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短編集/feat.AI  作者: トミタミト/feat.AI
17/26

メール

この春、少しは名の知れた企業に新卒採用された僕は今、会社のデスクで頭を抱えて悩んでいた。

「この仕事のレポートを数日までにまとめておいてくれ」

パソコンのメールの内容にはこう記載されていた。

この数か月で大体の職場の雰囲気は理解しており、この上司は割と人に頼みがちだという事も重々承知の上での仕事内容だったが……。

……最近はあまりにもやる気が起きない。

これが俗に言う五月病という奴なのだろうか。

暫くして、僕は名案を思い付く。


――そうだ、AIに書かせてしまおう。


最近大学のレポートをAIで書いて問題になったというニュースを見た事を思い出した。

きっとこの仕事はそんな重要なやり取りではないし、最近のAIの精度ならきっとばれないだろう。

そんな簡単な言い訳を心の中で思いつつ、僕はAIを起動し、メール画面を開く。

メールの内容は今後の会社の方針について考えてほしいという旨が書かれていた。

そんなの新卒の僕に言われても知らんがなと、僕はコーヒーを啜りながら、キーボードを叩き、AIに返事の指示を出す。

AIはあっという間に上司への返事の文章を考えてくれた。

内容はこうだ。


『本日はあいにくの雨ですね。もうすぐ夏だというのにこんなに雨が降っては、洗濯も乾かず困ってしまいますね。この様なジメジメとした日には、どんよりとした気分になってしまいますが、そんな時は、美味しいカレーでも食べてリフレッシュしてはどうでしょうか? 私は最近インドカレーに凝っているのですが、なんと! そのお店ではナンを注文すると食べ放題というサービスをしておりまして……』


「おい」


僕は思わずパソコンのAIに声をかける。


「なんだこれは?」


こんなもの会社の方針でも何でもない。

ただの世間話である。少なくとも会社のメール内容という畏まった場にそぐわないものであろう。

僕はもう一度「頼むぞ」と誰も聞いていない社内のオフィスでAIを起動する。

あっという間にメール内容が形成されていく。

……内容はこうだ。


『本日はあいにくの雨ですね。もうすぐ夏だというのにこんなに雨が降っては、洗濯も乾かず困ってしまいますね。この様なジメジメとした日には、どんよりとした気分になってしまいますが、そんな時は、美味しいカレーでも食べてリフレッシュしてはどうでしょうか? 私は最近インドカレーに凝っているのですが、なんと! そのお店ではナンを注文すると食べ放題というサービスをしておりまして……』


「だからなんだこれは?」


僕はまたしてもコーヒーを啜りながらAIに声をかける。

……こいつカレーの話しかしやがらねえ。

最近のAIってのは食いしん坊なのか?

