アラフォー勇者、異世界に行く
「……ここはどこだ」
仕事帰りの電車に乗っていた筈だが。
目の前には『女神』と名札の付いた女性がいた。
「おめでとうございます、あなたは異世界転移者に選ばれました。
特典としてこの中の好きなチートアイテムを持っていって下さい」
なるほど、すべて理解した。
「どんなアイテムがあるんだ?」
「どんな敵も一撃で倒せる最強の剣と、どんな攻撃も防げる最強の盾。
それと全ての魔法が使える杖ですね」
ふと俺は子供の頃を思い出す。
ゲーム画面の中の勇者に憧れ、拾った枝を振り回していたあの頃。
その時のワクワク感を思い出しながら俺は、
「もちろん剣を選ぶぜ!」
※
俺は『新井すみお』。
とある企業のしがない営業部長だったが、どうやら異世界転移してしまったらしい。
まあ正直自分の人生なんてクソだし戻る方法も分からないので、ここで第2の人生を楽しんでやろうと思っている。
「……はぁ」
そんな意気込みの俺が何故ため息を付いているかと言うと。
「山道……歩くの辛っ……」
まさかアラフォーの身体のまま、異世界転移してしまうとは。
イケメンだとか美少女になりたいだとか贅沢は言わないからさ、
女神もちょっとは気を利かして、若い頃の姿にしてくれても良かったのに。
「剣……邪魔だな……」
いくらこの剣が最強とはいえ、20㎏近くある得物を常時持ち歩くのは中々堪える。
ノリと勢いで選んだばかりに俺は汗だくで山歩きをせねばならない。
こんなことなら杖にしておけばよかった。
「まあ……いいや、とりあえず下山しよう」
幸いにも麓の街まで1時間程度らしいし。
そのくらいの距離であれば何とか歩けそうだ。
「クピー!」
ゼリー状の生物が目の前に立ちはだかる。
「……スライムか。いつ見てもどうやって動いてるか分からん奴だな」
「クピポー!」
雑魚には勿体ないくらいの武器だが……向かってくると言うのなら相手をしてやろう。
俺は思い切り剣を振りかぶる。
グキッッ
「ぐがああああああああああああああ!」
剣の重みで肩を痛めてしまった。
「くそぉ!覚えてやがれこのスライム野郎!」
「クピー?」
痛めた肩を庇いつつ、俺はその場から立ち去った。
※
「やっと……街に着いたぞ……」
日が落ちかけているがなんとか辿り着けた。
しかしこのまま宿を取る訳にはいかない。
「まずは……武器屋へ行こう」
少し勿体ない気もするが、この剣を売ってしまって別の取り扱いやすい武器に変えることにしよう。
このままこの剣を振り続けていたら、俺の肘と肩が爆発四散してしまう。
俺は通りを歩き、武器屋の看板を見つけると主人に話しかけた。
「この剣、売ります」
「それなら500000000000Gで買い取るよ!
二度と手に入らないかもしれないけどいいのかね?」
「もちろんさあ!」
国家予算並みの金額で買い取ってくれた武器屋の主人にお礼を言いつつ、俺は室内に飾られている武器を物色する。
「う~ん、代わりの武器は何が良いだろうか……」
そう言えばRPGでも最初は短めの剣を使っていた気がする。
長すぎる剣よりは振りやすく扱いやすそうなものが良いだろう。
そんなことを考えていると店の奥の方にある商品棚が目に入る。
「これは……斧?いや違うな……」
それは一見すると斧のようにも見えるが、よく見ると先端が尖っている。
それに柄の部分を見ると、明らかに鉄パイプだった。
「これって……バールじゃねーか!」
俺はバールを手に入れた!
……いや、どう考えてもこれ絶対おかしいよね!?
