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短編集/feat.AI  作者: トミタミト/feat.AI
13/25

紫煙

双眸を閉じているはずの私の視界には、紫煙が広がっていた。

その紫煙は瞬く間に濃くなり続け、辺りを覆っていく。


背中にべとりとした嫌な感触がし、搔きむしりたくなるほどの不快感が襲う。

身体はまるで操り人形にでもなったかのように動かない。

その液体が自身から流れ出ていくものだと気付いた時には既に遅かった。

声を出そうにもゴボゴボと喉奥から音が漏れるだけで、より息苦しくなるだけだった。


意識が朦朧とし、目の前の紫煙はゆっくりと暗い色調になっていく。

私はこの紫煙の中で息絶えようとしていた。


※※※※※※


気が付くと私は自分の部屋に立っていた。

昨日の夜には寝室の布団にくるまっていたはずだったのだが、何故か私はリビングのテーブルの前にいたのだ。

時計をちらりと確認する。

――午前2時。

まだ起床するには些か早い時間だろう。

窓の外も未だ宵闇が広がっている。

寝ぼけてここまで来てしまったのだろうか?

私は再び眠りにつこうと暗闇の中、壁に手をつきながら、自分の寝室へと歩き始める。

「……え?」

到着すると、私は木屑や砂埃の感触を足先で感じた。

目を凝らすと木製の板張りはカビだらけとなり、ドアノブは赤錆に塗れている姿が見える。

私の寝室はこんなにひどく劣化していただろうか?


……寝ぼけて家すら間違えたのか?

そう思い、私は再度ドアの外を確認するがやはり自分の部屋で間違いない。

私は違和感を感じつつ、恐る恐るドアを開ける。

ドアノブに触った瞬間、湿気でうっすら濡れる感触がした。

「うっ」

ドアを開けた瞬間、生暖かい熱波が自身の身体を吹き抜け、私は思わず身震いする。

いつもの寝室にはないはずの、いや、あってはならない匂いが私の鼻腔を刺激したからだ。

それは何かが燃えた臭いだった。

私はこの臭いを知っている。

……焼香。

真っ先に思った感想がそれだった。

葬式などで使われるごく一般的なものだ。

当然部屋にそんな臭いのする消臭剤など置いてはいない。


視界にはギラギラとした黄白色の光が並んでいた。

古びた提灯が白壁の窪みに等間隔で並んでいる。

これだけの数を揃えると、目が眩むほどの光量になるなんて初めて知った。

……よく見ると、その光の中には鯉のような魚が泳いでいる。


訳も分からず、私は辺りを見回す。

好奇心のまま歩を進めると、いつの間にか出入口は無くなっていた。


我ながら不可思議な夢を見るものだとこの時は思っていた。

夢だと分かっていれば突拍子の無い出来事でも何となく心に余裕を持てるものだ。

人は災害などが起こっても、一瞬それが何か分からず日常を保とうとする。

確かそんな心理学の専門用語があったはずだ。

……正常性バイアスだったか?