気が付くと、もうすぐ昼休憩の時間が迫っていた。

僕の貴重な休み時間をこんなくだらない事で取られるわけにはいかない。

僕はメール画面の送信ボタンを押し、知らないふりをして職場から出ていった。


「そうだな……今日はカレーでも食べるか」



私はこの少しは名の知れた職場で働く会社員だ。

数十年前にこの会社に入り、妻子にも恵まれ、今となっては様々なプロジェクトを任されているベテラン社員である。

忙しい時はどうしても部下に頼らざるを得ないが、これが会社の在り方なのだと個人的には思っている。

最近はパワハラだのなんだのうるさいので、ほどほどにしているが。

昼休憩の後、私はデスクについて日課となっている社内メールを確認する。

部下の新卒に頼んだレポートが返ってきていた。

ふむふむ、昨日言ったばかりなのに仕事が早いな。

最近の若い子はどうとか偉い人は言うけど、普通に優秀な子ばかりじゃないか。


メールの内容を確認しようとするが、他にも山のように部下たちからのメールが来ていた。

……これだけ多くの内容をいちいち確認するのは非常に面倒だと思い、思わずパソコンから目を背けてしまう。

私は会社での安定した地位を得ると同時にある種のマンネリを感じていたのだ。

ギラギラとした雰囲気で就活に臨み、期待の新人として尖っていた時の姿はもはや過去のもので、今となっては毎日同じような出来事の繰り返し。

それが幸せだという人もいるだろうが、少し苦痛を感じてしまっている自分がいた。

……これが五月病というやつなのだろうか。

私はペン回しをしながら、妙案を思いつく。


そうだ、AIに任せよう。


最近AIというものが世間に出来たというニュースを見た事がある。

何か権利関係がどうとか問題になっていた気がするけど、きっとこれくらいの小規模な職場での出来事ならきっとバレることは無いだろう。

私はインターネットで調べると、それっぽいアプリを起動し、届いたメールを自動返信するように設定しておいた。

……素晴らしい、これで面倒事のひとつが無くなった。

科学の進歩に万歳。私は余った時間を有意義に使うため、パソコンでソリティアを起動し、遊び始めた。



お昼過ぎ、僕は満腹で満足しながら、社内メールのソフトを開くと、先程のメールの返信が来ていた。

こんなに早く返ってくるなんて思わなかったので、僕は焦って椅子に座り直す。

あんたは慣れているからすぐに仕事を終わらせられるでしょうけど、少しは慣れてない新卒の事も考えてほしい。

そんな口には避けても言えないことを考えながら、僕はメールの内容を確認する。

そういえば時間に追われた結果、変な内容のメールを送った気がする。


メールの本文はこう綴られていた。


『本日はあいにくの雨ですね。もうすぐ夏だというのにこんなに雨が降っては、洗濯も乾かず困ってしまいますね。この様なジメジメとした日には、どんよりとした気分になってしまいますが、そんな時は、美味しいカレーでも食べてリフレッシュしてはどうでしょうか? 私は最近インドカレーに凝っているのですが、なんと! そのお店ではナンを注文すると食べ放題というサービスをしておりまして……』


全く仕事と関係ない僕が送った内容だ。

……もしかして怒られるかも?

この文章に対する返信内容はこうだ。


『カレーですか、なるほど。カレーの魅力はやはりスパイスによる複雑な風味と辛さの絶妙なバランスがその味わいを特徴づけます。インド料理に限らず、日本独自のカレーや各国の伝統的なカレーなど、多様なバリエーションがあります。カレーは世界中で愛され、多くの国や地域で独自の発展を遂げてきました。例えば、日本のカレーは独自のスパイスブレンドや食材の組み合わせにより、他の国のカレーとは異なる個性を表現しています。一方でインドのカレーは、地域ごとに異なるスパイスの使い方や調理法によって、多彩な味わいを楽しむことができます。他にもタイやマレーシアのカレーは、ココナ……』


カレーに対する豆知識が延々と書かれていた。

あの堅物な上司がこんなにカレーに情熱を持っている人だとは知らなかった。

……って違う違う。仕事の話をするのに全く話題が反れてしまっている。

もしかして上司は僕に気を遣って合わせてくれたのかもしれない。

最近は同僚もパワハラがどうとか言っていたし、気にしていたのかも?

そう考えたら、何だか申し訳ない気持ちになった。


僕はもう一度真面目に社内メールを考えることにした。

……それにしても、今後の会社の方針か。

僕は持ちうる頭脳を総動員させた結果、……内容をAIに考えてもらうことにした。


「会社の方針についての内容を考えてください、と」


そうAIに打ち込んだ内容がこれだ。


『最近の傾向として、サステナビリティ(持続可能性)を重視した経営戦略が広まっています。特に環境問題や社会貢献に焦点を当てた取り組みが注目されています。また、テクノロジーの進化に対応するためのデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進も重要です。クラウドコンピューティングや人工知能(AI)の活用により、業務プロセスの効率化や新たなサービスの開発が進んでいます。さらに、働き方改革やダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包括性)を重視した人材戦略も重要なテーマとなっています。これにより、社員のエンゲージメントを高めつつ、組織のイノベーションを促進する取り組みが進められています。また、グローバル化やデジタル経済の拡大に伴い、海外市場への展開やオンラインビジネスの強化も注目される傾向にあります。これらの要素を取り入れつつ、企業は自社のビジョンとミッションに合わせた戦略的な施策を打ち出し、持続的で競争力のある成長を目指すことが求められています。』


……なんかものすごい文字数のメールができた。

AIはこんな難しい文章を数秒でまとめあげたのかと感心した。

……でも待てよ。こんな内容の文章が本当に僕が考えた内容にしていいのか?

あまりにも僕の知能からかけ離れすぎているこれを提出することを僕は躊躇っていた。

僕は会社に貢献したいとかは思っておらず、ただ自分の生活の為に働いているだけであって、そんな壮大な企業の方向性やビジョンを決めるのは流石にやりすぎではないか?

まあでも……これで上司から褒められたらそれはそれでいいか。

そんな軽い気持ちで、僕は返信ボタンを押した。

数日後に届く返信の内容が気になりつつも、僕は仕事に戻る事にした。


僕が背伸びをしてすぐ、メールの返事は送って数秒後に帰って来た。

早っ!上司はどれだけキーボードのタイピングが早いんだ。

僕は恐る恐るメールの返信を覗く。


その内容はこうだ。


『なるほど! さすが私の見込んだ優秀な社員だ。今すぐ君に仕事を振った甲斐があるというものだ。次のプロジェクトの内容を考えよう。……ところで話は変わるが、君はインドカレーに凝っているというが、私は先日、タイカレーを食べに行ったのだよ。……いやーあれは美味しかった。ココナッツミルクとハーブを使った独特の風味がたまらなくてね。もしよかったら今度一緒に行かないか? 割引券を貰っているんだがどうかね?』


「カレーの話はいいって!!」


僕は思わず周りの社員の注目を集めてしまい、慌ててキーボードを打つ。

上司は一体どういうつもりなんだろうか。

何だか今後上司から話しかけられるたびにカレーの話が出てくる気がした。

とりあえず上司を説得する為に僕はカレーの話題は適当に流し、「カレーではなく会社の事について聞かせてください」という内容で返信した。

上司は一体どう返してくるか少し不安になりながらメール画面を閉じた。


返事は送って数秒で届いた。

だから早いって!?