「おい店主、なんなんだこの武器は」
「あんたが持ってるのは『バールのようなもの』だよ」
「いや……確かに見た感じはバールっぽいけどさ……。
そもそもバールは武器じゃないし、普通は武器として使わないんだよ」
「まあ、そういう世界もあるってことだ。
ちなみに使い方はこうやって使う」
「ぐぇっ」
店主は俺の首元を掴むと、そのまま壁に叩きつけた。
「げほっ……げほげほ」
「分かったかい兄ちゃん。
ここでは常識なんて通用しないんだぜ」
「……俺を騙すつもりだろ」
「別に信じなくて良いぜ。
どのみちここで買わないと死ぬだけだしな」
「どういう意味だ」
「この辺りは盗賊団が出没するんだ。
さっきみたいなスライムやゴブリン程度ならまだ可愛いもんだが、盗賊になると話は変わる」
「なるほど、だから武器の品ぞろえがやたら豊富なのか」
「まあそういうこった」
「ふむ……」
先程の剣と比べてバールのようなものは手ごろな重量だ。
持ち運びもしやすいし、案外良い選択なのかもしれない。
「よし店主!これ買うぞ!」
「まいどあり!」
※
「良い買い物をした」
俺は満足気に山道を歩いていた。
「クピー!」
「……ん?」
背後からゼリー状の生物が迫っていた。
「さっきのスライムか!丁度いい、今度の武器の性能テストだ!」
俺は思い切りバールを振り下ろす。
「クピィッッ!!」
スライムは殴られた部分から、二匹に分裂した。
「…………あれっ?」
「クピポォッッッ!!!」
「ひぃっっ!!?」
分裂したスライムが一気に飛び掛かってくる。
「クピポッッ!!」
「ぎゃぁぁあああっ!!!お助け―!」
……結局その日は山の中を逃げ回り、俺は疲労困ぱいで宿屋に戻った。
※
俺は宿屋のドアを叩き、カウンターに宿泊料金を叩き付けると、
すぐさま部屋に向かった。
すみお
【HP】3/50
「はぁ……今日はよく眠れそうだ……」
ベッドに横になる。
……そして夜が明けた。
すみお
【HP】20/49 状態異常【筋肉痛】
「一晩寝ても全然回復しとらん!!!
しかも何か最大HP減ってるし、状態異常ついてるし!!!
異世界にそんなリアリティはいらないんだよ!!!!!」
やはりアラフォーの身体では冒険者として限界があるようだ。
なにか……策を考えないと。
そう思い、俺は冒険者ギルドへと向かった。
※
「若返りの泉……だと?」
さすがファンタジーの世界、そういうのもあるのか。
俺は張り紙を読みながら、詳しく説明を読む。
「何々……若返りの泉がゴブリンの群れに占拠されてしまっています。
ゴブリンを討伐した者は賞金と泉の水で作った特製ポーションを差し上げます……だと?」
何ともうってつけなクエストがあるじゃあ~ないか。
俺はゴブリンについて調べるため、ギルドの蔵書を漁る。
「ゴブリンか……雑魚ってイメージだけど現在の俺はスライムにすら苦戦するからな……
ここはやはり仲間を集って何とかするしかないか」
俺は周囲を見渡し、冒険者たちの様子を伺う。
「なあ、君。ちょっといいかな」
俺は近くに居た剣士風の青年に声をかけてみる。
「はい、なんでしょうか?」
「実は俺、最近この街に来たばかりなんだ。
良かったら一緒にゴブリン退治へ行かないか?」
「えっ……普通に嫌です」
青年は足早に去っていった。
……そんなすぐに否定されるのは普通に傷つくなあ。
「……じゃあそこの魔法使い!一緒にゴブリン退治に行かないか!?」
「私は忙しいので失礼します」
魔法使いの女性は去って行った。
「……じゃあそこのお姉さん!どうですか?」
「私も暇じゃないのよ」
女戦士は去って行った。
「くそっ……誰も俺と一緒に戦ってくれる奴がいない……」
そう、アラフォーの冒険者なんて誰も求めてない。
これが現実……!これが残酷な……真実なのか……!
俺は会社での孤立した日々を思い出し、目からじんわりと涙があふれてくる。
「ちくしょー!なら俺一人だけでもやってやる!
そしていずれこの世界で勇者として名を馳せて見返してやるんだぁ!」
俺はバールのようなものを握りしめ、若返りの泉に向かった。
「……歩きはしんどいな、馬車で行こう」
※
「ウェーイ!w」
「ギャッギャッギャw」
泉ではゴブリンたちが水遊びをして、はしゃいでいた。
「ちょっと楽しそうだけど、近隣の村人たちのためだ……!
ここは心を鬼にして討伐するぞ!」
俺はゴブリンの前に立ちはだかる。
「おいお前ら!若返りの泉を独占するのは迷惑だぞ!
