。

なぜだか分からないけれど……彼女と一緒にいるととても安心できる。

それに……なんだか胸の奥底がポカポカするというか……。


「私を助けてくれてありがとう」


私はそう言って……近くの祠に人形を仕舞って、帰った。



「思イ霊には会えた?」


学校の放課後。

友人の問いかけに私は答える。


「会えたよ、相馬君と一緒に行ってさ。父さんにも会えたし、死後の商店街も満喫したよ」


「そうなんだ~」


空返事をされても、私はにこりと笑う。

その様子にクラスメイトはいつも通り一線を敷きつつも反応する。


私は裏でクラスメイトに”嘘つき少女”と呼ばれている事を知っている。

何でも過去の事故で父親を亡くすほどの大怪我を負った結果、おかしくなってしまった人物……というのが世間の評価らしい。

……私はこの世界の真実を探求しているだけなのに、彼らたちこそ変な人たちだと思うね。

相馬君なんて人物も存在しないなんて、彼らこそ平気で私を傷つかせる嘘もつくんだもの。


……これじゃあ、私の”人嫌い”もさらに加速しちゃうよ。


ただでさえ、今のこの世界は灰色なのだから。

ちょっとくらい色を自分で着けてもいいじゃない?


私は目の前の相馬くんにそう告げると、ワイヤレスイヤホンを付けて、自分の世界に没入し、いつもの商店街を歩いていくのだった。

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