指が20本くらい付いてるのか!?

僕は恐る恐るメールの内容を確認する。


『なるほどなるほど! 君は本当に真面目で優秀な社員だな。そういえば君は今時珍しく社内恋愛をしているそうじゃないか。私にはあまりそんな事をする暇は無かったので羨ましい限りだよ。私の時分は会社の事ばかりで恋人を作ったりする暇なんてなかったからね。彼女と仲良くしているかね?』


「いやカレーの話題から飛躍しすぎだろ!!!!」


僕はまたしても周囲の視線を集める。


……え?何で上司が僕が彼女と一緒に住んでいることを知ってるんだ?

まさか彼女と上司に何か接点が……?


僕は急いで非番で家にいる彼女に電話を掛けるが、なかなか出ない。

どこかに出かけているだけだと良いが、言いようのない不安と焦りが募る。

とりあえず僕は「そんなことより仕事の話をしましょう」とメールを送り、上司がどんな反応をするかを待つことにした。


数秒後、僕の予想通りメールは光の速さで帰ってきた。

僕は深呼吸をし、冷静を装う。僕は彼女の居場所を特定できていない焦りで頭がいっぱいだった。しかしメール内容はこうだった。


『仕事の話ばかりでは疲れるだろう。たまには息抜きも必要だぞ。今度一緒にナンパでもしないか? 遠出して隣町まで行ってみるのも良い。良いストレス発散になるぞ』


上司の思わぬ提案に思わずため息が出た。


「倫理観ゼロか!?」


僕は再度返信をしようとした瞬間、彼女からの着信が入った。


「ごめんね、ちょっと友達と話してて、着信に気づかなかったの」


彼女の声を聞き安心したが、上司とのやりとりに苛立ちを感じ始めていた。


「もういい加減にしてください。仕事に集中してください」


上司にはそう送り返したものの、内心は動揺していた。こんなやりとりで本当に仕事の方向性を決めていけるのか?

まさか上司がこんな人だったなんて、と一種の落胆も感じていた。


数秒後、メールが返ってきた。


『君がそこまで言うのなら仕方ない。私も少し真面目な話をしようか。

実は最近妻が構ってくれなくてね、寂しい思いをしているんだ。こんな私でも何か役に立てる事があれば言ってくれ』


「……上司の奥さんが構わない理由とか興味無いんだけど!?」


思わず天井を見上げて笑い飛ばした。


「いやもういいです。あなたとはもう話すことはありません」


最後にそう送ってメールを閉じた。


「……まあ、上司がこうなら僕も真面目に仕事する必要無いか」


結局僕は諦めて、トイレに行くことにした。


「仕事は順調かね?」


目の前の廊下からトイレから戻って来たであろう上司と鉢合わせした。

ん?この人、さっきまで僕とメールのやりとりをしていたんじゃ?

と疑問に思い、僕は自分がしてきたことと合わせて、上司と話し合うことにした。



「ははは、すまんすまん。まさかこんな変なやり取りになっていたなんて。

やっぱり高性能なAIとはいえ、まだまだ人間の確認が必要だね」


「……本当、びっくりしましたよ。まあ一番最初に悪知恵を働かせたのは僕ですけど。

……すみませんでした」


「構わないよ、私も悪かったね」


僕と上司は二人で廊下で笑い合う。

すると偶然通りかかった社長秘書に話しかけられた。


「お二人とも、一件落着みたいな雰囲気を出してらっしゃいますけど……この妙なメール内容は社長に筒抜けですよ?」


二人の表情が石のように固まる。

どうやら僕たちは共犯のようだ。

僕たち二人は社長室で長い説教を受けることになるのだろうか。

覚悟をして職場に戻ると、社長からメールが上司のパソコンに届いていた。

僕たちを恐る恐るメールの内容を開く。


『素晴らしい内容です。今後の社内方針はカレーと不倫にしましょう。

……社内掲示板にも張り出しますが、どうでしょうか?』


「いいわけあるかーーーーーー!!!」


僕たちは必死で廊下を走り、社長室まで向かう。

社長室の重厚なドアを開け、僕たちは土下座する。


「すみません!おふざけが過ぎました!」


「社長!どうかお許しを!」


……。


返事はない。


僕たちは人の気配が無い事に気づき、顔を上げる。

目の前にはパソコンだけが置かれており、AIがメール内容を自動返信していた。

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