さっさとどっかにいけ!」
「ギャ?(誰だコイツ)」
「グゲェ!(知らんな!)」
「知らないフリをするんじゃねえ!行くぞ!」
俺はバールのようなものを振り回す。
「ギィッ!」
「ウギー!」
二匹のゴブリンが襲ってくる。
「ふんっ!」
俺はバールのようなもので一匹目の頭を砕き、二匹目は蹴り飛ばす。
どうやら得物を小回りの利くバールのようなものにして正解だったようだ。
もし剣のままだったら、きっと俺は武器を振る間もなく彼らにボコボコにされていたであろう。
「ふぅ……」
ゴブリンは昏倒し地面に倒れている。
……気絶しているようだ。
とりあえずこれで、依頼達成だな。
「その前にさっそく俺も泉の力を試してみよう」
俺はゴブリンから遠ざかり、若返りの泉に近寄った。
その時だった。
「待って下され!」
後ろから老婆の声が聞こえた。
振り向くと杖をついた年老いたゴブリンがいた。
「この子たちはワシのために若返りの泉を人間から奪ったのじゃ……。
ワシが若い頃美人だったと言う話をしたら、なら便利な場所があるとここまで連れてきてくれたのじゃ……」
ゴブリンの美人……。
想像は付かないがきっと彼等にとっては重要な事なのだろう。
「事情は大体わかった。でも独占するのはやりすぎだ」
「人間にはひどく迷惑をかけた……もうこんな事はしないから許しておくれ」
ゴブリンとはいえ無抵抗な老婆をいじめる趣味は無い。
俺はバールのようなものを収め、老婆に接することにした。
「実は俺も泉の効果を確かめるためにここまで来たんです。
せっかくだし二人で浴びませんか?」
「素敵な申し出じゃのう若い人間。お主、モテるじゃろ?」
「まさか。それに若いだなんて、俺はもうアラフォーですよ?」
「ゴブリンにすれば40歳なぞまだまだ若者じゃ。
よし気に入ったぞ、ワシが若返ったらお主を婿に貰う事にしよう」
「ええ……」
熟年女性に女を出されるのがここまでキツいとは思わなかった。
……とはいえ俺も高望みできる立場ではないか。
このままゴブリンの王として名を馳せるのも悪くないのかもしれない。
(それにゴブリンの感覚で言う美人というのも気になる……。
もし人間の感覚と同じならワンチャンあるか……?)
「分かりました。ではお先にどうぞ」
「ふふふ、ではお先に失礼するぞ♡」
身体の奥から立ち上る嫌な感覚を抑えながら、俺は老婆が泉に入っていくのを見守った。
「後ろ……向いてくれるかの?いや、ワシの婿どのになるのなら見ていてくれても……」
「早く入ってくれ」
俺は一応老婆から目をそらし、座り込んだ。
※
森から聞こえる小鳥のさえずりが耳に響いている。
……しばらく経ったが、老婆からの返事はない。
いくらなんでも長すぎる。
何かあったのか……?
「なあ、まだか?」
俺は我慢できずに声を出す。
すると泉から老婆が出てきた。
「はぁ……はぁ……待たせたのぉ……」
「え……?その姿は……!?」
そこには黒髪の女性がいた。
「ふぅ……どうじゃ……?この姿なら、お主にも釣り合うじゃろうて……?」
「あ、ああ……」
俺は声を高らかに素直な感想を言う。
「普通に……ブス!!!!!」
「そんな………!ひ、ひどい!!!!」
ゴブリンの感覚では美人なのだろうが、人間の感覚からすれば本当にひどい。
干したアカエイの裏側みたいな顔だ。
「っていうか何か変わった?」
「変わっとるじゃろう!ほら、肌のハリとか!」
「全然分からん!」
「そ……そんな……」
「まあ若返ったところで、元々がダメなら意味ないってことだな」
「そんな……う、うわあああああん!」
元老婆のゴブリンは泣きながら去っていった。
「……元々がダメなら……か」
俺は自分の行った言葉にはっとする。
それって俺にも言える事じゃないか。
俺は自分が駄目な理由をアラフォーだからと言い訳してきた。
しかし本当に大事なのは年齢ではなく、今までの実績や生き様だ。
俺は若い頃モテていたか?
何かを成し遂げていたか?
決してそうではなかった。
俺は人生で何もしてこなかったから今の自分になってしまったんだ。
何故そんな当たり前のことに気づけなかったのだろう。
「……帰ろう」
俺はギルドに報告するため、街へと戻っていった。
「歩きは辛いな、飛脚で行こう」
※
俺は宿屋のベッドに寝ころび、自己嫌悪に苛まれる。
「はぁ……これからどうしよう」
机にはクエストの達成報酬としてもらった若返りのポーションが見える。
だがこれを使った所できっと俺の境遇は変わらないだろう。
(幸い、お金は剣を売った分たくさんあるし……このまま田舎でスローライフするのも手か?)
俺はふと、置いてあった新聞に目を通す。
『ついに勇者一行が魔王軍討伐に成功!
なんと勇者が武器屋で購入した剣がたまたま伝説の剣だった!?』
一面記事を見て、俺は思わず吹き出してしまった。
そうだ、世界に俺なんかいなくても世界は廻り続ける。
それは異世界でも現実でも変わらない。
何となく虚無にアラフォーまで生きていた俺に出来る事。
俺にしか出来ないことはないが、何か出来る事はあるはずだ。
「よし……」
※
翌日。
俺は商人ギルドの門を叩いていた。
「……なんだい?君は?」
「初めまして、私は新井すみおと申します。
突然で申し訳ありませんが、ぜひとも当社で働かせていただきたいと思い、参りました」
――これは後にバールのようなものと若返りのポーションを国民的ヒットアイテムにし、後に異世界で『営業の鬼』と呼ばれる男となるアラフォーのお話である。




