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7.丸の内さん

「ここから、十分ほど先の研修所まで急いでいってほしい」

吉田が目を開けると、ストロー隊の隊長が目の前の一本道を指さした。他のメンバーはすでに到着しているとのことだ。意識を失った吉田は後れを取ったらしい。慣れない小道を駆け出した。

周りは現世と同じで、空があり、太陽があり、空気がある。でも、どことなく白っぽい。緑や赤やオレンジの原色系の色彩が見当たらない。白黒テレビの背景に、薄っすらとパステル調の色合いを滲ませたような世界だ。それでも地球と同じ地面がある。草花の周りに蝶が舞い、木々の枝から鳥のさえずりも聞こえてきた。

現世と変わらないじゃないか。ちょっとだけ安心した。ただ、人のいる気配がない。車や自転車なども見当たらない。課長は先に行ったのだろうか? 自然と駆け足になる。田舎のあぜ道のようなところを駆けていく。暫く走っていくと、文明らしきものが見当たらないこの場所に、場違いな三階建ての建物が見えてきた。歩調を緩め、建物に近づいた。外観は田舎の公民館のようにも見えるが、中を覗くと丁寧に磨かれた廊下が目に入る。受付の白装束の女が軽く会釈した。そういえば天国で見かける人は皆白装束で無表情だ。この女も無表情のまま、手前の部屋を促した。

教室のような作りの部屋には、三人のメンバーが着席していた。野球のユニフォームを着た三十代の男。二十歳ぐらいのキャバ嬢風の女。二人とも天国行きのプラットフォームで見かけていた。もう一人は全身黒ずくめの男。薄汚れた黒頭巾を被り、顔は良く見えないが、歯だけが白く光っていた。明らかに異様な風貌だ。吉田は野球選手の隣に座った。

課長がいない。胸騒ぎがした。天国ロードを昇ってきたときのことを思い出していた。

――ぼくはあのとき雷が矢に落ちて気絶した。意識を戻したとき、ストロー隊に抱きかかえられていた。そのとき、なにか黒い物体が、ものすごいスピードで天国ロードの横を落下していくのを見たような気がした。そういえば、魂に矢が刺さっていない。雷が落ちたときに抜けてしまったのだろうか? 

心の奥にすっきりしないものが残っていた。


ドアが開き、若い女が現れた。高めのハイヒールをコツコツ鳴らし、ゆっくりと教壇に立った。膝上の黒のタイトスカートからは細くて形の良い足。丸の内にでもいそうなキャリアウーマン風の女だ。

「私はあなた方の指導教官を務めるT302 K11です」

ハイヒールで教壇に立つと、吉田よりはるかに背が高く威圧感がある。冷たい声にどことなく気だるさが漂った。

「これから一週間の研修を行い、三日間の休みのあと、希望コースを選んでもらいます」

どこかで聞いたことがある声だなぁ……。吉田が思い出そうとしていると、

「あんた、プラットフォームでレクチャーしてくれた白装束の方ですよね?」

隣の野球選手が、子共が大発見でもしたかのような大声を出していた。

そうだ。プラットフォームの白装束の女だ! 吉田も心の中で叫んでいた。

「そうよ」

それがどうしたの? と言うような冷めた反応だった。

「服が全然違うので、わかりませんでしたぁ」

後ろのキャバ嬢も嬉しそうに手を叩く。

「鬱陶しいのよね、白装束とかいうあの服装。レクチャーのときは規則だから着てるけど、ここは目が届かないから着ないのよ」

どこか人を見下したような態度で、長い髪をかき上げた。

「T302のなんとかってどういう意味ですか?」

緊張感漂う空気に、何の躊躇もなく野球選手が踏み込んだ。

「意味なんか無いわ、コードネームよ。あなたさっきから余計なことばかり詮索しないで下さる!」

気が強い女性上司が、容赦なく年下の部下を叱責するような感じだ。

「コードネームじゃなくて名前無いの? ニックネームでもいいからさ」

吉田はこの場面で平気でタメ口で切り返す野球選手のタフさに感心した。

「ありません」

これ以上何も言うな。とばかりきっぱりと否定した。にもかかわらず、

「じゃあ、丸の内さんでいいかな? なんか丸の内にいるきれいなOLさんみたいだからさ」

隣を見ると、野球選手が何の屈託もなくニコニコ笑っていた。

「キャハッ、それいい~、丸の内さん、ぴったりー」

後ろのキャバ嬢も輪をかける。

「あなた方、ここをどこだと思ってるの? なめたことばっかり言ってると、ぶっ殺すわよ」

天国でこんな言葉を耳にするとは思わなかった。


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