私はその言葉を頭で反芻しながら先へ進む。


石畳を踏み鳴らしながら下り坂を降りると、正面奥には水墨画で描いたような立派な山門がそびえ立っていた。

その山門には提灯が左右に3つずつぶら下がっており、まるで私を迎え入れるかのように光を放っている。

山門の奥は鬱蒼とした草木が生い茂り、その先に何があるか目視する事はできない。

私は吸い込まれるようにその光に導かれ、歩みを進める。


そして、とうとう山門をくぐり抜け、大通りのような場所へと辿りついた。

赤を基調とした外装の家が所狭しと並び、山門でも見た提灯が屋根伝いに吊り下げられている。

道の真ん中には通行の邪魔になるのではと思うくらいの机や椅子が、雑然と置かれていた。

机には現実で見た事も無い料理がこれでもかと並んでおり、陶器の容れ物には彼岸花が飾られている。

そこで暗い影のような生物が、意地汚い咀嚼音を立てながら、見た事も無い料理をか細い腕で手掴み、食べていた。

家の周辺は溝川で囲まれ、お世辞にも清潔とは言い難いが、不思議と私はその光景に目が離せずにいた。


……何かのお祭り。

第一印象はそう感じた。

暗い影の生物の腹は、食事が通るたびにでっぷりと越えていく。

隣を歩く私などに目をくれず、彼らはひたすら食事を続けている。


衛生的に私は無理だと思っていたが、その光景を見ると、何だか無性にお腹が空いてきた。

……私も一口食べてみようと目の前の桃のような果物を手に取ってみる。

果肉から芋虫のようなものが沸いたのが見えたので、すぐにそれを投げ捨てた。


暫く歩き、大通りを抜けると、一軒の平屋に辿り着いた。

――その家の表札には、全く読めない文字が筆で書かれている。

「ここは……。」

私がそう呟くと、玄関がガチャリと開き、中から綺麗な女性が現れた。

「あら? 御飯が足りなかったかしら?」

女性は微笑んでそう言った。

……着物が良く似合う見ず知らずの女性だ。

私の記憶にはこんな美しい女性はいないはずだ。

「あの……。」

ここは一体どこだ、私がそう声を掛けようとすると、女性は微笑んで言った。

「食欲が無いの?」

女性は少し寂しそうな表情を見せるが、私はその答えに窮してしまう。

「あ、いえ、そういう訳では……。」

そんな私の反応を見てか、彼女はクスクスと笑う。

そして後ろに下がって、しばらくした後、私に向かってゆっくりと何かを差し出した。


「……さぁ、どうぞ」

……麦飯だ。

先ほどの料理と違い、一見変哲は無いように見える。

少し触れた彼女の手は柔らかく、とても温かかく。

……そして、ごわごわとした獣毛の感触がした。


即ち、女人の手でない何かだ。

女性の着物の袖が捲れると、それはより露わとなり、


「どうしたの?」


襖の影には大蜘蛛の姿が映し出されていた。

私は驚き、手を振り払うと、そのまま逃げるようにその場を去った。


息を切らしながら、下り坂を降りていくと、私は自分の身体の違和感に気づいた。

片手があの影たちのように暗くなってきている。

このまま私の彼らの仲間になってしまうのだろうか。


こんな悪趣味で下らない夢なら覚めてくれ。

そう思い、思い切り目を瞑り、力をいれる。



……。

…………………………。

夢から覚めない。

私はこの異様な雰囲気に恐怖心を抱き始める。

仕方なく、再び目を開けてみると、周囲は一変していた。

そこは真っ暗闇の中だった。

光源など微塵もなく、黒で塗りつぶされているかのようだった。

よく見ると、地面がぼんやりと緑色に発光しているのが見える。

「……花?」

私は周囲を見渡した結果、自分が草むらの中に座り込んでいる事に気付いた。

鬱蒼と生い茂った草むらは、私の体を覆い隠し、ぼんやりと発光する花に照らされていた。


私はこの状況を一旦整理する事にした。

……まず初めに私は自分の部屋からこの世界に来て、山門を通り、大通りのような場所に出た後、一軒の家に行き、女性から麦飯を食わされそうになった。

そして、その家から出た後にこの草むらに辿り着いたのだ。


……いやそもそも夢なのか?

それとも本当に死後の世界なのだろうか?

私は自分の頬を思い切り抓るが、痛いだけで何も起こらない。

「……夢じゃない?」

いや、そんなはずは無い。

こんな現実離れした事が起こる訳がない。

「そうだ! これは夢だ!」

そんな私の言葉などお構いなしに草むらの向こうから何かがやってくる気配がする。

それはガサガサと音を立てながらこちらに近づいていた。

私は咄嗟に立ち上がり、その気配から離れるようにその場を後にした。


……暗闇の中をひたすら歩く。

眼が慣れてくると、ここはトンネルの中だという事に気が付いた。

道幅がどんどん狭くなり、何だか息苦しい気もする。

しかし元来た道に戻ろうという気もせず、不思議な花の緑色だけが照らすトンネルを私は進み続けた。

何時間経っただろうか? ようやく出口が見えてきた。

トンネルを抜けると、そこには海が広がっていた。


黄昏時の夕焼け空と黒砂が印象的なその海岸には、ボロボロの旗印がいくつも連なっており、もやもやとした魂のようなものが辺りを漂っていた。

潮風は生温く、まるで怪物の胃の中にでもいるのではないかとさえ錯覚する。

「うっ……」

一つの魂が私の顔面を通り抜け、思わず身体を捩らせてしまった。

耳孔に小蠅でも入り込んだような嫌な音が響き、頭を振ってそれを克服しようとする。

鼻の粘膜にも刺激を受け、私は何度も顔を擦り、鼻を啜る。


「………」


完全に影になった右手に血が付いていた。

それが自分の身体から流れ出たものだと気付いた時、私は背筋を凍らせる。


この場から一刻も早く脱出しなければ、待っているのは死だ。

直感的にそう感じ、私は砂浜を駆けようとする。


しかし足がまるで別の生き物のようにぐにゃりと曲がり、突然動かなくなる。

そのまま勢いでつんのめり、私の顔面は黒砂に蹲った。

荷重のかかった砂浜から紫色の煙がブシュっと音を出し、溢れ始める。

それは刺激臭を伴い、私の鼻を劈いた。

「なんだ……これ……。」

私は紫煙を発する黒砂から顔面から離そうとするが、藻掻けば藻掻くほどそれは纏わりついていく。

そしてあっという間に腕や肩まで浸食されてしまい、完全にその場から動けなくなってしまった。

さらに鼻で息をするたびに頭は靄がかかったような状態になり、意識が段々と薄れていくのを感じた。

視界が霞む。

背中にべとりとした嫌な感触がし、搔きむしりたくなるほどの痛みが襲う。

身体はまるで操り人形にでもなったかのように動かない。

その液体が自身から流れ出ていくものだと気付いた時には既に遅かった。

声を出そうにもゴボゴボと喉奥から音が漏れるだけで、より息苦しくなるだけだった。


意識が朦朧とする。


死ぬと心で思った、そんな矢先。


「――――。」


機械的なアラーム音が自分の死を邪魔した。


※※※※※※


私の視界は寝室の天井に向かっていた。

目覚まし時計のアラームが耳元で鳴っている。

私はそのアラームを止めた。


時刻は午前2時を指している。

自分は今までの悪夢が幻だったことに安堵し、思わず息を大きく吐いた。

今日も日が昇れば、またいつもと変わらない日常が始まるのだ。

私はそう思い、もう一度休眠のため、目を閉じた。


睡眠は死への予行演習という言葉を聞いた事が無かったら

今起こっている出来事はただの夢枕だと思っていただろう。

……午前2時にアラームなんて普通はセットしない。

それに気が付いた頃には、自分の見た悪夢がまだまだ序章に過ぎなかったという事を思い知らされることになるのであった。

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